舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
39 / 238
第4話 捕虜 

21、肉スープ②

しおりを挟む
  馬車の鉄柵は大きく開かれていて、中はもぬけの殻である。
 ジャンは一瞬、最後の二人の捕虜も逃げたのだと思った。
 だがすぐに、背中を向ける男たちの姿に気が付いた。
 彼らはごつごつした岩に腰を下ろしたり、手を組んで立ったりして、何かを見ている。
 ジャンは湯気を上げる三人分の肉スープとパンを乗せた盆を持ったままそちらに向かう。
 兵士たちはオレンジの腕章をつけている。
 トニー隊長の部隊である。
 捕虜は一日おきに見張る部隊が変わるとハルビン料理長がいっていたことを思い出した。

「何かあるの?」
 知り合いの姿を見つけてジャンは声をかけた。
「捕虜だ」
「捕虜が?」
「体操をしている」

 太陽の元で見るのは初めてだった。
 黒々とした縮れた髪が目に飛び込んできた。
 異様な蛮族の頭に恐怖を覚える。
 捕虜の二人は胸の前で合わせる上着に荒い織物の膨らんだパンツをはく。
 パンツの裾は紐で結んで絞っているのだろう。
 足もとは革のサンダルで、夏場だからか足指が全部見えた。
 親指と中指で底に結んだ紐を挟み込み、その紐は左右に分かれてかかと、足首と巻きあがり結んで留めている。

 二人は互いの肩に手を置き、身体をクの字に屈伸させ、足の裏側と背中、肩、腕を伸ばしあっていた。
 十分伸ばし終えると今度や二人は横に並んでたち頭の上と身体の下で互いに手をつなぎ、膝を曲げながら体を横に引く。体の側面をストレッチである。
 5人ほどが見ているのことも気にもせず、二人は後ろ向きに尻を突き合わせて背中に乗せ、向こう側に転がしたりしあう。
 柔軟性が高くて、動きに無駄がなくしなやかである。
 ベルゼラの兵士たちが鋼のような強さだとすると、蛮族は良くしなる竹のような強さである。

 ジャラリと金属のこすれる音に、二人の捕虜が、両手首を鉄の鎖でつないでいる状態であることに気が付いた。足首にも同じ鎖が繋がれている。
 ようやくジャンは自分の役割を思い出した。
 昼の休憩時間が延々とあるわけではない。

「捕虜たち、昼だよ」
 なんと呼びかけていかわからずそれだけ言う。
 縮れた頭が二つ同時に振り返った。
 二人は体を動かすのをやめてジャンに近づいてくる。
 どちらも整ったスッキリした顔立ち。
 背の低い方の捕虜は、物おじしない真っすぐな目をしていた。
 ジャンを見て、手元のお盆を見た。
 一瞬、捕虜に襲われるかと思い、ジャンは肩をすくめたが、ただ二人は手をのばして器とパンを確保しただけである。
 背の高い男が低い方へぼそりとつぶやく。

「中にもどるか?」
「ここでいいよ。外にでていたいから」
 中とは檻馬車のことだ。まるで自分たちの部屋のように言っている。
 その場でどかりと腰を落とし胡坐をかいた捕虜たちは、ジャンのことを無視している。
 不思議なふたりだけの空間ができている。まるで、ふたりで旅行でもしているような態度である。
 さしずめジャンは、食事を運び食器を洗う召使というところか。
 大口を開けてパンをかじりだした背の低い方を見て、なんだかジャンはむかついた。

「何か言うことがないのかよ」
「……ベルゼラ国はまだか?随分時間がかかっているようだが」
「遅いのは羊と馬を運んでいるからでうまく扱えるものがいない」
「ああ……」

 捕虜二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
 そっけなく問いを発した褐色の肌の捕虜の、自業自得だろ、面倒ならば手放したらいい、と口に出さない言葉が聞こえてきたような気がした。
 実際、前線に立たなかったトニーの部隊は、羊を馬車に乗せるのに苦労し、昼休憩でようやく本陣に追いついたのだった。
 羊の他にも放牧されている馬もいたそうだがそれらを確保することはあきらめ、鞍付きで確保した6頭の馬だけ連れてきている。
 蛮族の馬は気性が荒いが良く走るとのうわさである。

「いや、そういうことではなくて、食事のことだよ。作って運んできてやったんだ、いうことがあるだろ」
「これを作ったのはお前なのか」
 長身の、肌の浅黒い方の蛮族が言う。
 言葉は明瞭で静謐。
 トニー隊長を思わせる、自制の聞いた声。
 どこか冷涼な湖面を思わせた。
   
 彼は肉スープの匂いを嗅ぎ、眉をしかめた。
「おい」
 もう一人に声をかけ、互いに顔を見合わせると、指先で薬味をつまんでポイポイと足元に落とし始めた。
「何するんだよ!食い物を粗末にするな!」

 憤るジャンに構わず全部つまみ出すと、長い指先は骨ばった肉を掴み、かじっている。
 捕虜たちには箸はない。
 先端のとがったものは武器になるかもしれないからだ。

 ジャンが捕虜から引き出したかった言葉は、ありがとう、の感謝の言葉だった。がつがつ食べ始めた姿に、蛮族に礼儀を求めるのは無理かとあきらめた。
 二人がいきなり立ちあがり襲いかかってきても即座に逃げられそうなぐらいに距離をとり、ジャンも腰を落とした。
 ジャンは腰ベルトにとめたちいさな鞄から布に包んだ箸を取り出した。
    すっかりスープがぬるくなってしまっている。おいしさが半減するではないか。薬味にした青菜の青臭い匂いがした。

 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...