舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 王子と舞姫

17、罠

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 シルクのショールの下には薄物。
 かがり火にあぶられ、しなやかな身体のラインが透かして見えた。
 ショールが浮き上がるたびに、青みを帯びた美しい目が宝石のように煌めいた。
 わずかに解けた波打つ艶やかな黒髪が、わたしを捕まえられるのならば捕まえてごらんと見るものを挑発する。
 しかし、対になる男の踊りで娘の情熱に応えられるものはベルゼラには誰もいない。ジプサムの身体が娘に応えようとうずくが、ジプサムは男踊りを踊れるわけではなかった。

 舞姫はショールを手に、すべての視線を引き寄せ鮮やかに舞い踊る。

 ジプサムは、娘から目が離せない。
 彼女の息使いがすぐ近くに聞こえた。
 この曲、この踊り、この身体を何度もみたことがある。
 だが、同じものであるはずはない。

 なぜなら。
 こんなに切りつけて戦うような踊りではなかった!
 こんなに誘うような踊りでもなかった!

 ここにいるものは、この娘の舞の意味がわからないだろう。
 この場で踊る彼女の踊りの、普段の彼女との踊りの違いなどわからないだろう。
 彼女のことをわかっているのは、何度も草原の民に世話になった自分だけ。
 彼女は糸を張った。
 モルガンの曲、新年の舞でジプサムを引き寄せた。
 彼女がその網にとらえようと狙う獲物は、ただ一人、ジプサム。
 ジプサムを罠に絡めとるためだけに、舞姫は踊っていた。


 モルガンに行くたびに、彼女と会いたいと切望した。
 彼女が西の部族か東の部族かも知らなかった。
 ゼプシーと共に行動しているのなら、今まで祭りでしか会えないことが腑に落ちた。
 彼女の心はモルガンに属しているのもわかっている。
 今まさに、勝利の美酒に酔うベルゼラの兵の陣地のど真ん中で、その美しい肢体を晒して踊る理由は、ただひとつ、報復のためなのではないか。

 ジプサムは息をするのも忘れ見つめ続けた。
 そうして、はかない夢の如くに娘が舞い終わる。

 余韻を味わう者たちの静寂の間の後。
 色とりどりの衣装の娘たちが、待ってましたとばかりに嬌声をあげながら雪崩れ込んだ。
 すると、新年の踊りがそうであったのと同様に、戦勝の祝いの宴も底抜けに鮮やかで陽気な舞台に早変わり。

 舞姫は一人静かにその輪を歩み出で、ジプサムへと近づいた。

 ジプサムの前で顔にかかる朱の薄物を肩に滑らせた。
 想像した通りの顔立ちの、会えない数年の間に想像以上に美しく成長した娘が、頬を上気させていた。
 激しく踊ったためにうっすらと汗で肌がうるおい、酸素を求めて胸が動いていた。
 真っすぐにジプサムを見つめ、ジプサムの心を貫いた。

「……こんばんは、ベルゼラからの預かり子」
「……ディア」

 娘がジプサムに手を差し出したのなら、たとえサニジンが警戒し引き留めたとしても、その手を取らずにはいられない。

 ジプサムは舞台の中央に引き込まれた。
 ゼプシーの派手な女たちも、舞台から眺めわたし、秋波を送った。
 女は視線に応えた男の手を取った。
 男は選ばれなかった男たちに囃し立てられ、頭をかきながら舞台にでた。
 男たちもまんざらでもないのだ。
 陽気な曲に合わせ、彼らは適当に、陽気に踊りだした。

 ディアは少し踊ると踊りの輪の外へとジプサムを誘う。
「……あなたの天幕へ連れていって?」

 彼女が望むのならば。
 ジプサムにあらがえるはずがなかった。
 ジプサムはディアの手を離さない。
 ふたりで抜け出し宴の喧騒を後にすると、そこは別世界のように静かだった。


 ジプサムは己の天幕に舞姫を引き込んだ。
 身体が熱い。
 喉が渇いた。
 愛しい娘に自分の不甲斐なさを謝らなければならなかった。
 彼女の許しを請わなければならなかった。
 そして己の中に湧き出してくる愛を囁き、その唇を奪うことしか考えられない、彼女を求める渇望。
 そして、彼女が怒りに任せて報復したいというのならば、それでもいいとさえ思うのだ。



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