舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第4話 捕虜 

30、襲撃②

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 モルガンの男がどれだけこの頭にこだわっているか知っているジプサムも、心底申し訳ないという顔をしながらも、サニジンに同意したのである。

 部屋には湯をはった巨大な桶が用意されていた。
 湯の中でほどいた髪の油をすすいだ。
 髪型なんて生きるためにはどうでもいい。
 こだわるのは男だけだ、といったのはサラサだったか。
 ユーディアは女なのだ。
 本当は、男髪にこだわることもないのだ。
 ひとふさひとふさ解いていく。
 湯につかり、解いてもかたまっている髪を広げていく。
 解けるにつれて、肩の力が抜けていく。
 それは条件反射のようなもので、何年もそうしてきたのだ。

「……ユーディア、湯加減は大丈夫か?」
「うわっ」
 いきなり扉がひらき、ジプサムの顔が突き出された。
 ユーディアは湯気をあげる湯の中に顎先まで体を沈めた。
 膝を胸に押し付けて強く抱える。
 ジプサムの目がみひらかれ、湯に広がるユーディアの髪を見た。
 視線が彷徨い、顔を辿りあがり、目と目が合った。
 信じられないようなものをみたような目に、心臓がどきどきする。 
 もしかして体をみられたのかもしれない。

「ごめんっ。驚かすつもりはなかった」

 扉は、ジプサムの動揺そのままに、派手に音をたてて閉められた。
 しばらく湯の中で固まっていたが、もう扉の開く気配はない。
 ユーディアは湯から上がり、サニジンが用意した服に袖を通す。
 前を合わせる形のベルゼラの服である。
 手触りが柔らかく、モルガンの服よりもずっと着心地は良かった。
 足を絞る形ではなく、兵士たちのようにピタリと脚に添わせる形でもなく、ゆったりと裾が広がっている。
 歩いてみると衣擦の音が心地いいが、足首が不安定な感じがして頼りない。
 
 髪を結んでくれるサラサはいない。
 髪は片側に一つにぎゅっと三つ編みをすることにした。
 ベルゼラでの自分の髪型にすることにする。
 頬を叩き、気合を入れる。
 先ほどのことを思い返してみた。
 湯には髪が広がっていた。すぐに身体を湯舟に沈めた。
 だから、ジプサムは自分の身体をみなかったと結論付けた。

 競売の時も本来の性別は暴かれなかった。
 公証人も見物人もユーディアを男と思い込んでいた。
 ここでユーディアを知る人は皆、男だと思っている。 
 モルガン族の風習の男髪に惑わされているのだ。
 服の下も、いつものように胸にきつく晒を巻き平たく胸を整えている。
 もう、男髪ではないが、一度刷り込まれたものはちょっとやそっとじゃ覆らないはずである。
 髪を解いてゆるんだ気持ちはなんとか気合で乗り切るつもりだった。
 みんなが誤解しているのなら、あえて正す必要もない。
 男でいる方が気楽だった。
 ユーディアの人生を振り返ってみても、女として振舞い、女扱いされていたのは踊りの練習の時ぐらいなのだ。
 しばらく男のままでやれるだけやってみようと、ユーディアは決意したのである。


 
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