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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓
37-2、秘密③
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「ジプサムはわたしが女だと知っているかと聞いたわね。ジプサムはわたしが男であることを疑いもしていないんじゃないかしら。彼が子供のころモルガンに来た時から、わたしは東のモルガンを率いる父に認められたくてずっと男としてふるまっていたから。髪だって男髪にしていたぐらいだし。捕虜として残っても、ジプサムがなんとか取り持ってくれるだろうとは思っていたから。女としてではなく、友人としてよ」
「それで2000ルラを払わせたのか。案外、自信家の高慢な女だな。ずっと男としてふるまっていた割には、いまの話し方は女性的だな」
ユーディアは髪を片側に流した。
「髪の切り替えが男か女かのオンとオフなの。本当のところを言うと、男としてふるまい続けるのか、戦が起こる直前まで迷っていたし、戦があるなしにかかわらず、ベルゼラに行くつもりはあったの。ジプサムにこないかと誘われていたこともあったから」
ベッカムは興味深げに片眉を上げる。
「何度も言うけれど、友人の、男としてね、誘われていたのよ」
ユーディアは付け加えた。
イチジクを見てももう食べる気が起らない。
「そして二つ目の答え。一緒に捕虜だったブルースは、兄妹でもなくて、わたしの許嫁」
「それは、お坊ちゃんは知っているのか?すまん、愚問だったな。お坊ちゃんにとってはあんたは男だからな」
「ブルースとはずっと一緒にいると思っていた。こんな風に離れ離れになるとは思わなかった。すべてが終わればまた、一緒にいられると思う」
ベッカムは相槌を打たなかった。
ユーディアはとたんに不安になった。
この男は、ユーディアがブルースと一緒にいるという未来が見えないのか。
ユーディアには今、その理由を聞く勇気はなかった。
この男には十分、怖い思いをさせられた。
これ以上、厳しい現実を突き付けられたくなかった。
「最後の問いの、レグラン王のことはわたしには関係ない。王に取り入るつもりも、暗殺するつもりもない。わたしはジプサムの奴隷にすぎない。これで、わかってくれた?」
「あんたの子供のように純真な思惑は分かったよ。で、これからもカミングアウトしないつもりなら、濡れた晒を巻くのはいやだろうから、これでも替わりに使うか?」
ベッカムは立ち上がり、ベッドの下のかごから淡い朱色の薄布を取り出した。
女もののショールだった。
ベッカムのいう妖艶な美女がこの部屋で忘れていったものだろうと察したが、ほかに胸を押さえるのに適当なものがないのであれば、これでもないよりましである。
ユーディアは背中を向けて脱ぎ、晒替わりに巻きとめる。
髪も片側できつく三つ編みにする。
みはからったかのように、扉が再びたたかれた。
「……ベッカムさま、ジプサム王子が来られています。扉を開けろとおっしゃられておりますが」
「よかったな、ご主人さまが迎えに来てくれたぞ。識字を学べるように、よくいいきかせておいてやる。馬に関するアドバイスは紙に書いてくれ。練習になるだろ。あんたがどういう風にベルゼラで矯正されていくか楽しみにしている。それから、女にいつ戻るのか、その時の騒動も楽しそうだな!」
ベッカムは扉に手をかけた。
彼はユーディアの秘密を知り、完全に楽しんでいた。
「あんたの秘密はキスのお礼に黙っていてやる」
外にでようと横に立ったユーディアに顔を近づけ、外に聞こえないようにささやいた。
ユーディアはジプサムに引き渡された。
「それで2000ルラを払わせたのか。案外、自信家の高慢な女だな。ずっと男としてふるまっていた割には、いまの話し方は女性的だな」
ユーディアは髪を片側に流した。
「髪の切り替えが男か女かのオンとオフなの。本当のところを言うと、男としてふるまい続けるのか、戦が起こる直前まで迷っていたし、戦があるなしにかかわらず、ベルゼラに行くつもりはあったの。ジプサムにこないかと誘われていたこともあったから」
ベッカムは興味深げに片眉を上げる。
「何度も言うけれど、友人の、男としてね、誘われていたのよ」
ユーディアは付け加えた。
イチジクを見てももう食べる気が起らない。
「そして二つ目の答え。一緒に捕虜だったブルースは、兄妹でもなくて、わたしの許嫁」
「それは、お坊ちゃんは知っているのか?すまん、愚問だったな。お坊ちゃんにとってはあんたは男だからな」
「ブルースとはずっと一緒にいると思っていた。こんな風に離れ離れになるとは思わなかった。すべてが終わればまた、一緒にいられると思う」
ベッカムは相槌を打たなかった。
ユーディアはとたんに不安になった。
この男は、ユーディアがブルースと一緒にいるという未来が見えないのか。
ユーディアには今、その理由を聞く勇気はなかった。
この男には十分、怖い思いをさせられた。
これ以上、厳しい現実を突き付けられたくなかった。
「最後の問いの、レグラン王のことはわたしには関係ない。王に取り入るつもりも、暗殺するつもりもない。わたしはジプサムの奴隷にすぎない。これで、わかってくれた?」
「あんたの子供のように純真な思惑は分かったよ。で、これからもカミングアウトしないつもりなら、濡れた晒を巻くのはいやだろうから、これでも替わりに使うか?」
ベッカムは立ち上がり、ベッドの下のかごから淡い朱色の薄布を取り出した。
女もののショールだった。
ベッカムのいう妖艶な美女がこの部屋で忘れていったものだろうと察したが、ほかに胸を押さえるのに適当なものがないのであれば、これでもないよりましである。
ユーディアは背中を向けて脱ぎ、晒替わりに巻きとめる。
髪も片側できつく三つ編みにする。
みはからったかのように、扉が再びたたかれた。
「……ベッカムさま、ジプサム王子が来られています。扉を開けろとおっしゃられておりますが」
「よかったな、ご主人さまが迎えに来てくれたぞ。識字を学べるように、よくいいきかせておいてやる。馬に関するアドバイスは紙に書いてくれ。練習になるだろ。あんたがどういう風にベルゼラで矯正されていくか楽しみにしている。それから、女にいつ戻るのか、その時の騒動も楽しそうだな!」
ベッカムは扉に手をかけた。
彼はユーディアの秘密を知り、完全に楽しんでいた。
「あんたの秘密はキスのお礼に黙っていてやる」
外にでようと横に立ったユーディアに顔を近づけ、外に聞こえないようにささやいた。
ユーディアはジプサムに引き渡された。
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