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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓
37、秘密③
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「ベルゼラの王に取り入り弑することなど考えたことはないわ!」
これ以上ベッカムの話を聞いていると自分のここに来た目的がわからなくなりそうだった。
彼に、王に対する殺害の謀略を疑われたら、この場で彼の手で処罰されてしまいそうだった。
愚図といわれ、腹をすかし、思いもしなかった容疑で処刑されたりしたら、なんのためにベルゼラに来たのかわからない。
濡れた髪が頬を、肩を濡らした。
まとめない髪でいることに、突然自分が裸であるかのように思えた。
「どうして西のモルガンが殲滅させられなくてはならなかったのか。直接の原因は、モルガンの娘がベルゼラの5人の男に凌辱され殺されたことからよ。その報復として、わたしたちは掟に従い、凌辱したベルゼラの男たちを切り刻んだ。目には目を。死には死を。だけどそれが、もっと大きな厄災を招くことになった。なら、モルガンとして、わたしたちはどうするべきだったの?殺された無念を、残された親や兄弟姉妹たちの怒りと喪失感と悲しみを、どのように昇華すべきだったの?二度と同じ間違いをしないように、残されたモルガンが生き残るために。わたしはベルゼラを知りたい。だからわたしはここにいる」
「……暴力で勝負をして、お前たちは負けた。勝てない戦はすべきでないし、勝てるかどうかの判断は、自分を知り相手を知らないと正確にはできない。えてして、自分たちの邪悪さは低く見積もり、相手の邪悪さは高く見積もるもんだ。お互いにな。だから、衝突し、勝負の予測を見誤れば戦に負けることになる。理由はどうであれ、勝者の前に敗者は跪くことになる。勝者は敗者の財産やその体その自尊心までも、戦利品として奪うことができる。こんなふうに」
ベッカムの指がユーディアの顎に添えられ、親指が唇をなぜた。
そのまま手は耳の下から首の後ろに回され首を掴まれた。
ベッカムにとって、ユーディアの首を絞めることも、折ることなどもいともたやすい。
ユーディアの喉は恐怖に詰まり、悲鳴のような音が鳴った。
椅子に座っていられない。腰を浮かして逃げようとした。
椅子が後ろに倒れ、派手に音を立てた。
ユーディアの唇に、熱い唇が強引に押し付けられていた。
固く閉じようとした唇がこじ開けられ、舌が差し込まれた。
逃れようとしても逃れられなかった。
力の差は歴然で、手首をつかんだままの強い手も、首を押さえる手も振りほどけなかった。
その圧倒的な力をみせつけ、ユーディアが被支配者であることを思い知らすためだけの官能のかけらもないキスに、ユーディアの身体は恐怖に震えた。
男は冷たく、ユーディアの反応を確認する。
濡れた髪がつかまれ引かれた。体が浮き上がった。
喉が男の前にさらされた。
イチジクの乗るテーブル越しに、隻眼の男は身を乗り出し、唇が頬に、喉に、首に、前で合わせた服のその下へ落ちる。
この男は、愛もなくユーディアをこの場で奪うことができる。
それが、国の後ろ盾を失った弱者の立場なのか。
「い、いや」
拒絶が意味がないということを、先ほどこの男はユーディアに無情にも告げたではないか。
だけどユーディアは必死で顔を背け拒絶せずにはいられない。
その時、部屋の扉がたたかれた。
ひとところへ突き進もうとしていた流れが断ち切られた。
「……ベッカムさま、物音がしましたが大丈夫ですか」
男の声。
ベッカムは顔を上げた。
手首をつかむ手が緩み、ユーディアはすかさずすり抜けた。
心臓が恐慌をきたしている。
だが、この部屋から出たとしても外にはベッカムの部下がいる。
ユーディアに逃れる場所はない。
「ああ、大丈夫だ。なんでもない」
そう告げるとベッカムは髪をかき上げ、息を吐き出した。
男の黒革の眼帯から引きつれた傷跡が斜めに走っているのに気が付いた。
額から頬にかかる裂傷である。その傷で片目を失ったのか。
この男は戦士なのだ。
敵とみなした者たちの命を奪う同じ手で、女を抱く。
女を抱くことで今生きていることを実感するのか。
「そう深刻な顔をするな。脅して悪かった。あんたが選んだ道は、あんたが思っているほど甘くないと教えたかっただけだ。俺は、俺に喜んで身体を開く妖艶な美女しか抱かないから安心しろ。正直に言うと、あんたは色気がなさすぎて、俺の男が反応しそうにない。すまんな」
「あ、ははは……」
男の言葉にどう反応していいのかわからない。
色気がないといわれて怒るべきなのか、喜ぶべきなのか。
己は本当に馬鹿で愚図なのだ。
この男から身をもって教えられなければずっと気づかなかった。
ユーディアは涙をこらえようとするがあふれ出す。
ベッカムはユーディアの涙に困惑する。
「すまない、泣かせるつもりではあったが、目の前で泣かれるのは苦手なんだ」
ユーディアは鼻をすすり上げ、もう何もしないと示すように両手を上げるベッカムをにらみつけた。
男はいつでもそうできるとにおわせるだけで、女に己の無力さを悟らせ従わせることができるのだということを知ってしまった。
ユーディアは袖口で顔を拭いた。
打ちひしがれたままではいられなかった。
「あなたは三度私を助けてくれた。一度目は、競売。二度目は今日、泉でおぼれたとき。三度目はお腹いっぱいの食事で。だからさっきの質問にあと三つ答えてあげる。等価交換がベルゼラの基本なんでしょ?」
「そうだが」
ベッカムは興味深げにいい、椅子に深く座り直した。
これ以上ベッカムの話を聞いていると自分のここに来た目的がわからなくなりそうだった。
彼に、王に対する殺害の謀略を疑われたら、この場で彼の手で処罰されてしまいそうだった。
愚図といわれ、腹をすかし、思いもしなかった容疑で処刑されたりしたら、なんのためにベルゼラに来たのかわからない。
濡れた髪が頬を、肩を濡らした。
まとめない髪でいることに、突然自分が裸であるかのように思えた。
「どうして西のモルガンが殲滅させられなくてはならなかったのか。直接の原因は、モルガンの娘がベルゼラの5人の男に凌辱され殺されたことからよ。その報復として、わたしたちは掟に従い、凌辱したベルゼラの男たちを切り刻んだ。目には目を。死には死を。だけどそれが、もっと大きな厄災を招くことになった。なら、モルガンとして、わたしたちはどうするべきだったの?殺された無念を、残された親や兄弟姉妹たちの怒りと喪失感と悲しみを、どのように昇華すべきだったの?二度と同じ間違いをしないように、残されたモルガンが生き残るために。わたしはベルゼラを知りたい。だからわたしはここにいる」
「……暴力で勝負をして、お前たちは負けた。勝てない戦はすべきでないし、勝てるかどうかの判断は、自分を知り相手を知らないと正確にはできない。えてして、自分たちの邪悪さは低く見積もり、相手の邪悪さは高く見積もるもんだ。お互いにな。だから、衝突し、勝負の予測を見誤れば戦に負けることになる。理由はどうであれ、勝者の前に敗者は跪くことになる。勝者は敗者の財産やその体その自尊心までも、戦利品として奪うことができる。こんなふうに」
ベッカムの指がユーディアの顎に添えられ、親指が唇をなぜた。
そのまま手は耳の下から首の後ろに回され首を掴まれた。
ベッカムにとって、ユーディアの首を絞めることも、折ることなどもいともたやすい。
ユーディアの喉は恐怖に詰まり、悲鳴のような音が鳴った。
椅子に座っていられない。腰を浮かして逃げようとした。
椅子が後ろに倒れ、派手に音を立てた。
ユーディアの唇に、熱い唇が強引に押し付けられていた。
固く閉じようとした唇がこじ開けられ、舌が差し込まれた。
逃れようとしても逃れられなかった。
力の差は歴然で、手首をつかんだままの強い手も、首を押さえる手も振りほどけなかった。
その圧倒的な力をみせつけ、ユーディアが被支配者であることを思い知らすためだけの官能のかけらもないキスに、ユーディアの身体は恐怖に震えた。
男は冷たく、ユーディアの反応を確認する。
濡れた髪がつかまれ引かれた。体が浮き上がった。
喉が男の前にさらされた。
イチジクの乗るテーブル越しに、隻眼の男は身を乗り出し、唇が頬に、喉に、首に、前で合わせた服のその下へ落ちる。
この男は、愛もなくユーディアをこの場で奪うことができる。
それが、国の後ろ盾を失った弱者の立場なのか。
「い、いや」
拒絶が意味がないということを、先ほどこの男はユーディアに無情にも告げたではないか。
だけどユーディアは必死で顔を背け拒絶せずにはいられない。
その時、部屋の扉がたたかれた。
ひとところへ突き進もうとしていた流れが断ち切られた。
「……ベッカムさま、物音がしましたが大丈夫ですか」
男の声。
ベッカムは顔を上げた。
手首をつかむ手が緩み、ユーディアはすかさずすり抜けた。
心臓が恐慌をきたしている。
だが、この部屋から出たとしても外にはベッカムの部下がいる。
ユーディアに逃れる場所はない。
「ああ、大丈夫だ。なんでもない」
そう告げるとベッカムは髪をかき上げ、息を吐き出した。
男の黒革の眼帯から引きつれた傷跡が斜めに走っているのに気が付いた。
額から頬にかかる裂傷である。その傷で片目を失ったのか。
この男は戦士なのだ。
敵とみなした者たちの命を奪う同じ手で、女を抱く。
女を抱くことで今生きていることを実感するのか。
「そう深刻な顔をするな。脅して悪かった。あんたが選んだ道は、あんたが思っているほど甘くないと教えたかっただけだ。俺は、俺に喜んで身体を開く妖艶な美女しか抱かないから安心しろ。正直に言うと、あんたは色気がなさすぎて、俺の男が反応しそうにない。すまんな」
「あ、ははは……」
男の言葉にどう反応していいのかわからない。
色気がないといわれて怒るべきなのか、喜ぶべきなのか。
己は本当に馬鹿で愚図なのだ。
この男から身をもって教えられなければずっと気づかなかった。
ユーディアは涙をこらえようとするがあふれ出す。
ベッカムはユーディアの涙に困惑する。
「すまない、泣かせるつもりではあったが、目の前で泣かれるのは苦手なんだ」
ユーディアは鼻をすすり上げ、もう何もしないと示すように両手を上げるベッカムをにらみつけた。
男はいつでもそうできるとにおわせるだけで、女に己の無力さを悟らせ従わせることができるのだということを知ってしまった。
ユーディアは袖口で顔を拭いた。
打ちひしがれたままではいられなかった。
「あなたは三度私を助けてくれた。一度目は、競売。二度目は今日、泉でおぼれたとき。三度目はお腹いっぱいの食事で。だからさっきの質問にあと三つ答えてあげる。等価交換がベルゼラの基本なんでしょ?」
「そうだが」
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