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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓
35、秘密 ①
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木陰に隠れた泉の傍へ、ベッカムはユーディアを連れていく。
好奇に満ちた視線と侮蔑の視線から離れユーディアは息が付けた。
ベッカムは腕を放し、ユーディアに鋭い視線を向けていた。
「説明しろ」
「何を?」
「一体、どういうことだ?あんたはあの坊っちゃんに史上最高の落札金額で競り落とされたのに、どうして使用人にばかにされているんだ?てっきり、星の宮で悠々自適なお友達生活をしているのかと。お坊ちゃんはそのつもりだっただろ?それがどうして、使用人の格好をして、そしてたったの5日でそんなにもやつれてしまったんだ?」
「やつれてる……」
泉の淵は、形もさまざまな自然の岩を連ねている。
泉はいびつな形をしていた。星の宮に近い方は平たく切り出した石が整然と並べられていた。
泉は一度くびれ、巨石が配置され水が流れ入る。滝を模していた。
滝には木々が差しかかりその先が見通せなくなっている。
向こう側は整えられた印象で、こちら側は自然の中にいるような、一つの泉で二つの楽しみ方ができる泉だった。
縁石は、いつからおかれているのか、ところどころ緑色の苔が動物の背中の毛のようにふさふさと繁っていた。
ユーディアは膝と手を苔について泉に覗き込むようにして顔を写した。
泉の水は底が透けて見えるほど澄んでいて、頬のこけた見知らぬ顔を写していた。
思わず手で顔にふれる。
肌もざらりとぱさついた感触があった。
泣き出したくなった。
水面に移るベッカムをみた。
「どうしてあなたは僕の心配をしてくれる?」
「そりゃ、一度は部下に買い入れようとしたぐらいだからな」
「あなたには機会があればお礼を言わなければならないと思っていたんだった。あの時、公証人の言葉を無視してくれたから、僕は脱ぐことを免れたんだ。そうでなければ今頃どうなっていたのか」
ぶるりと身を震わせる。
「上半身の火傷の傷跡のことか。その醜い傷跡のせいで、お坊ちゃんに捨てられたのか?それとも、傷のせいで、食事が食べられなくなったのか?」
傷跡などないが、ベッカムはそう信じている。
ジプサムも恐らく。
胸の晒は寝ている間も外したことはない。
「傷のせいで捨てられたって、そんなことはないと思う。この胸に巻いて隠しているのは秘密なんだ。ただ、ジプサムさまは忙しくて、僕は愚図で、食事も食べてないと言えなくて」
ベッカムは秘密に片眉を上げた。
だが彼が聞き直したのは別のところである。
「愚図?とてもそんな風には思えないが。何か、行き違いがあるんではないか?」
「僕もそう思っていたんだけど、どうしてかわからない」
直接西のモルガン族を殲滅させた隊長なのに、彼はどうしてこんなにモルガン族の自分に対して見下す態度も敵意もないのだろう。
彼に対してどうして素直になれるのか、不思議だった。
馬に関して認めてくれているからかもしれない。
どんな理由でも、誰かに心配してもらえることは元気を与えてくれた。
ユーディアは泉に手を差し入れる
この泉の水は循環されていてキレイだった。
底に敷かれた小石まで見えた。銀色に輝く小魚の群れが闖入者に恐慌をきたして指の間からにげていく。
顔を洗うと水はひんやりとして気持ちが良かった。
広がる裾を膝上までたくし上げて、泉の淵の石に腰かけ、足を浸した。
「おい、目の前に立て札が立っているのに大胆だな」
「その、ミミズの這うような模様がなにか?」
ユーディアはベッカムが指さすものを見た。
「泉に入るなって。おいっ。お前、何してるっ」
ユーディアはベッカムが慌てるのにも構わず足から泉に入っていく。
腰までの深さがある。息を胸いっぱいに吸い込み、一気に頭まで沈めた。泉の奥へ泳いでいく。
息が続かないところまで水中を泳ぎ顔を出した。
ぶはっと息を継いだ。
「途中からかなり深くなっている。足が付かないぐらいだ。どれぐらい深いんだろう?でも、とても気持ちがいいっ」
「だから、何をしている早く戻れ!」
「何をって、気持ちがいいから。お風呂も入れていなくて、5日も洗濯できてなかったし、ちょうどいいから、頭を洗うのと服を洗うのと、泳ぐのとを一緒にできる」
ユーディアの手足は水の中で沈まないように立ち泳ぎをしている。
「服を着たままに洗濯!?」
ベッカムは目を丸くしている。
誰かのそういう表情を見るのも久しぶりである。
すっかり元の自分を取り戻せたような気がする。
「天気がいいから、服をきたままで乾かせる!」
「いや、それは違うと思うぞ。こんなヤツ知らんぞ俺は」
「しばらくちゃんと運動もできていなかったし、向こうまで泳いでみようかな」
「おいっ、急に泳ぐな。足がつるぞっ」
隻眼のベッカムが狼狽えていた。
好奇に満ちた視線と侮蔑の視線から離れユーディアは息が付けた。
ベッカムは腕を放し、ユーディアに鋭い視線を向けていた。
「説明しろ」
「何を?」
「一体、どういうことだ?あんたはあの坊っちゃんに史上最高の落札金額で競り落とされたのに、どうして使用人にばかにされているんだ?てっきり、星の宮で悠々自適なお友達生活をしているのかと。お坊ちゃんはそのつもりだっただろ?それがどうして、使用人の格好をして、そしてたったの5日でそんなにもやつれてしまったんだ?」
「やつれてる……」
泉の淵は、形もさまざまな自然の岩を連ねている。
泉はいびつな形をしていた。星の宮に近い方は平たく切り出した石が整然と並べられていた。
泉は一度くびれ、巨石が配置され水が流れ入る。滝を模していた。
滝には木々が差しかかりその先が見通せなくなっている。
向こう側は整えられた印象で、こちら側は自然の中にいるような、一つの泉で二つの楽しみ方ができる泉だった。
縁石は、いつからおかれているのか、ところどころ緑色の苔が動物の背中の毛のようにふさふさと繁っていた。
ユーディアは膝と手を苔について泉に覗き込むようにして顔を写した。
泉の水は底が透けて見えるほど澄んでいて、頬のこけた見知らぬ顔を写していた。
思わず手で顔にふれる。
肌もざらりとぱさついた感触があった。
泣き出したくなった。
水面に移るベッカムをみた。
「どうしてあなたは僕の心配をしてくれる?」
「そりゃ、一度は部下に買い入れようとしたぐらいだからな」
「あなたには機会があればお礼を言わなければならないと思っていたんだった。あの時、公証人の言葉を無視してくれたから、僕は脱ぐことを免れたんだ。そうでなければ今頃どうなっていたのか」
ぶるりと身を震わせる。
「上半身の火傷の傷跡のことか。その醜い傷跡のせいで、お坊ちゃんに捨てられたのか?それとも、傷のせいで、食事が食べられなくなったのか?」
傷跡などないが、ベッカムはそう信じている。
ジプサムも恐らく。
胸の晒は寝ている間も外したことはない。
「傷のせいで捨てられたって、そんなことはないと思う。この胸に巻いて隠しているのは秘密なんだ。ただ、ジプサムさまは忙しくて、僕は愚図で、食事も食べてないと言えなくて」
ベッカムは秘密に片眉を上げた。
だが彼が聞き直したのは別のところである。
「愚図?とてもそんな風には思えないが。何か、行き違いがあるんではないか?」
「僕もそう思っていたんだけど、どうしてかわからない」
直接西のモルガン族を殲滅させた隊長なのに、彼はどうしてこんなにモルガン族の自分に対して見下す態度も敵意もないのだろう。
彼に対してどうして素直になれるのか、不思議だった。
馬に関して認めてくれているからかもしれない。
どんな理由でも、誰かに心配してもらえることは元気を与えてくれた。
ユーディアは泉に手を差し入れる
この泉の水は循環されていてキレイだった。
底に敷かれた小石まで見えた。銀色に輝く小魚の群れが闖入者に恐慌をきたして指の間からにげていく。
顔を洗うと水はひんやりとして気持ちが良かった。
広がる裾を膝上までたくし上げて、泉の淵の石に腰かけ、足を浸した。
「おい、目の前に立て札が立っているのに大胆だな」
「その、ミミズの這うような模様がなにか?」
ユーディアはベッカムが指さすものを見た。
「泉に入るなって。おいっ。お前、何してるっ」
ユーディアはベッカムが慌てるのにも構わず足から泉に入っていく。
腰までの深さがある。息を胸いっぱいに吸い込み、一気に頭まで沈めた。泉の奥へ泳いでいく。
息が続かないところまで水中を泳ぎ顔を出した。
ぶはっと息を継いだ。
「途中からかなり深くなっている。足が付かないぐらいだ。どれぐらい深いんだろう?でも、とても気持ちがいいっ」
「だから、何をしている早く戻れ!」
「何をって、気持ちがいいから。お風呂も入れていなくて、5日も洗濯できてなかったし、ちょうどいいから、頭を洗うのと服を洗うのと、泳ぐのとを一緒にできる」
ユーディアの手足は水の中で沈まないように立ち泳ぎをしている。
「服を着たままに洗濯!?」
ベッカムは目を丸くしている。
誰かのそういう表情を見るのも久しぶりである。
すっかり元の自分を取り戻せたような気がする。
「天気がいいから、服をきたままで乾かせる!」
「いや、それは違うと思うぞ。こんなヤツ知らんぞ俺は」
「しばらくちゃんと運動もできていなかったし、向こうまで泳いでみようかな」
「おいっ、急に泳ぐな。足がつるぞっ」
隻眼のベッカムが狼狽えていた。
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