舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓

38、色小姓①

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 あれから変化が訪れた。
 まず、ユーディアに毎朝罵声を浴びせていた侍女のアリサがいなくなった。
 ユーディアの部屋がジプサム王子の部屋の隣に移された。
 ジプサムの部屋にはベッカムの部屋にあるものよりも立派な浴室があり、火傷の跡を見られるのが嫌ならばこの風呂を使ってもいいということで、隣の部屋に引っ越すことになったのだった。
 
 アリサの代わりにユーディアを指導することになった侍女はリリア。
 王宮に来て5年、星の宮に来て3年。
 25歳の、後輩指導を任されるしっかりものである。
 他の侍女たちと同じように後ろで髪を団子に丸めて、膝丈の淡いブルーのスカートに白いエプロン姿である。  

「これまで何人も王子のそばでお仕えする人は変わってきたの。王子は騒々しい人はお嫌いだから。騒々しいというのは音を立てるとか大きな声をあげるとか、そういうのもあるけど、挙措が洗練されていないというのも騒々しいとおっしゃられるの。それで、この宮の侍女たち女性陣は、礼儀作法の厳しい後宮で教育されてからくるようになったのよ。アリサもそうだったんだけどねえ」

 リリアは過去形でいう。
    
「わたしが代わりあんたの担当になったのは、アリサが処分されて追放されたから。……もう少し花をいれたほうがいいわよ」
 ユーディアとリリスは花瓶に花を活けていた。
「処分に追放って、アリサを処分した理由は何?僕に関係するのかな」
「王子の機嫌を損ねたのよ」
「ふうん?騒々しくて?騒々しさなら僕のほうが勝ってそうだけど。……これでどう?」
「だから、もっと、もっと足した方がいい。まだ貧相よ」

 ユーディアの目には、花瓶に活けた花は既に完成している。
 背後に立っていたリリアがユーディアの肩に手を置いた。

「ユーディア、席を変わって。この花瓶は壁を背に置くつもり。後ろから見られることはないから、正面から見て立体的に前に張り出したように、そして三角形に整えるの。余分な枝葉はこうやって形を見ながら切り落として。花瓶の口に濃い花色を持ってくると引き締まるでしょ。この赤がいいわ。それだけでは全体が重くなるから、花だけではなく細く横へたわんで伸びた枝物を加えると軽快さが足せるわよ。このように」

 リリアは言いながら余分な枝をハサミで切り落とし、枝をたわめて癖をつけた。
 そして多すぎではないかと思われるぐらいに、ユーディアが意識して作った風の通り道に足していく。
 リリアは椅子の背に背中を押し付け少し離れて出来上がったものを鑑賞すると、満足気である。

「これぐらいもっりもりに、花を生けたらいいわ。豪奢な感じを目指すの」
 出来上がったものはユーディアが活けたものと全く別物となってしまっている。
 自分を否定されたような気持ちになって、口を尖らせた。

「でもリリア、落とした枝にはつぼみがあったよ。つぼみも花を咲かせるのに切り落としてしまうのはかわいそうでしょう?それに、この枝は庭で見たときはまっすぐ天を目指して伸びあがっていた枝だった。それなのにこんなに横へ曲げられたら、それは自然に反している!全体的に見て、色や形は整っているのかもしれないけれど、高いところに咲く花が色が濃いというだけで下にあるのはおかしいし、とにかくこれは、なんていうか、不自然だよ!」

 ユーディアの主張にリリアは動じなかった。

「不自然だけど、この花を目にする人たちがみんなその草木の自然な状態を知っているわけではないでしょ。美しさを鑑賞するからいいのよ」
「でも、」
「でもじゃなくて。この星の宮で飾る場合の定型だと思ったらいいのよ。ここではそうする。別のところでは、そうしなくていい。ユーディアの入れ方は投げ入れといって、花は野にあるように、という流派の生け方に近いわ。神さびた庵ならしっくりくるけど、星の宮では華やかさが欠けてしまう。でも、自分の部屋に飾るんなら、わたしはユーディアの花の生け方の方が落ち着くわ。わかってくれた?」

 リリアは辛抱強くユーディアを指導してくれる。
 不承不承ではあったがユーディアはうなずいた。
 自然に反していても見た目が重視なのが星の宮のやり方なのだ。
 さらにいうと、ベルゼラでも場所によって好まれる生け方が違ってくる。
 正しいものが一つでないところが難しい。

 アリサだったら理由も言わず、ユーディアが入れた花を花瓶から引き抜き、ユーディアに花を入れる仕事が回ってくることはなかっただろう。
 リリアはよくできた侍女である。
 リリアは出来上がった花瓶を持ち、ユーディアは残りの花を束にして抱えた。
 あれからみんなユーディアに親身になってくれる。
 ユーディアの発言や行動にその都度、驚かしてしまうことも多いが、何回かに一度はその理由を事細かにかみ砕いて教えてくれるようになっていた。


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