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第4話 捕虜
21、肉スープ②
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馬車の鉄柵は大きく開かれていて、中はもぬけの殻である。
ジャンは一瞬、最後の二人の捕虜も逃げたのだと思った。
だがすぐに、背中を向ける男たちの姿に気が付いた。
彼らはごつごつした岩に腰を下ろしたり、手を組んで立ったりして、何かを見ている。
ジャンは湯気を上げる三人分の肉スープとパンを乗せた盆を持ったままそちらに向かう。
兵士たちはオレンジの腕章をつけている。
トニー隊長の部隊である。
捕虜は一日おきに見張る部隊が変わるとハルビン料理長がいっていたことを思い出した。
「何かあるの?」
知り合いの姿を見つけてジャンは声をかけた。
「捕虜だ」
「捕虜が?」
「体操をしている」
太陽の元で見るのは初めてだった。
黒々とした縮れた髪が目に飛び込んできた。
異様な蛮族の頭に恐怖を覚える。
捕虜の二人は胸の前で合わせる上着に荒い織物の膨らんだパンツをはく。
パンツの裾は紐で結んで絞っているのだろう。
足もとは革のサンダルで、夏場だからか足指が全部見えた。
親指と中指で底に結んだ紐を挟み込み、その紐は左右に分かれてかかと、足首と巻きあがり結んで留めている。
二人は互いの肩に手を置き、身体をクの字に屈伸させ、足の裏側と背中、肩、腕を伸ばしあっていた。
十分伸ばし終えると今度や二人は横に並んでたち頭の上と身体の下で互いに手をつなぎ、膝を曲げながら体を横に引く。体の側面をストレッチである。
5人ほどが見ているのことも気にもせず、二人は後ろ向きに尻を突き合わせて背中に乗せ、向こう側に転がしたりしあう。
柔軟性が高くて、動きに無駄がなくしなやかである。
ベルゼラの兵士たちが鋼のような強さだとすると、蛮族は良くしなる竹のような強さである。
ジャラリと金属のこすれる音に、二人の捕虜が、両手首を鉄の鎖でつないでいる状態であることに気が付いた。足首にも同じ鎖が繋がれている。
ようやくジャンは自分の役割を思い出した。
昼の休憩時間が延々とあるわけではない。
「捕虜たち、昼だよ」
なんと呼びかけていかわからずそれだけ言う。
縮れた頭が二つ同時に振り返った。
二人は体を動かすのをやめてジャンに近づいてくる。
どちらも整ったスッキリした顔立ち。
背の低い方の捕虜は、物おじしない真っすぐな目をしていた。
ジャンを見て、手元のお盆を見た。
一瞬、捕虜に襲われるかと思い、ジャンは肩をすくめたが、ただ二人は手をのばして器とパンを確保しただけである。
背の高い男が低い方へぼそりとつぶやく。
「中にもどるか?」
「ここでいいよ。外にでていたいから」
中とは檻馬車のことだ。まるで自分たちの部屋のように言っている。
その場でどかりと腰を落とし胡坐をかいた捕虜たちは、ジャンのことを無視している。
不思議なふたりだけの空間ができている。まるで、ふたりで旅行でもしているような態度である。
さしずめジャンは、食事を運び食器を洗う召使というところか。
大口を開けてパンをかじりだした背の低い方を見て、なんだかジャンはむかついた。
「何か言うことがないのかよ」
「……ベルゼラ国はまだか?随分時間がかかっているようだが」
「遅いのは羊と馬を運んでいるからでうまく扱えるものがいない」
「ああ……」
捕虜二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
そっけなく問いを発した褐色の肌の捕虜の、自業自得だろ、面倒ならば手放したらいい、と口に出さない言葉が聞こえてきたような気がした。
実際、前線に立たなかったトニーの部隊は、羊を馬車に乗せるのに苦労し、昼休憩でようやく本陣に追いついたのだった。
羊の他にも放牧されている馬もいたそうだがそれらを確保することはあきらめ、鞍付きで確保した6頭の馬だけ連れてきている。
蛮族の馬は気性が荒いが良く走るとのうわさである。
「いや、そういうことではなくて、食事のことだよ。作って運んできてやったんだ、いうことがあるだろ」
「これを作ったのはお前なのか」
長身の、肌の浅黒い方の蛮族が言う。
言葉は明瞭で静謐。
トニー隊長を思わせる、自制の聞いた声。
どこか冷涼な湖面を思わせた。
彼は肉スープの匂いを嗅ぎ、眉をしかめた。
「おい」
もう一人に声をかけ、互いに顔を見合わせると、指先で薬味をつまんでポイポイと足元に落とし始めた。
「何するんだよ!食い物を粗末にするな!」
憤るジャンに構わず全部つまみ出すと、長い指先は骨ばった肉を掴み、かじっている。
捕虜たちには箸はない。
先端のとがったものは武器になるかもしれないからだ。
ジャンが捕虜から引き出したかった言葉は、ありがとう、の感謝の言葉だった。がつがつ食べ始めた姿に、蛮族に礼儀を求めるのは無理かとあきらめた。
二人がいきなり立ちあがり襲いかかってきても即座に逃げられそうなぐらいに距離をとり、ジャンも腰を落とした。
ジャンは腰ベルトにとめたちいさな鞄から布に包んだ箸を取り出した。
すっかりスープがぬるくなってしまっている。おいしさが半減するではないか。薬味にした青菜の青臭い匂いがした。
ジャンは一瞬、最後の二人の捕虜も逃げたのだと思った。
だがすぐに、背中を向ける男たちの姿に気が付いた。
彼らはごつごつした岩に腰を下ろしたり、手を組んで立ったりして、何かを見ている。
ジャンは湯気を上げる三人分の肉スープとパンを乗せた盆を持ったままそちらに向かう。
兵士たちはオレンジの腕章をつけている。
トニー隊長の部隊である。
捕虜は一日おきに見張る部隊が変わるとハルビン料理長がいっていたことを思い出した。
「何かあるの?」
知り合いの姿を見つけてジャンは声をかけた。
「捕虜だ」
「捕虜が?」
「体操をしている」
太陽の元で見るのは初めてだった。
黒々とした縮れた髪が目に飛び込んできた。
異様な蛮族の頭に恐怖を覚える。
捕虜の二人は胸の前で合わせる上着に荒い織物の膨らんだパンツをはく。
パンツの裾は紐で結んで絞っているのだろう。
足もとは革のサンダルで、夏場だからか足指が全部見えた。
親指と中指で底に結んだ紐を挟み込み、その紐は左右に分かれてかかと、足首と巻きあがり結んで留めている。
二人は互いの肩に手を置き、身体をクの字に屈伸させ、足の裏側と背中、肩、腕を伸ばしあっていた。
十分伸ばし終えると今度や二人は横に並んでたち頭の上と身体の下で互いに手をつなぎ、膝を曲げながら体を横に引く。体の側面をストレッチである。
5人ほどが見ているのことも気にもせず、二人は後ろ向きに尻を突き合わせて背中に乗せ、向こう側に転がしたりしあう。
柔軟性が高くて、動きに無駄がなくしなやかである。
ベルゼラの兵士たちが鋼のような強さだとすると、蛮族は良くしなる竹のような強さである。
ジャラリと金属のこすれる音に、二人の捕虜が、両手首を鉄の鎖でつないでいる状態であることに気が付いた。足首にも同じ鎖が繋がれている。
ようやくジャンは自分の役割を思い出した。
昼の休憩時間が延々とあるわけではない。
「捕虜たち、昼だよ」
なんと呼びかけていかわからずそれだけ言う。
縮れた頭が二つ同時に振り返った。
二人は体を動かすのをやめてジャンに近づいてくる。
どちらも整ったスッキリした顔立ち。
背の低い方の捕虜は、物おじしない真っすぐな目をしていた。
ジャンを見て、手元のお盆を見た。
一瞬、捕虜に襲われるかと思い、ジャンは肩をすくめたが、ただ二人は手をのばして器とパンを確保しただけである。
背の高い男が低い方へぼそりとつぶやく。
「中にもどるか?」
「ここでいいよ。外にでていたいから」
中とは檻馬車のことだ。まるで自分たちの部屋のように言っている。
その場でどかりと腰を落とし胡坐をかいた捕虜たちは、ジャンのことを無視している。
不思議なふたりだけの空間ができている。まるで、ふたりで旅行でもしているような態度である。
さしずめジャンは、食事を運び食器を洗う召使というところか。
大口を開けてパンをかじりだした背の低い方を見て、なんだかジャンはむかついた。
「何か言うことがないのかよ」
「……ベルゼラ国はまだか?随分時間がかかっているようだが」
「遅いのは羊と馬を運んでいるからでうまく扱えるものがいない」
「ああ……」
捕虜二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
そっけなく問いを発した褐色の肌の捕虜の、自業自得だろ、面倒ならば手放したらいい、と口に出さない言葉が聞こえてきたような気がした。
実際、前線に立たなかったトニーの部隊は、羊を馬車に乗せるのに苦労し、昼休憩でようやく本陣に追いついたのだった。
羊の他にも放牧されている馬もいたそうだがそれらを確保することはあきらめ、鞍付きで確保した6頭の馬だけ連れてきている。
蛮族の馬は気性が荒いが良く走るとのうわさである。
「いや、そういうことではなくて、食事のことだよ。作って運んできてやったんだ、いうことがあるだろ」
「これを作ったのはお前なのか」
長身の、肌の浅黒い方の蛮族が言う。
言葉は明瞭で静謐。
トニー隊長を思わせる、自制の聞いた声。
どこか冷涼な湖面を思わせた。
彼は肉スープの匂いを嗅ぎ、眉をしかめた。
「おい」
もう一人に声をかけ、互いに顔を見合わせると、指先で薬味をつまんでポイポイと足元に落とし始めた。
「何するんだよ!食い物を粗末にするな!」
憤るジャンに構わず全部つまみ出すと、長い指先は骨ばった肉を掴み、かじっている。
捕虜たちには箸はない。
先端のとがったものは武器になるかもしれないからだ。
ジャンが捕虜から引き出したかった言葉は、ありがとう、の感謝の言葉だった。がつがつ食べ始めた姿に、蛮族に礼儀を求めるのは無理かとあきらめた。
二人がいきなり立ちあがり襲いかかってきても即座に逃げられそうなぐらいに距離をとり、ジャンも腰を落とした。
ジャンは腰ベルトにとめたちいさな鞄から布に包んだ箸を取り出した。
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