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第3話 王子と舞姫
14、脱出
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勝利に湧くベルゼラの陣は明日凱旋帰国する。
既に一部の兵は帰し、直接戦争に関わった一部が残っている。
今夜は、沢山のかがり火が真昼のように明るくベルベラ王軍の陣地を照らし、小さな戦勝祝いの宴があちこちで行われていた。
遊牧の民ゼプシーたちもどこから聞きつけたのか、祝いに駆け付けていた。
賑やかな楽器の演奏と共に、大きな幌馬車を数台連ねて、ベルゼラの陣を訪れた。
「ベルゼラの勝利を祝いにきました!!」
幌馬車から陽気な顔と手を伸ばしてタンバリンを豪快に叩いた。
どの顔も、ど派手な化粧をしている。
「わたしたちと踊りましょう!それから後は、お疲れを癒して差し上げます」
はじめは渋ったベルゼラ兵も、賑やかな音楽に誘われて人だかりができた。
制止されるのにも構わず、幌馬車から鮮やかな衣装を着た娘たちがふんわりしたスカートをたくし上げ、見事な脚をみせて次々と飛び降りた。
笑い声とともに、彼女たちは雪崩のように陣地になだれ込み広がった。
モルガン粛清の先陣を切ったのはベッカムの軍。
隻眼のベッカムが騒ぎに気が付き顔をしかめ追い払おうとしたときには、既に娘たちは囃し立てる兵たちの手拍子で陽気に踊っている。
ベッカムに気が付いた娘がすかさず笑顔で抱きつき、酒を勧めて、座らせた。
いい香りのする可愛い娘に自慢の顎髭を撫でられて、戦場の血なまぐさい現場との変わりように、他の兵士たちと同様にベッカム将軍も思わず顔がほころんでしまう。
派手な衣装のゼプシーの娘たちは、金さえ払えば夜の相手にもなってくれるのだ。
その騒ぎはジプサムの天幕にも伝わってきていた。
どんちゃん騒ぎはなし崩し的に陣地中で行われていた。
ジプサムの選り抜いた護衛たちも、賑やかな気配に首を伸ばしつつ、王子の天幕の入り口を守る任務を遂行している。
「なんの騒ぎだ?」
ジプサムは天幕のすぐ外に控えるサニジンに訊く。
「遊牧民がお祝いに押し掛けてきたようです。追い払いましょうか?」
「いや、いい。今日は無礼講でいいだろう。……彼らはどうしている?」
ジプサムは捕虜として残った友人のことを訊く。
「見張りをつけておりますのでご心配なく」
「食事は?」
「同じものを食べさせております」
「そうか……」
ジプサムは、それを聞いても安心できない。
捕虜という弱い立場を利用して、酒に酔った者たちがユーディアたちをいたぶることも考えられた。
そうなると多勢に無勢。
彼ら一人ひとりが強いと言えどもかなわない。
東のモルガン族が粛清された現場と同じことが起こるだろう。
ユーディアたちは立場が違ってもジプサムにとっては大事な友人であることに変わりはない。
「どこへ行かれるのです?」
「宴の様子を見に行く」
ジプサムはそういいつつも、あちこちで始まる賑やかな宴を縫うようにしてぶらりと歩く。
外れのモルガンの友人を閉じ込めている所へ様子を見に行くことにしたのだった。
※
遠くでタンバリンの音と笑い声。
戦勝の宴が始まっている。
ユーディアたち4人は馬車を利用した檻の中に移動していた。
四方を鉄柵に覆われ、その向こう側には丈夫な帆布がかぶせられている。
4人だけの檻は全員が寝ころがっても十分な広さがあった。
食事は祝いに振る舞われていたものなのか、非常食ではなく、肉を焼いた豪勢なものが届けられていた。
この肉は、西の部族の羊かもしれなかったが、気にしていられない。
体力を維持するために、ユーディアたちは食べた。
灯りはない。
馬車の外に松明が煌々とたかれ、その火影が帆布から透かして見えた。
灯りとしては、おぼつかない。
「……昔もあったね。こんな風に閉じ込められて一晩中、皆一緒だった」
ユーディアはいう。
「閉じ込められたのは、ユーディアだけだったよ。俺は馬から振り落とされて骨折した時で」
そういいながらカカはいまだに腕が痛むかのようにさすった。
「ゼオンさまはいつもユーディアにだけは厳しかった。俺も罰を受けるべきだと直訴したんだが、聞き入れられず、結局自主的に罰を受けることにしたんだ」
「あの時、一緒に夜空をみながら寝たのは、俺、ブルース、シャビ、トーラス……」
ライードがあげていく。
あの時はジプサムも一緒だったと、ユーディアはいおうとして思いとどまった。
「僕に付き合わなくてもいいんだ、こんな檻、簡単に出られるだろう?今は一緒にいられても、いずれバラバラにされるかもしれないし。ベルゼラ兵は宴で油断していそうだ」
捕虜の扱いはユーディアにはわからない。
残って、どうするのかというのもまだはっきりとしている訳ではない。
「ユーディアは、本当は迷っているのか?」
ブルースは言う。
ユーディアはブルースを見る。
「そうかも。あまりに、いろんなことが起こりすぎて、考えがまとまらない。結局、西の誰が亡くなったのか。あのジプサムは、まるでジプサムでないようだった。傲慢で、僕たちを馬鹿にしていた。だけどそれも僕たちを逃がすための演技だったようにも思える。今朝も、逃げるように警告しにきてくれた。彼は、僕たちの味方のような気がする。僕は、草原で逃げ回るだけではモルガンは生き残れないような気がするから、僕は残ることにしたんだけど。それが最善の方法なのか、わからない」
既に一部の兵は帰し、直接戦争に関わった一部が残っている。
今夜は、沢山のかがり火が真昼のように明るくベルベラ王軍の陣地を照らし、小さな戦勝祝いの宴があちこちで行われていた。
遊牧の民ゼプシーたちもどこから聞きつけたのか、祝いに駆け付けていた。
賑やかな楽器の演奏と共に、大きな幌馬車を数台連ねて、ベルゼラの陣を訪れた。
「ベルゼラの勝利を祝いにきました!!」
幌馬車から陽気な顔と手を伸ばしてタンバリンを豪快に叩いた。
どの顔も、ど派手な化粧をしている。
「わたしたちと踊りましょう!それから後は、お疲れを癒して差し上げます」
はじめは渋ったベルゼラ兵も、賑やかな音楽に誘われて人だかりができた。
制止されるのにも構わず、幌馬車から鮮やかな衣装を着た娘たちがふんわりしたスカートをたくし上げ、見事な脚をみせて次々と飛び降りた。
笑い声とともに、彼女たちは雪崩のように陣地になだれ込み広がった。
モルガン粛清の先陣を切ったのはベッカムの軍。
隻眼のベッカムが騒ぎに気が付き顔をしかめ追い払おうとしたときには、既に娘たちは囃し立てる兵たちの手拍子で陽気に踊っている。
ベッカムに気が付いた娘がすかさず笑顔で抱きつき、酒を勧めて、座らせた。
いい香りのする可愛い娘に自慢の顎髭を撫でられて、戦場の血なまぐさい現場との変わりように、他の兵士たちと同様にベッカム将軍も思わず顔がほころんでしまう。
派手な衣装のゼプシーの娘たちは、金さえ払えば夜の相手にもなってくれるのだ。
その騒ぎはジプサムの天幕にも伝わってきていた。
どんちゃん騒ぎはなし崩し的に陣地中で行われていた。
ジプサムの選り抜いた護衛たちも、賑やかな気配に首を伸ばしつつ、王子の天幕の入り口を守る任務を遂行している。
「なんの騒ぎだ?」
ジプサムは天幕のすぐ外に控えるサニジンに訊く。
「遊牧民がお祝いに押し掛けてきたようです。追い払いましょうか?」
「いや、いい。今日は無礼講でいいだろう。……彼らはどうしている?」
ジプサムは捕虜として残った友人のことを訊く。
「見張りをつけておりますのでご心配なく」
「食事は?」
「同じものを食べさせております」
「そうか……」
ジプサムは、それを聞いても安心できない。
捕虜という弱い立場を利用して、酒に酔った者たちがユーディアたちをいたぶることも考えられた。
そうなると多勢に無勢。
彼ら一人ひとりが強いと言えどもかなわない。
東のモルガン族が粛清された現場と同じことが起こるだろう。
ユーディアたちは立場が違ってもジプサムにとっては大事な友人であることに変わりはない。
「どこへ行かれるのです?」
「宴の様子を見に行く」
ジプサムはそういいつつも、あちこちで始まる賑やかな宴を縫うようにしてぶらりと歩く。
外れのモルガンの友人を閉じ込めている所へ様子を見に行くことにしたのだった。
※
遠くでタンバリンの音と笑い声。
戦勝の宴が始まっている。
ユーディアたち4人は馬車を利用した檻の中に移動していた。
四方を鉄柵に覆われ、その向こう側には丈夫な帆布がかぶせられている。
4人だけの檻は全員が寝ころがっても十分な広さがあった。
食事は祝いに振る舞われていたものなのか、非常食ではなく、肉を焼いた豪勢なものが届けられていた。
この肉は、西の部族の羊かもしれなかったが、気にしていられない。
体力を維持するために、ユーディアたちは食べた。
灯りはない。
馬車の外に松明が煌々とたかれ、その火影が帆布から透かして見えた。
灯りとしては、おぼつかない。
「……昔もあったね。こんな風に閉じ込められて一晩中、皆一緒だった」
ユーディアはいう。
「閉じ込められたのは、ユーディアだけだったよ。俺は馬から振り落とされて骨折した時で」
そういいながらカカはいまだに腕が痛むかのようにさすった。
「ゼオンさまはいつもユーディアにだけは厳しかった。俺も罰を受けるべきだと直訴したんだが、聞き入れられず、結局自主的に罰を受けることにしたんだ」
「あの時、一緒に夜空をみながら寝たのは、俺、ブルース、シャビ、トーラス……」
ライードがあげていく。
あの時はジプサムも一緒だったと、ユーディアはいおうとして思いとどまった。
「僕に付き合わなくてもいいんだ、こんな檻、簡単に出られるだろう?今は一緒にいられても、いずれバラバラにされるかもしれないし。ベルゼラ兵は宴で油断していそうだ」
捕虜の扱いはユーディアにはわからない。
残って、どうするのかというのもまだはっきりとしている訳ではない。
「ユーディアは、本当は迷っているのか?」
ブルースは言う。
ユーディアはブルースを見る。
「そうかも。あまりに、いろんなことが起こりすぎて、考えがまとまらない。結局、西の誰が亡くなったのか。あのジプサムは、まるでジプサムでないようだった。傲慢で、僕たちを馬鹿にしていた。だけどそれも僕たちを逃がすための演技だったようにも思える。今朝も、逃げるように警告しにきてくれた。彼は、僕たちの味方のような気がする。僕は、草原で逃げ回るだけではモルガンは生き残れないような気がするから、僕は残ることにしたんだけど。それが最善の方法なのか、わからない」
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