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第4話 捕虜
26-2、捕虜競売①
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「ユーディア、ひとまず成り行きにまかせよう。俺たちはどんな状況だって切り抜けられる」
「この鎖も一生はずされないなんてことは……」
「大丈夫だ。俺たちを買おうとするものが、俺たちの良さを損なうはずはない」
ブルースが手を伸ばしてユーディアに触れた。
再び二人の両手首には肩幅以上の大きな動きを制限する鎖が繋がれている。
足に鎖は省略されていた。
公証人は先にブルースを舞台の中央に立たせた。
一足ごとにじゃらりと重い鎖がこすれて鳴る。
ここにきて、ブルースは腹をくくっている。
初めて、ユーディアはブルースに自分にはない男の芯の強さを見た。
公証人は口髭を整えてから、手に持った紙を読みあげた。
「男、19歳、180センチ、70キロ。聴覚視覚味覚に問題はございません。乗馬は得意。鷹を操ります。ベルゼラでは希少な鷹を操る鷹匠として利用することもできるでしょう。体術は、兵士と互角以上の強さがありますが、その他の剣術等の実力はわかりません。皆さんが気にされている両腕の包帯は、鷹の爪で負傷しました。将来的に腕の機能に問題を残すこともないでしょう。もちろん、適切に治療を続ける必要がございますが……」
ブルースは自分のことを言われているのにもかかわらず、平然と立つ。
銀の鱗の仮面の女が手を上げた。
「モルガン族の肉体はしなやかで強靭といわれているのだけど、身体を見ることはできないかしら?」
女の要望に、競売場の空気が期待にどよめいた。
「もちろんです。後で瑕疵が見つかったとしても、返金や交換などできないものですから」
ブルースは公証人から脱ぐように指示されるが、動かない。
結局、むしられるように上着をはだけさせられたのだが。
褐色に日焼した肌が太陽の光を照り返した。
「まあ」
鱗の仮面の女の口からだけではなく、感嘆のどよめきが上がった。
「下も見せてもらえないのかしら!」
そう声を上げたのは前の席を陣取った別の中年の女。
肉好きが良くて椅子からお尻がはみ出している。
同意の声があちらこちらであがった。
ブルースは下半身に手を伸ばした公証人を睨みつけ、自分から脱いだ。
腕には上着を巻き付けたまま、下半身は腰布一枚となり、さらに求められるままにくるりと一回りする。
「羞恥の感覚がわたしたちと違うのかしら?」
鱗の仮面の女の囁く声をユーディアは拾う。
ブルースの表情は動かない。
その後、ようやく競売が始まったのである。
50ルラからの始まりだった。
100ルラが平均的な一世帯の、兵士だとしたら一人分の1年分の年収に相当する。
金額は150ルラを越えたところから倍ばいに膨らんでいく。
ブルースをどうしても手に入れたいものが二人いる。
中ほどの席の鷹の仮面をつけた黒髪の男と、立ち見の席の銀髪の男。
二人は互いに競争相手の顔を確認する。
「銀の閃光のトニー隊長だ。彼が捕虜を自分のものにしたいだって?」
「そう言えば、捕虜ふたりをまとめて面倒をみるとかいっていたような」
「部下が欲しくて900ルラも出せるか?」
立ち見の兵士たちが金額の高さにざわめき始めている。
一人の奴隷に出すには高額である。
黒い仮面の男があきらめた。
「1000ルラで、入札されました!この場で引き渡しとなります。どうぞ前に来てください」
興奮を隠せず公証人の声が裏返る。
トニーはブルースの前に立つ。
「お前に兵士10人分の価値を見出した。俺の元で鍛え上げられたいと思わないか?」
「落札して俺の所有権はあんたのものになったんだろ?俺の意志は関係あるのか?」
ブルースの言葉にトニーは笑う。
「それもそうだな。これからはわたしの指示に従っていたらいい」
「あいつも頼む」
「それはできそうにないよ。お前だけで予算オーバーをしてしまったのだから」
「駄目だ。落札してくれ。ユーディアと一緒でないと、俺はあんたのところから抜け出すだろう」
トニーは眉を上げ、非難するようにブルースを見た。
甲冑を脱いだトニーは大人の男の色気を漂わせる。
「それは、信義則に反するのではないか。わかった。500ルラまでは頑張るが、これはお前に貸し付ける。つまりお前が俺の元で働いて返してくれ。およそ五年分だ」
ブルースは頷いた。
ユーディアは二人をじっと見つめていた。
多勢で喧嘩を吹っ掛けてきたトニーの部下のヤンたちは、厳正に処分されたと聞く。
トニーはブルースを悪いようにはしないという気がした。
トニーの元でベルゼラ軍部の仕組みを学ぶことになるだろう。
彼らの戦術、戦に対する考え方、軍部内の指示命令系統……。
剣術や弓術などで、身体も鍛え上げられることになるだろう。
今ここでユーディアが思い付く以上のことを、トニーは吸収する。
それは草原で生活する以上に刺激になり、ブルースはモルガン族を正しく率いるのにふさわしい男になるだろう。
なら、自分はどうなるのか?
誰に落札されるのか?
トニーが落札してくれるのか?
この後から待ち受けるのはどんな環境なのか?
自分を手に入れるのは、自分に何を求めているからなのか。
果たしてこのまま男として貫き通せるのか?
それとも早々に女とばれて、女として別の役割を与えられるのか?
それとも、別の主人に売られるのか。
その男、もしくは女の元で、自分はうまくやっていけるのか。
そこで、ベルゼラの事を知ることができるのか。
それとも、女であることを今ここで明らかにしておく方がいいのか。
このまま、明らかにしないほうが、いいのか。
一度にたくさんの不安が押し寄せ、答えのない問に押しつぶされそうになった。
自分の顔は血の気が失せて、唇は青くなっているだろう。
そんな不健康な顔の者を欲しいと思う酔狂なものが果たしているのだろうか。
ユーディアは腕を掴まれ舞台の真ん中に立たされた。
幾つもの視線がユーディアを眺めまわす。
公証人の口髭が大きく動く上下に動く。
先ほどよりも声が弾んでいる。
ユーディアの説明が始まった。
「この鎖も一生はずされないなんてことは……」
「大丈夫だ。俺たちを買おうとするものが、俺たちの良さを損なうはずはない」
ブルースが手を伸ばしてユーディアに触れた。
再び二人の両手首には肩幅以上の大きな動きを制限する鎖が繋がれている。
足に鎖は省略されていた。
公証人は先にブルースを舞台の中央に立たせた。
一足ごとにじゃらりと重い鎖がこすれて鳴る。
ここにきて、ブルースは腹をくくっている。
初めて、ユーディアはブルースに自分にはない男の芯の強さを見た。
公証人は口髭を整えてから、手に持った紙を読みあげた。
「男、19歳、180センチ、70キロ。聴覚視覚味覚に問題はございません。乗馬は得意。鷹を操ります。ベルゼラでは希少な鷹を操る鷹匠として利用することもできるでしょう。体術は、兵士と互角以上の強さがありますが、その他の剣術等の実力はわかりません。皆さんが気にされている両腕の包帯は、鷹の爪で負傷しました。将来的に腕の機能に問題を残すこともないでしょう。もちろん、適切に治療を続ける必要がございますが……」
ブルースは自分のことを言われているのにもかかわらず、平然と立つ。
銀の鱗の仮面の女が手を上げた。
「モルガン族の肉体はしなやかで強靭といわれているのだけど、身体を見ることはできないかしら?」
女の要望に、競売場の空気が期待にどよめいた。
「もちろんです。後で瑕疵が見つかったとしても、返金や交換などできないものですから」
ブルースは公証人から脱ぐように指示されるが、動かない。
結局、むしられるように上着をはだけさせられたのだが。
褐色に日焼した肌が太陽の光を照り返した。
「まあ」
鱗の仮面の女の口からだけではなく、感嘆のどよめきが上がった。
「下も見せてもらえないのかしら!」
そう声を上げたのは前の席を陣取った別の中年の女。
肉好きが良くて椅子からお尻がはみ出している。
同意の声があちらこちらであがった。
ブルースは下半身に手を伸ばした公証人を睨みつけ、自分から脱いだ。
腕には上着を巻き付けたまま、下半身は腰布一枚となり、さらに求められるままにくるりと一回りする。
「羞恥の感覚がわたしたちと違うのかしら?」
鱗の仮面の女の囁く声をユーディアは拾う。
ブルースの表情は動かない。
その後、ようやく競売が始まったのである。
50ルラからの始まりだった。
100ルラが平均的な一世帯の、兵士だとしたら一人分の1年分の年収に相当する。
金額は150ルラを越えたところから倍ばいに膨らんでいく。
ブルースをどうしても手に入れたいものが二人いる。
中ほどの席の鷹の仮面をつけた黒髪の男と、立ち見の席の銀髪の男。
二人は互いに競争相手の顔を確認する。
「銀の閃光のトニー隊長だ。彼が捕虜を自分のものにしたいだって?」
「そう言えば、捕虜ふたりをまとめて面倒をみるとかいっていたような」
「部下が欲しくて900ルラも出せるか?」
立ち見の兵士たちが金額の高さにざわめき始めている。
一人の奴隷に出すには高額である。
黒い仮面の男があきらめた。
「1000ルラで、入札されました!この場で引き渡しとなります。どうぞ前に来てください」
興奮を隠せず公証人の声が裏返る。
トニーはブルースの前に立つ。
「お前に兵士10人分の価値を見出した。俺の元で鍛え上げられたいと思わないか?」
「落札して俺の所有権はあんたのものになったんだろ?俺の意志は関係あるのか?」
ブルースの言葉にトニーは笑う。
「それもそうだな。これからはわたしの指示に従っていたらいい」
「あいつも頼む」
「それはできそうにないよ。お前だけで予算オーバーをしてしまったのだから」
「駄目だ。落札してくれ。ユーディアと一緒でないと、俺はあんたのところから抜け出すだろう」
トニーは眉を上げ、非難するようにブルースを見た。
甲冑を脱いだトニーは大人の男の色気を漂わせる。
「それは、信義則に反するのではないか。わかった。500ルラまでは頑張るが、これはお前に貸し付ける。つまりお前が俺の元で働いて返してくれ。およそ五年分だ」
ブルースは頷いた。
ユーディアは二人をじっと見つめていた。
多勢で喧嘩を吹っ掛けてきたトニーの部下のヤンたちは、厳正に処分されたと聞く。
トニーはブルースを悪いようにはしないという気がした。
トニーの元でベルゼラ軍部の仕組みを学ぶことになるだろう。
彼らの戦術、戦に対する考え方、軍部内の指示命令系統……。
剣術や弓術などで、身体も鍛え上げられることになるだろう。
今ここでユーディアが思い付く以上のことを、トニーは吸収する。
それは草原で生活する以上に刺激になり、ブルースはモルガン族を正しく率いるのにふさわしい男になるだろう。
なら、自分はどうなるのか?
誰に落札されるのか?
トニーが落札してくれるのか?
この後から待ち受けるのはどんな環境なのか?
自分を手に入れるのは、自分に何を求めているからなのか。
果たしてこのまま男として貫き通せるのか?
それとも早々に女とばれて、女として別の役割を与えられるのか?
それとも、別の主人に売られるのか。
その男、もしくは女の元で、自分はうまくやっていけるのか。
そこで、ベルゼラの事を知ることができるのか。
それとも、女であることを今ここで明らかにしておく方がいいのか。
このまま、明らかにしないほうが、いいのか。
一度にたくさんの不安が押し寄せ、答えのない問に押しつぶされそうになった。
自分の顔は血の気が失せて、唇は青くなっているだろう。
そんな不健康な顔の者を欲しいと思う酔狂なものが果たしているのだろうか。
ユーディアは腕を掴まれ舞台の真ん中に立たされた。
幾つもの視線がユーディアを眺めまわす。
公証人の口髭が大きく動く上下に動く。
先ほどよりも声が弾んでいる。
ユーディアの説明が始まった。
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