舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 王子と舞姫

15、隠蔽

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 ユーディアは髪をすべてほどいた。 
 「水を!頭を洗う!」

 ユーディアは見回し、軍の飲料水用の大きな樽を見つけると、桶で水をすくい一気に頭から被る。
 頭だけではなく、服も、下着も、さらに靴の中までひたひたになっても構わない。

「ああ、そんな頭の洗い方、駄目です!」

 この期に及んで、サラサは年頃の女子である。
 幌馬車に飛び込むと石鹸を借りてきた。

「もう、ユーディアさまは言い出したらやめませんし、アイツとお会いできるように、成功率をあげてあげます!ただ、別れの挨拶をするにしろ、報復するにしろ、恨み言をいうにしろ、何にしろ、その、汗臭いというか、動物臭を落とさなくては!それも全身です!誰も近づいてきてくれませんよ。あの檻は、いっときますけど人間用ではなかったですよ?獣用……そう、きっとトラ用です!」

 そして、なすすべなく立ちつくす四人の男をギロリと見る。
 サラサはユーディアに向かう以上に容赦がない。

「あんたたちはさらに臭い!先に帰るか、残るなら体をしっかり洗って着替えてください。ゼプシーの服を借りるといいでしょう。加えていうなら、あんたたちも頭をカットすれば、逃走成功率が上がりますから!」
「俺の髪を切るつもりか!」
 カカが抗議の声を上げた。
 自慢の髪を切らなくて済んで安堵していたところだったのだ。
 サラサがいつも持ち歩いているナイフがカカの手の中に押し付けられる。

「髪がモルガンの男の誇りなんて、笑わせます!切ってもどうせ伸びますから!体を洗うにしろ、髪を切るにしろ、ベルゼラ兵は宴と女に夢中ですから、気づかれないうちにしてしまいましょう!」
「そういえば、捕らえられながらもジプサムに唾をはきかけたのは、女だったな」

 カカはライードと顔を見合わせた。
 ナイフの使い心地を試すようにぺんぺんと手のひらで叩き、ライードの頭を見る。

「そうだな、いざとなったら女は強い。……って、おれの髪を切るつもりなのか。トーラスからいけよ」
「……遠慮する」
「俺は、やっぱりやめとく」
 ライードは強引にトーラスと身体の位置を変えようとした。
 カカの長い腕がライードの肩を押さえた。
「ライード、座れよ。誇りは食えない。生きるために切る!西の男たちと同様だ。それに、互いに切りあったほうが上手にカットできるだろ?きっと」

 彼らは視線をユーディアに向けた。
 ユーディアはサラサに促されるまますべての服を脱いでいた。
 彼らに背中を向けていたが、腕をあげて胸の晒を解いた時に体が少し斜めになる。
 主張しすぎない鼻先に潔い頬のライン。すっと伸びた首に、しなやかな腕。
 その下は、柔らかな曲線を描きその先につんととがった乳首。
 そこからウエストにかけて引き締まる。その下は……。

 8つの頃は、彼らが持っているものを持ってなかったが、いまは彼らにはないものをその胸に備えている。
 豊かではないが、紛れもなく女性の体である。
 食い入るように尚も視線を下げて見ようとする自分に気が付き、慌てて四人の男たちは、髪を洗い体を清めるユーディアから目をそらしたのだった。





 ジプサムは宴の間を縫うように歩く。
 そのすぐ後ろには、影のようなサニジンが従う。

 サニジンは15の時に母が付けた目付兼護衛である。
 サニジンと母の間の繋がりはあるだろうが、それが気にならないほど、サニジンは自分の側近の役目に徹している。
 赤いマントを脱ぎ、鎖帷子も脱いだ代わり映えのしない格好のジプサムに、酒が入って真っ赤な顔の兵士たちは気がつかない。

「王子は甘いな!せっかく捕らえた蛮族を解放するなんて、噂通り甘い坊っちゃんで馬鹿者だ」
 そんな兵たちの会話があちこちで聞こえる。
「だが、モルガンが汚ない山猿のようなヤツらばかりだって誰がいった?あの残った若い捕虜の男たちを見たか?中にはきれいな顔立ちをしているヤツもいた!そうだ、今から見に行こうぜ!」
「いや、こっちの方が楽しいから、明日にしろよ!」
「今みたいんだ」
「そんなに気になるきれいな顔なんだったら、お前、捕虜の払い受けでもするか?」

 捕虜の払い受けとは、戦争などで捕らえられた捕虜を買い入れる制度である。
 捕虜にしたものに特別の価値がない限り、通例的に誰もが参加できる公開競売になる。
 つまり、競売で落札した捕虜は、誰もが自分の奴隷にできるのである。

 戦争には表と裏がある。
 せっかくとらえた捕虜たちの髪を切り自尊心を損なわせたぐらいで解放したジプサム王子は、道理を知らないお坊ちゃんなのである。

「……黙らせましょうか?」
 サニジンが静かにいう。
「いわせておけ。本音が聞ける場はそうないから」

 ジプサムは戦争捕虜を売買し人を奴隷に貶めることに納得がいかない。
 ここまでは父王の意図した通り、恩を感じ友人もいるそのモルガン族を粛清する司令官になり、悲惨な現場に立ち会うことになった。
 自分の無力さに打ちひしがれもした。



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