舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 王子と舞姫

14-2、脱出

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「……ユーディア、お前は忘れているようだが女だぞ?女の扱いはひどいとジプサムもいっていただろう。迷うようなら、やめておく方がいいんじゃないか」
「そんなこと、わかっている」
 膝の間にユーディアは顔をうずめた。

 男たちは薄暗がりの中で顔を見合わせる。
 絶対にわかっていない。やはり、何も起こっていない内に、ユーディアを連れてここを抜け出そうか?
 友人たちは思ったのだった。


 捕虜の馬車のすぐ外には見張りが二人、足踏み台に腰を下ろしていた。
 賑やかな宴が始まっているのがうらやましくてたまらない。
 そんな二人の前を、ゼプシーの女が酒と料理を手にしてすぐ近くを歩いていく。
 辺りをうかがい、手持無沙汰そうである。二人は声をかけて必死で手招きをした。
 呼ばれて娘ははっと顔を向けると、嬉しそうに見張りの二人の傍に近づいた。

「こんなところでお二人は何をされているのですか?」
「捕虜の見張りだよ。まったく貧乏くじをひいてしまった。寝ずの番なんだぜ?」
「それは、ご苦労さまです。せっかくなので差し入れの馬乳酒でもいかがですか?」
「酒は勤務中に飲んだら懲戒処分だ」
 娘は真っ赤な口元の口角を引き上げて笑う。
 ここだけの話ですがと声をひそめた。
「馬乳酒はそんな強いお酒ではないですから、飲みすぎなければわかりませんよ。あちらではみんなすっかり盛り上がって出来上がっているのに、お仕事している人は楽しめないなんて不公平ではないですか。それに草原の馬乳酒は酔うためのものというよりもむしろ、健康飲料なんですよ」

 娘は見張りが持っていた器に、革袋に入った馬乳酒をなみなみとそそぐ。
 はじめは渋った見張りも、少しだけと誘惑に負けて口を付けた。

「これがゼプシーの健康飲料か!美味いな!」
 そういいつつ、ふたくち、みくちと進んでいく。
「もう一杯いかが?」
「いや、もう十分だ。体がほかほかしてきたよ。ありがとう」
「そういわずに、もう少しだけどうぞ」
「じゃあ、そうするか?もう少しだけなら………」
「中には一体どんな極悪人が?」
「それがな、今回の粛清で捕まえた蛮族の……」

 その内に、ユーディアたちの閉じ込められていた馬車の外は静かになったのである。





「……ユーディアさま」
 ユーディアははっと顔を上げた。
 出入り口の帆布が開いていた。
 ランプの灯りが檻の向こう側から寝ていたユーディアたちを眩しく照らす。
 がちゃがちゃと鍵を開ける音。
 ブルースやカカ、ナイードが体を起こした。
 檻を開けたのはど派手に化粧をした娘。
 よく見ればジプシーに扮して、胸の開いたドレスをたたサラサであった。

「みなさん、ここから出ますよ」
「なんで、サラサが。なんて危険なことを」
「状況は、西から逃れてきた人から聞きました。シャビも兄嫁さんも元気です。子供は、わたしが出るときにはまだどうなるかわからない状態でした。西は今朝の我らの早馬の連絡を受けて、半分に意見が割れたそうです。残ったのは強硬派の50人の男たちと、その妻たち。それ以外は先に逃れて別の宿営地に向かいました。結局、亡くなったのは30名の男」

 サラサは口早に亡くなった30人の名前を告げた。

「……ユーディアのお姉さまは脱出組です」
「そう」
 ずっと心配だった。安否がわかって安堵する。
 サラサはユーディアの手を引いた。

「さあ、もうここんなところに残ってることもありません。わたしたちは助けにきたのですから。ジダンもお母さまもみんな待っています。行きましょう」

 ユーディアは促されるまま檻をでた。
 ブルースたちも続く。
 彼らの檻の守人は馬乳酒の器を地面に取り落とし、ステップから転がり落ちた状態で、だらしなく大口を開けて眠りこけていた。

「酒に気持ちよく眠れる薬草を仕込ませてもらいました」
 サラサは自分が羽織っていた薄布をユーディア被せた。
「幌馬車はすぐそこです。馬も用意させています。たまたま、近くに来ていたゼプシーが、ベルゼラの暴挙を憤り、モルガンに力を貸してくれました。彼らも草原の民でもありますから」

 サラサの準備は完璧だった。
 ユーディアは繰り広げられている宴会を見た。
 ベルゼラ兵は、丸く囲んだ円座の中央で、肌を露出して踊りを披露する娘たちに目を奪われて、影に紛れて音もなく渡るモルガンの捕虜たちに気がつかない。

 誰一人呼び止められることなく、幌馬車にたどり着いた。
 ゼプシーの男が彼らを待っていて、すぐにでも出られるようにしてくれていた。

「さあ、これで憎いベルゼラともおさらばです!モルガンは、ベルゼラ国人の手が届かないところへ今のうちに移動します。直接の発端の事件も知りました。多少苛酷な環境になろうとも、彼らに蛮族と呼ばれ、いいように命を弄ばれるのは、金輪際ごめんですから」



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