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第3話 王子と舞姫
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天幕を出たとたん、ユーディアの喉元に刃が突きつけられた。
目の鋭い男が座ったまま、剣を抜いていた。
ジプサムと常に行動を共にしている男だった。
ユーディアは咄嗟に踏みとどまった。
「早いな、しなかったのか?」
ユーディアはこの目の細い男に気が付かなければ、自ら刃に飛び込んでいくところだった。
冷たい汗が噴き出し、背中を濡らす。
「わたしの用は終わったわ」
「そこにいろ」
じろりと男はユーディアを上から下までねめつけ、立ち上がる。
切っ先はユーディアの喉元から離れない。
天幕を空け王子の様子を確認する。
「王子、女がでてきましたが、もういいのですか?」
「サニジン、解放しろ。いや、彼女の望むところまで送ってやれ」
「わたしはここを離れることはできません。このまま行かせます」
すぐさま切っ先が離れた。
九死に一生を得たような安堵感がある。
いくばくも行かないうちに、今度はブルースがユーディアを待ち構えていた。
塵除けマントを頭からかぶるブルースの姿をみかけたベルゼラの男たちはいたのだろうが、あまりに堂々としているので、脱獄したモルガン族だとは誰も思わない。
ユーディアを捕らえたのは刃ではなく、二本の強い腕。
引き寄せられその胸に抱きしめられた。
ブルースはユーディアの頭の先からつま先まで確認する。
眼に見えてほっとする。
「行くぞ」
早足に兵の天幕が張られた陣の間を抜ける。
ユーディアのふわりとしたパンツを見かけると、冷やかしに口笛が吹かれた。
だが一緒にいるマントの男がモルガン族だとは誰も気がつかなかった。
途中、野太い笑い声に甲高い笑い声が重なる。
宴はまだ盛り上がっていた。
「アイツと話はできたか?」
「できた」
「これで満足したか」
「満足したわ」
「報復はしなかったのか」
「報復よりも、モルガンのために、やるべきことがあることに気が付いたの」
「報復よりも?」
サラサの待つ幌馬車に着く。
ユーディアは衣装を脱ぎ、再び頭から水を被った。
サラサは口を押え、飛び出しそうになる悲鳴を押さえた。
「ユーディアさま!また、そんなことを!そのまま馬車に乗って、今夜中にここをでるつもりだったのに!」
水を浴びて、汗をかいたユーディアの全身がしゃきっとする。
サラサの押さえた悲鳴に、幌馬車の中から髪を切ってさっぱりしたカカとライード、トーラスの顔がのぞき、ユーディアがまた裸であるのを見て、幌馬車の内側のカーテンを慌てて閉じた。
ここまでユーディアに付き合って残ってくれた悪友たちは、去る準備ができていた。
だが、ユーディアの胸には定めたことがある。
「サラサ、頭を男髪にしてほしい。わたしは檻に戻ることにしたの。捕虜になり、ベルゼラに行き、ベルゼラ国の人々の考え方やベルゼラ国のルールを知ることにしたの!できればジプサムの近くにいたい。彼は王子だから王の会議にもでるといっていた。ベルゼラ国の中枢をみてみたい」
ブルースはそれを聞いて柄にもなく慌てた。
ユーディアはまるで悪ガキに戻ったかのように生き生きしている。
「ユーディア、捕虜として残ってもジプサムのちかくにいられるとは限らない。金持ちの奴隷に売られ、一生こき使われることもあり得るんだ」
ブルースはユーディアの翻意を促そうとした。
「それでもいい」
「俺はいいとは思えない」
ユーディアとブルースはぎりぎりとにらみ合った。
だが、先に目をそらしたのはブルース。
ユーディアと知り合って10年。
ユーディアの意志を曲げようとして、ブルースは一度も成功したことがなかった。
ほたほたと頭からしたたり落ちる水滴が、その膨らんだ胸の谷間を、へそを伝わって線を引きながら落ちていた。
そんなユーディアを直視し続けることはブルースにはできない。
これ以上見れば、時と場合をわきまえないブルースの欲望が目覚めはじめてしまうからだ。
全身に傷がないかは抜け目なく瞬時に確認はしたのだが。
背を向けたブルースの敗北だった。
サラサが二人の間に割り込んだ。
タオルでユーディアの髪を拭く。
ユーディアの悪友と許嫁の代わりに、サラサはため息とともに言った。
「わかりました。こうと決意されたユーディアさまの気持ちは誰にも変えることはできません。ゼオンさまもそれはそれは苦労されておりました。ならば、お好きになさるのがいいでしょう。ただし、期限付きです。ユーディアさまに与えられた期限は一年です。きっちり今日から一年後、わたしたちモルガンは、ユーディアさまがどこで何をされていても、その場から救出に参ります。それまで、捕虜でも奴隷でも、ユーディアさまのお好きになさい!」
「おい、待てサラサ。勝手にモルガンの総意のように決めるな」
ブルースの声に焦燥がにじむ。
「黙りなさい!わたしたちは生き残ったモルガン族の代表として世継ぎの君とその許嫁のあなたたちを救出しに来たのです。なので、今ここでするわたしの決断は、モルガンの代表も同然」
「おい待て、サラサの助けがなくても俺たちは逃れることができ……」
サラサはブルースを睨みつけ黙らせた。
手元も見なくても、ユーディアの髪は男髪に細かく編まれていく。
サラサがユーディアの髪の担当になってもう10年。
ユーディアは最近は頻繁にディアになっていたこともあり、男髪を結う回数は通常の男よりも三倍ほどは多い。
その指さばきは見事。
男髪を結う達人であるといえる。
目の鋭い男が座ったまま、剣を抜いていた。
ジプサムと常に行動を共にしている男だった。
ユーディアは咄嗟に踏みとどまった。
「早いな、しなかったのか?」
ユーディアはこの目の細い男に気が付かなければ、自ら刃に飛び込んでいくところだった。
冷たい汗が噴き出し、背中を濡らす。
「わたしの用は終わったわ」
「そこにいろ」
じろりと男はユーディアを上から下までねめつけ、立ち上がる。
切っ先はユーディアの喉元から離れない。
天幕を空け王子の様子を確認する。
「王子、女がでてきましたが、もういいのですか?」
「サニジン、解放しろ。いや、彼女の望むところまで送ってやれ」
「わたしはここを離れることはできません。このまま行かせます」
すぐさま切っ先が離れた。
九死に一生を得たような安堵感がある。
いくばくも行かないうちに、今度はブルースがユーディアを待ち構えていた。
塵除けマントを頭からかぶるブルースの姿をみかけたベルゼラの男たちはいたのだろうが、あまりに堂々としているので、脱獄したモルガン族だとは誰も思わない。
ユーディアを捕らえたのは刃ではなく、二本の強い腕。
引き寄せられその胸に抱きしめられた。
ブルースはユーディアの頭の先からつま先まで確認する。
眼に見えてほっとする。
「行くぞ」
早足に兵の天幕が張られた陣の間を抜ける。
ユーディアのふわりとしたパンツを見かけると、冷やかしに口笛が吹かれた。
だが一緒にいるマントの男がモルガン族だとは誰も気がつかなかった。
途中、野太い笑い声に甲高い笑い声が重なる。
宴はまだ盛り上がっていた。
「アイツと話はできたか?」
「できた」
「これで満足したか」
「満足したわ」
「報復はしなかったのか」
「報復よりも、モルガンのために、やるべきことがあることに気が付いたの」
「報復よりも?」
サラサの待つ幌馬車に着く。
ユーディアは衣装を脱ぎ、再び頭から水を被った。
サラサは口を押え、飛び出しそうになる悲鳴を押さえた。
「ユーディアさま!また、そんなことを!そのまま馬車に乗って、今夜中にここをでるつもりだったのに!」
水を浴びて、汗をかいたユーディアの全身がしゃきっとする。
サラサの押さえた悲鳴に、幌馬車の中から髪を切ってさっぱりしたカカとライード、トーラスの顔がのぞき、ユーディアがまた裸であるのを見て、幌馬車の内側のカーテンを慌てて閉じた。
ここまでユーディアに付き合って残ってくれた悪友たちは、去る準備ができていた。
だが、ユーディアの胸には定めたことがある。
「サラサ、頭を男髪にしてほしい。わたしは檻に戻ることにしたの。捕虜になり、ベルゼラに行き、ベルゼラ国の人々の考え方やベルゼラ国のルールを知ることにしたの!できればジプサムの近くにいたい。彼は王子だから王の会議にもでるといっていた。ベルゼラ国の中枢をみてみたい」
ブルースはそれを聞いて柄にもなく慌てた。
ユーディアはまるで悪ガキに戻ったかのように生き生きしている。
「ユーディア、捕虜として残ってもジプサムのちかくにいられるとは限らない。金持ちの奴隷に売られ、一生こき使われることもあり得るんだ」
ブルースはユーディアの翻意を促そうとした。
「それでもいい」
「俺はいいとは思えない」
ユーディアとブルースはぎりぎりとにらみ合った。
だが、先に目をそらしたのはブルース。
ユーディアと知り合って10年。
ユーディアの意志を曲げようとして、ブルースは一度も成功したことがなかった。
ほたほたと頭からしたたり落ちる水滴が、その膨らんだ胸の谷間を、へそを伝わって線を引きながら落ちていた。
そんなユーディアを直視し続けることはブルースにはできない。
これ以上見れば、時と場合をわきまえないブルースの欲望が目覚めはじめてしまうからだ。
全身に傷がないかは抜け目なく瞬時に確認はしたのだが。
背を向けたブルースの敗北だった。
サラサが二人の間に割り込んだ。
タオルでユーディアの髪を拭く。
ユーディアの悪友と許嫁の代わりに、サラサはため息とともに言った。
「わかりました。こうと決意されたユーディアさまの気持ちは誰にも変えることはできません。ゼオンさまもそれはそれは苦労されておりました。ならば、お好きになさるのがいいでしょう。ただし、期限付きです。ユーディアさまに与えられた期限は一年です。きっちり今日から一年後、わたしたちモルガンは、ユーディアさまがどこで何をされていても、その場から救出に参ります。それまで、捕虜でも奴隷でも、ユーディアさまのお好きになさい!」
「おい、待てサラサ。勝手にモルガンの総意のように決めるな」
ブルースの声に焦燥がにじむ。
「黙りなさい!わたしたちは生き残ったモルガン族の代表として世継ぎの君とその許嫁のあなたたちを救出しに来たのです。なので、今ここでするわたしの決断は、モルガンの代表も同然」
「おい待て、サラサの助けがなくても俺たちは逃れることができ……」
サラサはブルースを睨みつけ黙らせた。
手元も見なくても、ユーディアの髪は男髪に細かく編まれていく。
サラサがユーディアの髪の担当になってもう10年。
ユーディアは最近は頻繁にディアになっていたこともあり、男髪を結う回数は通常の男よりも三倍ほどは多い。
その指さばきは見事。
男髪を結う達人であるといえる。
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