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第4話 捕虜
25-2、報告書
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「そう言えば、昨日の昼過ぎに、隊員と捕虜の間でもめごとが起こったそうだな。その報告が上がってきていないのだが」
「もめごとですか?ああ、ちょっとした喧嘩ですね。男たちが集まれば、ここでなくてもそういうことはどこでもありますが」
トニーは軽く流した。
「ちょっとした喧嘩か。捕虜が怪我をして、出血がひどく10針ほど縫ったそうではないか。医務官が直接治療にあたらなければならない怪我を引き起こしたもめごとに関しては、逐一報告されることになっているが、トニー隊長はいつ俺に提出するつもりなのかと思っているのだが」
トニーの穏やかな顔は変わらない。
「それは、部下に任せていたのですが、まだなのですね。申し訳ございません。すぐに提出させます。それで、捕虜の引き渡しの件に関しては、許可いただけるということでよろしかったでしょうか」
「……捕虜の件は、少し考えさせてくれ」
「少しとは、どれぐらいを想定されていますか」
飾りものの上司が自分の望むままの答えを出そうとしないことに、トニーの語気がわずかに荒くなるが、自制は効いている。
トニーの視線は前方にある。
話している間にも城門は近づいてきている。
トニーは門をくぐる前に決着をつけたいようだった。
ジプサムは、彼の望み通りにしてやるつもりはなかった。
「少しとは、ベッカム隊長との話が終わるまでだ。彼もわたしと話をしたいらしい」
ベッカムは二人のすぐ後ろに馬を寄せていた。
トニーとベッカムは、馬の位置を入れ替えた。
不服さにわずかに眉をしかめるトニーに、ベッカムは浅薄な笑いを返している。
「総司令官、捕虜のことで話があるのですが」
「ベッカム隊長も、捕虜の事なのか」
「トニーは二人とも引き取るといったかと思うが、二人しかいない捕虜すべてをトニーが得るのは平等ではないだろうと思う。あいつは褐色の方を気に入っているのだから、俺は小さい方をいただきたい。一応、その許可が欲しい。総司令官の采配となれば、トニーのやつも納得するだろう」
ジプサムは笑い出したくなるのを堪えた。
面白いキーワードをベッカムは口にする。
許可。総司令官の采配。
彼は許可なく、剣を抜き、話し合いをぶち壊した隊の長である。
トニーもベッカムも、二人は自分たちの都合のいいように、ジプサムの役職をまだらに利用している。
「小さい方は確か、兵士としては適正はないかもしれないとトニー隊長は言っていたが、ベッカム隊長はどうするつもりなのか」
「……彼には馬の調教などをまかせようかと。すぐには、蛮族の馬の扱いができる者がおらず、困っているのです」
ベッカムは何かを思い出したのか、二の腕をこすっている。
「ああ、今朝、モルガンの馬にけしかけられて落馬したというのはベッカムの隊員だったな」
ジプサムは一呼吸置いた。
「……で、それに関しても、報告がないが」
「落馬は騎馬兵として不名誉なことですが、怪我はしておりません。報告するまでもないことです」
「そうか。報告の書類の書き方を知らないのではないかと思っていた」
ジプサムの皮肉に、ベッカムの隻眼の目が怒りに吊り上がった。
「それはどういうことですか。聞き捨てなりませんね。いくら王子としても口の利き方を学ばれたほうがいいのでは。そうでないと今後、ご苦労なさりそうだ」
「その前に、ベッカム隊長を規則違反として処分をしなくてはならないことになるが」
ことさら冷やかにジプサムは言う。
「それは一体どういう意味、ですか」
「規則では、命令に違反する行動をとった場合はなぜそのような行動をとるに至ったか経緯を報告しなければならないとあるが、待てど暮らせど、この遠征の核となるところの報告書があがってこない。てっきり書き方を知らないのではと思っていたところなんだ。だけど、書き方を知っているのに提出しないというのならば、それはそれで処分されるのは相当だと思うが」
「命令に違反したことはない!命をかけて戦う俺に、総司令官は何をもってそう言われるのか!」
雷が落ちたような恫喝だった。
その迫力に、ごくりとジプサムは生唾を飲みこんだ。
そのような剥き出しの怒りをぶつけられたことなどなかった。
このまま報告などどうでもいいから好きにしろといってしまいたくなる。
だがここで引けば、彼らは一生自分を蔑ろにするだろう。
手綱を握りしめる手の平に汗が噴き出した。
暴力の予感に隣に馬を進めるサニジンが手を柄にかけた。
前を行くジプサムの護衛たちが息を飲み緊張する。
「わたしは、話し合いが殲滅に変わったその時の経緯の、正式な文書での報告をずっと待っている。それがない限り、30人を惨殺した行為は、ベルゼラ軍の略奪行為であったともいれてもしょうがないではないか。わたしたちが、ベルゼラ国に戻るのは、英雄としてかそれとも殺人集団としてか、その判断がわたしの中でつかないでいる」
「それは明確ではないですか!彼らは話し合いをぶち壊し弓を引き罪を償うよりも、歯向かうことを選んだ。ならベルゼラ国としては……」
「だから、わたしは報告書を待っているといっている。たったそれだけのものを書けないことこそ職務怠慢で、その責任の重大さから懲戒免職もあり得るぐらいだと、ベッカム隊長は思わないか?」
殺人集団といわれ、ベッカムは激怒していた。
その手が腰に佩いた剣に向かう。
恐怖にジプサムの顔はひきつった。
ジプサムとベッカムの話が終わるのを二人の背後で待っていたトニーが不穏な成り行きに驚き、間に割って入った。
最初にベッカムが声を荒げたときに止めなかったのは、それでジプサムが引くと思っていたからだった。
「ベッカム殿!鎮まりなさい!ここは失礼を侘びていったん退き、急ぎ報告書をまとめた方がよいのではありませんか!」
「報告書などとうにできておるわ!」
唾が飛ぶ。
「なら、どうしてジプサム総司令官に提出しないのですか!」
「もめごとですか?ああ、ちょっとした喧嘩ですね。男たちが集まれば、ここでなくてもそういうことはどこでもありますが」
トニーは軽く流した。
「ちょっとした喧嘩か。捕虜が怪我をして、出血がひどく10針ほど縫ったそうではないか。医務官が直接治療にあたらなければならない怪我を引き起こしたもめごとに関しては、逐一報告されることになっているが、トニー隊長はいつ俺に提出するつもりなのかと思っているのだが」
トニーの穏やかな顔は変わらない。
「それは、部下に任せていたのですが、まだなのですね。申し訳ございません。すぐに提出させます。それで、捕虜の引き渡しの件に関しては、許可いただけるということでよろしかったでしょうか」
「……捕虜の件は、少し考えさせてくれ」
「少しとは、どれぐらいを想定されていますか」
飾りものの上司が自分の望むままの答えを出そうとしないことに、トニーの語気がわずかに荒くなるが、自制は効いている。
トニーの視線は前方にある。
話している間にも城門は近づいてきている。
トニーは門をくぐる前に決着をつけたいようだった。
ジプサムは、彼の望み通りにしてやるつもりはなかった。
「少しとは、ベッカム隊長との話が終わるまでだ。彼もわたしと話をしたいらしい」
ベッカムは二人のすぐ後ろに馬を寄せていた。
トニーとベッカムは、馬の位置を入れ替えた。
不服さにわずかに眉をしかめるトニーに、ベッカムは浅薄な笑いを返している。
「総司令官、捕虜のことで話があるのですが」
「ベッカム隊長も、捕虜の事なのか」
「トニーは二人とも引き取るといったかと思うが、二人しかいない捕虜すべてをトニーが得るのは平等ではないだろうと思う。あいつは褐色の方を気に入っているのだから、俺は小さい方をいただきたい。一応、その許可が欲しい。総司令官の采配となれば、トニーのやつも納得するだろう」
ジプサムは笑い出したくなるのを堪えた。
面白いキーワードをベッカムは口にする。
許可。総司令官の采配。
彼は許可なく、剣を抜き、話し合いをぶち壊した隊の長である。
トニーもベッカムも、二人は自分たちの都合のいいように、ジプサムの役職をまだらに利用している。
「小さい方は確か、兵士としては適正はないかもしれないとトニー隊長は言っていたが、ベッカム隊長はどうするつもりなのか」
「……彼には馬の調教などをまかせようかと。すぐには、蛮族の馬の扱いができる者がおらず、困っているのです」
ベッカムは何かを思い出したのか、二の腕をこすっている。
「ああ、今朝、モルガンの馬にけしかけられて落馬したというのはベッカムの隊員だったな」
ジプサムは一呼吸置いた。
「……で、それに関しても、報告がないが」
「落馬は騎馬兵として不名誉なことですが、怪我はしておりません。報告するまでもないことです」
「そうか。報告の書類の書き方を知らないのではないかと思っていた」
ジプサムの皮肉に、ベッカムの隻眼の目が怒りに吊り上がった。
「それはどういうことですか。聞き捨てなりませんね。いくら王子としても口の利き方を学ばれたほうがいいのでは。そうでないと今後、ご苦労なさりそうだ」
「その前に、ベッカム隊長を規則違反として処分をしなくてはならないことになるが」
ことさら冷やかにジプサムは言う。
「それは一体どういう意味、ですか」
「規則では、命令に違反する行動をとった場合はなぜそのような行動をとるに至ったか経緯を報告しなければならないとあるが、待てど暮らせど、この遠征の核となるところの報告書があがってこない。てっきり書き方を知らないのではと思っていたところなんだ。だけど、書き方を知っているのに提出しないというのならば、それはそれで処分されるのは相当だと思うが」
「命令に違反したことはない!命をかけて戦う俺に、総司令官は何をもってそう言われるのか!」
雷が落ちたような恫喝だった。
その迫力に、ごくりとジプサムは生唾を飲みこんだ。
そのような剥き出しの怒りをぶつけられたことなどなかった。
このまま報告などどうでもいいから好きにしろといってしまいたくなる。
だがここで引けば、彼らは一生自分を蔑ろにするだろう。
手綱を握りしめる手の平に汗が噴き出した。
暴力の予感に隣に馬を進めるサニジンが手を柄にかけた。
前を行くジプサムの護衛たちが息を飲み緊張する。
「わたしは、話し合いが殲滅に変わったその時の経緯の、正式な文書での報告をずっと待っている。それがない限り、30人を惨殺した行為は、ベルゼラ軍の略奪行為であったともいれてもしょうがないではないか。わたしたちが、ベルゼラ国に戻るのは、英雄としてかそれとも殺人集団としてか、その判断がわたしの中でつかないでいる」
「それは明確ではないですか!彼らは話し合いをぶち壊し弓を引き罪を償うよりも、歯向かうことを選んだ。ならベルゼラ国としては……」
「だから、わたしは報告書を待っているといっている。たったそれだけのものを書けないことこそ職務怠慢で、その責任の重大さから懲戒免職もあり得るぐらいだと、ベッカム隊長は思わないか?」
殺人集団といわれ、ベッカムは激怒していた。
その手が腰に佩いた剣に向かう。
恐怖にジプサムの顔はひきつった。
ジプサムとベッカムの話が終わるのを二人の背後で待っていたトニーが不穏な成り行きに驚き、間に割って入った。
最初にベッカムが声を荒げたときに止めなかったのは、それでジプサムが引くと思っていたからだった。
「ベッカム殿!鎮まりなさい!ここは失礼を侘びていったん退き、急ぎ報告書をまとめた方がよいのではありませんか!」
「報告書などとうにできておるわ!」
唾が飛ぶ。
「なら、どうしてジプサム総司令官に提出しないのですか!」
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