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第4話 捕虜
23、勝負②
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ヤンは大きな体ながら敏捷に体を揺らし、ブルースとの差を詰め、強烈な左パンチを顔めがけて繰り出した。
ブルースは後ろに下がり避ける。続いた右パンチもかわす。
だが檻馬車の前の空間は逃げ回り続けられるほど広い場所ではない。
ブルースの背後には黄色のベッカム隊がいる。
「逃げ回ってばかりじゃ勝負にならないよ」
彼らはブルースの背中を押し、ヤンの正面に突き出した。
待ち構えていたかのようにヤンの拳はブルースの顔を狙う。
ブルースはかがんで避け、さらに踏み込みヤンの胴体に体当たりをした。
ヤンの体幹は鍛えている。それぐらいの衝撃ではびくともしないと思われたが、ブルースが狙ったのは重心のわずかに下側。
ヤンの大きな身体はバランスを崩した。意外なほどあっさりと後ろへ倒れ込んだ。
ブルースはヤンの身体にまたがり、その首を前腕で押さえつけた。
細かに編んだ髪がヤンの顔にかかる。
「背中が付いたら勝負がついたでよかったか?」
ヤンの身体にまたがり押さえつけながらブルースは言う。
一分もたたないうちに勝負が決まったのだ。
周囲はどよめいた。
「クソっ。足を滑らせただけだ。こんなの、ノーカウントだ」
ヤンが悔しさに顔を真っ赤にして言う。
ブルースがヤンの身体を解放する前に、ブルースの横から蹴りが飛ぶ。
ブルースは風圧を受けた紙のように体をそらし、そのまま横倒しになるとくるりと回転して立ちあがる。
ブルースに蹴りをくらわそうとしたのはオレンジの腕章の別の男。ヤンの仲間。
もう一人がブルースの背後に回り込み、退路を断つ。
「今度は二対一って卑怯じゃないか?」
「素手でブルースを相手にするのなら、大丈夫なんじゃない?」
ジャンが思わず口にするが、腕を組んで様子を見るユーディアは冷ややかに返す。
ユーディアの言う通り、大きな身体の男が本気の蹴りと拳を繰り出しても、ブルースは鮮やかにかわし続けた。
ブルースは冷静だった。
低い体勢になったかと思うと長い脚で足元を薙ぎ払う。
ひとりを転がした。振り向きざまにもう一回、もう一人の足元をすくう。
ふたりの男たちは大地に無様に転がり、砂埃が立ちあがった。
ヤンと連れ立ってきたオレンジの腕章は残り二人。
仲間のあっけない勝負の結果に互いに顔を見合わせた。腰を低く落とし前後に分かれて挟み撃ちの勝負を挑みかけた。
背後のひとりが両手を広げてブルースを確保にかかった。
まるで後頭部に目があるのではないかと思えるぐらい自然にブルースは横に飛びすさった。
すかされた男は、前で構えていた仲間にぶつかり、二人は情けない声をあげてもつれながら転がった。
冷静で見事な立ち回りだった。
鮮やかな捕虜の動きと予想外の結果にどよめきが上がる。
いつの間にか勝負を見学に来ているものが、檻馬車の前の勝負の場に、二重三重になって取り囲んでいた。
「ヤンの奴ら、口ほどにもないな。たった一人に五人ともやられるなんてな!」
黄色の腕章の男がなじり、集まった者たちはどっと沸いた。
「コイツの猿なみの敏捷性、俊敏性、動体視力が半端ないんだよ」
ヤンが顔を真っ赤にして言い返した。
まるで何事もなかったかのように息一つみだれていないブルースに、憎しみのこもる目を向けた。
「もういいだろ、勝負はブルースの勝ち」
ユーディアはただ立っているように見えながら、まだ警戒を解いていないブルースの方へ歩こうとする。
「くるな、ユーディア。勝負はまだ終わっていない。そこにいろ」
ユーディアの足が止まった。
地面に転がっていた男たちの傍に、見学人たちの中から短剣が投げ入れられたのだった。
「劣勢ならば、これを使ってみろよ。一人の蛮族にベルゼラ兵5人がやられたなんて汚点を残すなよ」
誰がそう言ったのか。
ひとつが投げ入れられると、次々に投げ入れられた。もちろんブルースにはない。
オレンジの腕章の男たちは短剣を拾い上げ、迷わず鞘を抜いた。
ぎらりと5本の刃がブルースに向かった。
刃物を持つ者たちは一斉には飛び掛かってこない。そうすれば仲間を傷つけることもあるからだ。
一人が切りつけ、ブルースがかわしたその先で、刃が待ち構えるのだ。
ブルースの切れ長の目が細くなる。
まっすぐ胸をねらう刃をよけると、すぐさま上から振り下ろされるナイフを転がって逃れた。だが、その先にも刃が待ち構える。
ジャンは息を飲んだ。
これで勝てるはずがなかった。
「捕虜を殺すなよ!お坊ちゃんが怒るからな」
野卑な笑い声が上がる。
逃げてばかりでは勝負がつくことはない。
次第にブルースの額に汗がにじみ呼吸が荒くなり始めた。
ブルースは剣をかわすと勢い余って突進する男の顔に拳を当てた。強烈な一撃を受けた男は後ろ倒しに倒れた。気絶した男を見物人が勝負の場から引きずりだし、場を空ける。
4人になっても終らない。
止める者はいない。
体力を消耗していくブルースの袖が切り裂かれた。
寸でのところによけた刃が頬をかすめる。
「ブルース!」
ジャンの横でユーディアが叫び、かがんだかと思うと砂を掴み、ブルースの背後から襲おうとした男に投げつけた。
顔じゅうに砂礫を受けた男が悲鳴をあげ、顔を押さえて唾を吐いた。
ブルースは後ろに下がり避ける。続いた右パンチもかわす。
だが檻馬車の前の空間は逃げ回り続けられるほど広い場所ではない。
ブルースの背後には黄色のベッカム隊がいる。
「逃げ回ってばかりじゃ勝負にならないよ」
彼らはブルースの背中を押し、ヤンの正面に突き出した。
待ち構えていたかのようにヤンの拳はブルースの顔を狙う。
ブルースはかがんで避け、さらに踏み込みヤンの胴体に体当たりをした。
ヤンの体幹は鍛えている。それぐらいの衝撃ではびくともしないと思われたが、ブルースが狙ったのは重心のわずかに下側。
ヤンの大きな身体はバランスを崩した。意外なほどあっさりと後ろへ倒れ込んだ。
ブルースはヤンの身体にまたがり、その首を前腕で押さえつけた。
細かに編んだ髪がヤンの顔にかかる。
「背中が付いたら勝負がついたでよかったか?」
ヤンの身体にまたがり押さえつけながらブルースは言う。
一分もたたないうちに勝負が決まったのだ。
周囲はどよめいた。
「クソっ。足を滑らせただけだ。こんなの、ノーカウントだ」
ヤンが悔しさに顔を真っ赤にして言う。
ブルースがヤンの身体を解放する前に、ブルースの横から蹴りが飛ぶ。
ブルースは風圧を受けた紙のように体をそらし、そのまま横倒しになるとくるりと回転して立ちあがる。
ブルースに蹴りをくらわそうとしたのはオレンジの腕章の別の男。ヤンの仲間。
もう一人がブルースの背後に回り込み、退路を断つ。
「今度は二対一って卑怯じゃないか?」
「素手でブルースを相手にするのなら、大丈夫なんじゃない?」
ジャンが思わず口にするが、腕を組んで様子を見るユーディアは冷ややかに返す。
ユーディアの言う通り、大きな身体の男が本気の蹴りと拳を繰り出しても、ブルースは鮮やかにかわし続けた。
ブルースは冷静だった。
低い体勢になったかと思うと長い脚で足元を薙ぎ払う。
ひとりを転がした。振り向きざまにもう一回、もう一人の足元をすくう。
ふたりの男たちは大地に無様に転がり、砂埃が立ちあがった。
ヤンと連れ立ってきたオレンジの腕章は残り二人。
仲間のあっけない勝負の結果に互いに顔を見合わせた。腰を低く落とし前後に分かれて挟み撃ちの勝負を挑みかけた。
背後のひとりが両手を広げてブルースを確保にかかった。
まるで後頭部に目があるのではないかと思えるぐらい自然にブルースは横に飛びすさった。
すかされた男は、前で構えていた仲間にぶつかり、二人は情けない声をあげてもつれながら転がった。
冷静で見事な立ち回りだった。
鮮やかな捕虜の動きと予想外の結果にどよめきが上がる。
いつの間にか勝負を見学に来ているものが、檻馬車の前の勝負の場に、二重三重になって取り囲んでいた。
「ヤンの奴ら、口ほどにもないな。たった一人に五人ともやられるなんてな!」
黄色の腕章の男がなじり、集まった者たちはどっと沸いた。
「コイツの猿なみの敏捷性、俊敏性、動体視力が半端ないんだよ」
ヤンが顔を真っ赤にして言い返した。
まるで何事もなかったかのように息一つみだれていないブルースに、憎しみのこもる目を向けた。
「もういいだろ、勝負はブルースの勝ち」
ユーディアはただ立っているように見えながら、まだ警戒を解いていないブルースの方へ歩こうとする。
「くるな、ユーディア。勝負はまだ終わっていない。そこにいろ」
ユーディアの足が止まった。
地面に転がっていた男たちの傍に、見学人たちの中から短剣が投げ入れられたのだった。
「劣勢ならば、これを使ってみろよ。一人の蛮族にベルゼラ兵5人がやられたなんて汚点を残すなよ」
誰がそう言ったのか。
ひとつが投げ入れられると、次々に投げ入れられた。もちろんブルースにはない。
オレンジの腕章の男たちは短剣を拾い上げ、迷わず鞘を抜いた。
ぎらりと5本の刃がブルースに向かった。
刃物を持つ者たちは一斉には飛び掛かってこない。そうすれば仲間を傷つけることもあるからだ。
一人が切りつけ、ブルースがかわしたその先で、刃が待ち構えるのだ。
ブルースの切れ長の目が細くなる。
まっすぐ胸をねらう刃をよけると、すぐさま上から振り下ろされるナイフを転がって逃れた。だが、その先にも刃が待ち構える。
ジャンは息を飲んだ。
これで勝てるはずがなかった。
「捕虜を殺すなよ!お坊ちゃんが怒るからな」
野卑な笑い声が上がる。
逃げてばかりでは勝負がつくことはない。
次第にブルースの額に汗がにじみ呼吸が荒くなり始めた。
ブルースは剣をかわすと勢い余って突進する男の顔に拳を当てた。強烈な一撃を受けた男は後ろ倒しに倒れた。気絶した男を見物人が勝負の場から引きずりだし、場を空ける。
4人になっても終らない。
止める者はいない。
体力を消耗していくブルースの袖が切り裂かれた。
寸でのところによけた刃が頬をかすめる。
「ブルース!」
ジャンの横でユーディアが叫び、かがんだかと思うと砂を掴み、ブルースの背後から襲おうとした男に投げつけた。
顔じゅうに砂礫を受けた男が悲鳴をあげ、顔を押さえて唾を吐いた。
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