舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 王子と舞姫

15-2、隠蔽

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 ユーディアの命乞いを聞き入れ捕虜たちを解放したのは、ジプサムの父王に対する反発、行き場のないやるせなさの、ジプサムにできる最大限の抵抗だった。
 だが、せっかくチャンスを与えたのに、肝心の友人がまだここにいる。

 彼らが奴隷になりまだ若いその身をぞうきんのようにぼろぼろになる未来は、ジプサムの望むところではない。
 ブルースも切れ上がった目つきが爽やかで端麗な容姿であるが、特にユーディアは先ほど兵たちの話題になるぐらい、華奢できれいな男である。
 想像もしたくないが、きれいな若い男は、女と同様に、それなりに、確かな需要はあるのだ。
 そのことを、ユーディアはわかっていない。
 いつも兄のように一緒にいるブルースも、本当のところをわかっていない。
 知っていれば、与えたチャンスを自ら棒にふるというはずがないと思うのだ。


 ジプサムは外れの檻の馬車の前に着く。
 初めから王軍は人を家畜のように運ぶ運搬手段を用意している。
 胸糞悪い以外の何物でもない。
 来るまでに心は決まっていた。
 このまま逃がしてやるつもりだった。
 そして、これが今生の別れとなる。


 馬車の足踏み台の前の地面には、腹を出して大きなイビキをかきながら気持ちよく眠る、二人の番人らしきものが転がっていた。
 馬車の帆布はかすかに開いている。
 鉄柵を引くときしみながら開いた。
 中はもぬけの殻である。
 南京錠が足元に転がっている。
 ジプサムは呆気にとられた。

「……既に、逃亡していますね」
 サニジンはジプサムの肩越しに覗き込み、主人の代わりにいう。
「……そのようだな。このゼプシーたちの現れるタイミングも良かった。彼らが手引きをしたのかもしれないな」
 ジプサムは喜ぶべきか、自分が助ける手助けをできなかったことを悔しがるべきか、咄嗟に迷ってしまう。
 すぐにでも番人を叩き起こし事情をきくべきなのだが。

「探しますか?」
「いや、もういい。やめておこう。どうせ、害のない者たちだ。兵たちは宴の最中だ。騒ぎ立てて中断するのは彼らに申し訳ないからな」

 ジプサムは、開け放たれた檻の扉を閉めた。
 南京錠を拾い上げ、扉の近くに置く。
 前後不覚に眠っている男二人を足踏み台にもたせかけるようにして座らせる。
 熟睡する二人は目覚める様子もなかった。
 何か盛られたのかもしれなかった。
 最後に、器を足の間に置く。
 これで、二人の様子は近くにきて、話しかけるまでわからないはずであった。
 

「行くぞ。もうここには用がない」
 急に、ユーディアたちがいないこの場にいることが、無味乾燥で意味がないことのように思えた。
 宴の賑わいなど頭痛を起しそうな、耳障りな騒音にしか思えない。
 ジプサムは頭を振った。
 モルガン族の全員は救えなかったが、大事な友人は生き延びた。
 それだけは良かったのではないか。


 そして父王レグランは若くて強い。
 ベルゼラ国内外でも信奉者は多い。
 その強さを近隣に轟かしている。
 モルガン粛清も、レグランの無慈悲な強さをしらしめる逸話になるだろう。
 レグラン王の御代はこれから20年も30年も続いていくだろう。
 代替わりする時は、ジプサムは50を過ぎているかもしれない。
 だがそもそも、父が後継者にふさわしいとは思っていない自分は、王座に座ることはないだろう。
 自分に王になる意欲も才覚もないのだから。
 だからといって、母がただのジプサムとして平凡に生きることを許さないだろう。

 満天の夜空を見上げても心は浮き立たない。
 ひとつひとつ指さしながら、ジプサムに夜通し星の話をしてくれたユーディアは、どこかに行ってしまった。
 追い立てたのはこともあろうに自分なのだ。
 子供時代が本当に終わってしまったことを知る。

 母が自分の王位継承が絶望的であることを理解するのを待ちながら、重い脚を引きずり、ひとりで歩んでいくしかないのだ。



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