舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓

41、色小姓④

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「おい。お前の主人が戻られたら処分が決まる。それまで言い訳でも考えておけ」

 そう言い残して、護衛はユーディアを重い格子戸に区切られた石の部屋に残していく。
 部屋は岩をくりぬかれたかのようにがらんどうだった。
 唯一あるのは、膝丈の高さに板がわたしてあるものだけ。
 ベッドなのか、長椅子なのか。
 幅は細い。長さもたりない。
 それしかないのでユーディアは座り足も板に乗せた。
 壁に触れる背中から冷気がしみ込んでくる。
 壁の上部に空気穴があり、そこから外光がわずかに入ってくる。
 膝を抱きしめて頭をのせた。
 どこか別のところで水が滴る音がてんてんと続いていた。

 ジプサムは午後から王都の工業組合の会合の予定だったか。
 夜にはレセプションが行われ帰ってくるのは夜も遅い時間ではなかったか。
 何もしようがないままに、差し込む日差しがかげっていく。

 サニジン、ベッカム、トニーとブルースが、時間差で面会に訪れた。
 その時だけ彼らが手にした油ランプの灯りが牢獄をユーディアを、暗闇のなかから浮かび上がらせた。
   ここには見るものなどない。
 状況を確認するサニジンには、ティティの狂言で自分が陥れられたこと、ティティはアリサに利用されていたことを伝えた。
 ベッカムは容疑からすれば簡単にでられるのにどうしてだ、との一言だけ。
 首を振るユーディアと、牢獄の隅々に目を向け去っていく。
 トニーは、ブルースがここにくるための口実だった。
 ブルースだけが階段を下りてきた。

 面会では、警備の護衛が一人同席する。
 ブルースは格子戸越しにじっとユーディアを見つめていた。
 その目にまがまがしいものを宿らせていた。
 モルガン族は言葉を使わずに会話ができる。
 見栄え良く手を動かすこともできるが、指先だけでも意思を伝えることが可能だった。

『あなたは、はじめは愚図とののしられ、ひもじい思いをした。
 今度は、ありもしない暴行事件で犯人扱いされている。
 そしてこんな狭くて汚いところに閉じ込められている。
 ベルゼラ人は立場の弱い者に対してはとことん強く出る。
 モルガンはこれ以上いいようにされないために強くなる必要があることが分かった。今度こそ、俺たちに近づくやつらを、片っ端から惨殺し恐怖を植え付け、俺らを二度と戦いたいと思わせないようにするんだ。
 だから、もういいのではないか?
 サラサとの約束の1年をまたず、草原へ帰ろう。
 俺たちが俺たちらしく生きられる風の薫る、清浄な大地へ。
 もう、狭い檻に閉じ込められることはない。
 俺たちは風の民なんだ。ひとところにとどまることはできない』


『ブルース、読み書きを覚え、本を読んだ。わたしはここにきていろんなことを学んだ。でも足りない。わたしは、もう少しベルゼラにとどまっていたいの。
 せめて、約束の1年だけでも。
 この危機だって、わたしが女だってわかれば、すぐに脱することができるのだから』

『女となって、ジプサムの元にとどまるつもりなのか。
 あなたは、こんなみじめな思いをしてもまだここにいるつもりなのか。
 俺は、賛成できない。艱難辛苦を舐めるあなたを見ていられない。
 このまま、今夜、ここからあなたを連れて、ここをでることもできる』

『いいえ、ブルース。
 ベルゼラでは、女としての学びには限りがある。
 もっともっと、できる限り男として、ジプサムの側でベルゼラを知りたいの』

『ジプサムがいるから、このみじめな思いを味合わされ続けているベルゼラにとどまりたいというのか?』

『みじめなばかりではないわ』

『あなたはもしかして……』

 ブルースの指が音を綴るのをためらった。
 ユーディアはブルースが何を綴ろうとしたのか最後まで分からない。
 護衛が面会時間が終了したことを伝えた。
 ユーディアは再び、雫がしたたり落ちる音だけが時を刻む、静寂の世界の住人となる。

 ユーディアが牢獄から出たとき、起きているのかも寝ているのかもわからない、はざまの世界にいた。
 もうろうとしながらも、己を抱きかかえるその強い首にしがみついた。
 上瞼と下瞼がわずかばかりしか開かない。
 張ったえら、とがった顎、まっすぐ見るひとつ目は力強い。
 ベッカムがユーディアを運んでくれている。
 体が冷切ってしまっていた。
 指先の感覚がない。脚がしびれている。
 固い板の上で同じ姿勢を続けた身体は、あちらこちらの関節がきしきしときしんだ。

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