36 / 238
第3話 王子と舞姫
19、それぞれの選択
しおりを挟む
天幕を出たとたん、ユーディアの喉元に刃が突きつけられた。
目の鋭い男が座ったまま、剣を抜いていた。
ジプサムと常に行動を共にしている男だった。
ユーディアは咄嗟に踏みとどまった。
「早いな、しなかったのか?」
ユーディアはこの目の細い男に気が付かなければ、自ら刃に飛び込んでいくところだった。
冷たい汗が噴き出し、背中を濡らす。
「わたしの用は終わったわ」
「そこにいろ」
じろりと男はユーディアを上から下までねめつけ、立ち上がる。
切っ先はユーディアの喉元から離れない。
天幕を空け王子の様子を確認する。
「王子、女がでてきましたが、もういいのですか?」
「サニジン、解放しろ。いや、彼女の望むところまで送ってやれ」
「わたしはここを離れることはできません。このまま行かせます」
すぐさま切っ先が離れた。
九死に一生を得たような安堵感がある。
いくばくも行かないうちに、今度はブルースがユーディアを待ち構えていた。
塵除けマントを頭からかぶるブルースの姿をみかけたベルゼラの男たちはいたのだろうが、あまりに堂々としているので、脱獄したモルガン族だとは誰も思わない。
ユーディアを捕らえたのは刃ではなく、二本の強い腕。
引き寄せられその胸に抱きしめられた。
ブルースはユーディアの頭の先からつま先まで確認する。
眼に見えてほっとする。
「行くぞ」
早足に兵の天幕が張られた陣の間を抜ける。
ユーディアのふわりとしたパンツを見かけると、冷やかしに口笛が吹かれた。
だが一緒にいるマントの男がモルガン族だとは誰も気がつかなかった。
途中、野太い笑い声に甲高い笑い声が重なる。
宴はまだ盛り上がっていた。
「アイツと話はできたか?」
「できた」
「これで満足したか」
「満足したわ」
「報復はしなかったのか」
「報復よりも、モルガンのために、やるべきことがあることに気が付いたの」
「報復よりも?」
サラサの待つ幌馬車に着く。
ユーディアは衣装を脱ぎ、再び頭から水を被った。
サラサは口を押え、飛び出しそうになる悲鳴を押さえた。
「ユーディアさま!また、そんなことを!そのまま馬車に乗って、今夜中にここをでるつもりだったのに!」
水を浴びて、汗をかいたユーディアの全身がしゃきっとする。
サラサの押さえた悲鳴に、幌馬車の中から髪を切ってさっぱりしたカカとライード、トーラスの顔がのぞき、ユーディアがまた裸であるのを見て、幌馬車の内側のカーテンを慌てて閉じた。
ここまでユーディアに付き合って残ってくれた悪友たちは、去る準備ができていた。
だが、ユーディアの胸には定めたことがある。
「サラサ、頭を男髪にしてほしい。わたしは檻に戻ることにしたの。捕虜になり、ベルゼラに行き、ベルゼラ国の人々の考え方やベルゼラ国のルールを知ることにしたの!できればジプサムの近くにいたい。彼は王子だから王の会議にもでるといっていた。ベルゼラ国の中枢をみてみたい」
ブルースはそれを聞いて柄にもなく慌てた。
ユーディアはまるで悪ガキに戻ったかのように生き生きしている。
「ユーディア、捕虜として残ってもジプサムのちかくにいられるとは限らない。金持ちの奴隷に売られ、一生こき使われることもあり得るんだ」
ブルースはユーディアの翻意を促そうとした。
「それでもいい」
「俺はいいとは思えない」
ユーディアとブルースはぎりぎりとにらみ合った。
だが、先に目をそらしたのはブルース。
ユーディアと知り合って10年。
ユーディアの意志を曲げようとして、ブルースは一度も成功したことがなかった。
ほたほたと頭からしたたり落ちる水滴が、その膨らんだ胸の谷間を、へそを伝わって線を引きながら落ちていた。
そんなユーディアを直視し続けることはブルースにはできない。
これ以上見れば、時と場合をわきまえないブルースの欲望が目覚めはじめてしまうからだ。
全身に傷がないかは抜け目なく瞬時に確認はしたのだが。
背を向けたブルースの敗北だった。
サラサが二人の間に割り込んだ。
タオルでユーディアの髪を拭く。
ユーディアの悪友と許嫁の代わりに、サラサはため息とともに言った。
「わかりました。こうと決意されたユーディアさまの気持ちは誰にも変えることはできません。ゼオンさまもそれはそれは苦労されておりました。ならば、お好きになさるのがいいでしょう。ただし、期限付きです。ユーディアさまに与えられた期限は一年です。きっちり今日から一年後、わたしたちモルガンは、ユーディアさまがどこで何をされていても、その場から救出に参ります。それまで、捕虜でも奴隷でも、ユーディアさまのお好きになさい!」
「おい、待てサラサ。勝手にモルガンの総意のように決めるな」
ブルースの声に焦燥がにじむ。
「黙りなさい!わたしたちは生き残ったモルガン族の代表として世継ぎの君とその許嫁のあなたたちを救出しに来たのです。なので、今ここでするわたしの決断は、モルガンの代表も同然」
「おい待て、サラサの助けがなくても俺たちは逃れることができ……」
サラサはブルースを睨みつけ黙らせた。
手元も見なくても、ユーディアの髪は男髪に細かく編まれていく。
サラサがユーディアの髪の担当になってもう10年。
ユーディアは最近は頻繁にディアになっていたこともあり、男髪を結う回数は通常の男よりも三倍ほどは多い。
その指さばきは見事。
男髪を結う達人であるといえる。
目の鋭い男が座ったまま、剣を抜いていた。
ジプサムと常に行動を共にしている男だった。
ユーディアは咄嗟に踏みとどまった。
「早いな、しなかったのか?」
ユーディアはこの目の細い男に気が付かなければ、自ら刃に飛び込んでいくところだった。
冷たい汗が噴き出し、背中を濡らす。
「わたしの用は終わったわ」
「そこにいろ」
じろりと男はユーディアを上から下までねめつけ、立ち上がる。
切っ先はユーディアの喉元から離れない。
天幕を空け王子の様子を確認する。
「王子、女がでてきましたが、もういいのですか?」
「サニジン、解放しろ。いや、彼女の望むところまで送ってやれ」
「わたしはここを離れることはできません。このまま行かせます」
すぐさま切っ先が離れた。
九死に一生を得たような安堵感がある。
いくばくも行かないうちに、今度はブルースがユーディアを待ち構えていた。
塵除けマントを頭からかぶるブルースの姿をみかけたベルゼラの男たちはいたのだろうが、あまりに堂々としているので、脱獄したモルガン族だとは誰も思わない。
ユーディアを捕らえたのは刃ではなく、二本の強い腕。
引き寄せられその胸に抱きしめられた。
ブルースはユーディアの頭の先からつま先まで確認する。
眼に見えてほっとする。
「行くぞ」
早足に兵の天幕が張られた陣の間を抜ける。
ユーディアのふわりとしたパンツを見かけると、冷やかしに口笛が吹かれた。
だが一緒にいるマントの男がモルガン族だとは誰も気がつかなかった。
途中、野太い笑い声に甲高い笑い声が重なる。
宴はまだ盛り上がっていた。
「アイツと話はできたか?」
「できた」
「これで満足したか」
「満足したわ」
「報復はしなかったのか」
「報復よりも、モルガンのために、やるべきことがあることに気が付いたの」
「報復よりも?」
サラサの待つ幌馬車に着く。
ユーディアは衣装を脱ぎ、再び頭から水を被った。
サラサは口を押え、飛び出しそうになる悲鳴を押さえた。
「ユーディアさま!また、そんなことを!そのまま馬車に乗って、今夜中にここをでるつもりだったのに!」
水を浴びて、汗をかいたユーディアの全身がしゃきっとする。
サラサの押さえた悲鳴に、幌馬車の中から髪を切ってさっぱりしたカカとライード、トーラスの顔がのぞき、ユーディアがまた裸であるのを見て、幌馬車の内側のカーテンを慌てて閉じた。
ここまでユーディアに付き合って残ってくれた悪友たちは、去る準備ができていた。
だが、ユーディアの胸には定めたことがある。
「サラサ、頭を男髪にしてほしい。わたしは檻に戻ることにしたの。捕虜になり、ベルゼラに行き、ベルゼラ国の人々の考え方やベルゼラ国のルールを知ることにしたの!できればジプサムの近くにいたい。彼は王子だから王の会議にもでるといっていた。ベルゼラ国の中枢をみてみたい」
ブルースはそれを聞いて柄にもなく慌てた。
ユーディアはまるで悪ガキに戻ったかのように生き生きしている。
「ユーディア、捕虜として残ってもジプサムのちかくにいられるとは限らない。金持ちの奴隷に売られ、一生こき使われることもあり得るんだ」
ブルースはユーディアの翻意を促そうとした。
「それでもいい」
「俺はいいとは思えない」
ユーディアとブルースはぎりぎりとにらみ合った。
だが、先に目をそらしたのはブルース。
ユーディアと知り合って10年。
ユーディアの意志を曲げようとして、ブルースは一度も成功したことがなかった。
ほたほたと頭からしたたり落ちる水滴が、その膨らんだ胸の谷間を、へそを伝わって線を引きながら落ちていた。
そんなユーディアを直視し続けることはブルースにはできない。
これ以上見れば、時と場合をわきまえないブルースの欲望が目覚めはじめてしまうからだ。
全身に傷がないかは抜け目なく瞬時に確認はしたのだが。
背を向けたブルースの敗北だった。
サラサが二人の間に割り込んだ。
タオルでユーディアの髪を拭く。
ユーディアの悪友と許嫁の代わりに、サラサはため息とともに言った。
「わかりました。こうと決意されたユーディアさまの気持ちは誰にも変えることはできません。ゼオンさまもそれはそれは苦労されておりました。ならば、お好きになさるのがいいでしょう。ただし、期限付きです。ユーディアさまに与えられた期限は一年です。きっちり今日から一年後、わたしたちモルガンは、ユーディアさまがどこで何をされていても、その場から救出に参ります。それまで、捕虜でも奴隷でも、ユーディアさまのお好きになさい!」
「おい、待てサラサ。勝手にモルガンの総意のように決めるな」
ブルースの声に焦燥がにじむ。
「黙りなさい!わたしたちは生き残ったモルガン族の代表として世継ぎの君とその許嫁のあなたたちを救出しに来たのです。なので、今ここでするわたしの決断は、モルガンの代表も同然」
「おい待て、サラサの助けがなくても俺たちは逃れることができ……」
サラサはブルースを睨みつけ黙らせた。
手元も見なくても、ユーディアの髪は男髪に細かく編まれていく。
サラサがユーディアの髪の担当になってもう10年。
ユーディアは最近は頻繁にディアになっていたこともあり、男髪を結う回数は通常の男よりも三倍ほどは多い。
その指さばきは見事。
男髪を結う達人であるといえる。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる