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第2話 モルガンの誇り
11、柔な王子
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ベルゼラ国人は、草原の民を蛮族と呼び蔑んでいた。
年々、辺境に住む者たちとのトラブルが報告されていた。
モルガン族に脅された、襲撃された、乱暴された、財産を破損されたなど窮状を訴える訴状が西都領主から中央政府へと持ち込まれていた。
18になったジプサムはレグラン王の会議の末席に座す。
ベルゼラ国は国土も広く、中央政府に上がってくる問題は多彩であったが、ジプサムはモルガンに関係する事柄に関してははらはらと成り行きをうかがっていた。
西都領主は5名の若者が惨殺された殺人事件に対して、モルガン族を粛清する王軍の出陣を請願していた。
西都は西域からの交易都市でもあり、多大な税金をもたらす重要な都である。
「この問題、そうだな。ジプサムに任せる。王軍3000を付けてやる」
レグラン王はジプサムに今気が付いたかのように見た。
その場にいた全員の視線がジプサムに向かう。
「わたしが、ですか」
ジプサムが会議に同席するようになって、3ヵ月。
初めて発した言葉である。
いきなり指名されて蒼白になったジプサムに、レグラン王は重ねて言う。
「なにもひとりで解決せよと言っているわけではない。ベッカムとトニーの軍を付けてやる。彼らに司令官としての心得を学べばいい」
ベッカムとトニーはいずれも40代の軍部の双頭である。
どちらの兵も戦場を血の海にする、命知らずな武者たちがそろう。
彼らが率いる3000の軍ならば、200に満たないモルガン族など一瞬のうちで勝負が決まるのは明らかだった。
彼らをつけるということは、モルガンを殲滅しろと同義だった。
それで、西都の憂いは元から断ち、豊かな西都の領主に恩を売ることができる。
レグラン王の采配に、ジプサムは拒否することはできなかった。
会議が終わり、ジプサムはレグラン王の後を追う。
「わたしは、幼少からモルガン族に世話になってきました。そのわたしがモルガン族を滅ぼすことなどできるはずがありません。どうかわたし以外のふさわしい者に命じてください」
ジプサムは必死にいう。
レグランは不快げに眉を寄せた。
それだけで、父の機嫌を損ねたかと思い震えが走る。
「自信がないのか。それにベッカムとトニーが加わるとはいえ二人を統率するのはジプサムおまえだ。俺はモルガンとの問題を解決せよと言っているだけだ。世話になった恩を感じるのならば、お前なりの解決を見つけるべきではないか?」
レグランはこんなこともわからないのかと、ジプサムを斜め上から見下ろした。
あざけり憐れむような目線に、父王の期待を早くも裏切ってしまったことを知る。
「そうですが、ですが。わたしはこのような大役を果たしたことはありませんし、とてもできるとは思えません」
「何事にも初めてはあるだろう。子供のように、お前はできると励まして欲しいのか?お前は、いつまでも誰かの影にかくれ、本を読んで過ごすつもりなのか?自分なりの考えをもっていないのか?己の力を試してみたいと思わないのか?俺はお前が多少不出来だとはいえ、血のつながる息子だからチャンスをやったのだ。それをありがたく活用すべきではないか?お前は今、モルガンの行く末を握っているのだ」
冷やかにレグランは言った。
父が自分に対してこんなに長く言葉をかけたのは初めてだった。
レグランは真っ赤なマントをひるがえし、側近たちが待つ中へと大股でさる。
ジプサムは父が与えた力の大きさに震え、その場に立ち尽くす。
モルガン族の命運がジプサムの手の中にあった。
一度も戦場にでたことがない柔な王子と呼ばれるジプサムが、蛮族粛清の司令官になったのだった。
※
モルガン族の男たちに惨殺された男たちは5名。
いずれも西都の町の有力者の息子とその友人たちだった。
5人は、手足と首が胴体から切断されて、どれが誰の手足か判別不能の状態で、箱に詰められて西都領内に遺棄された。
有力者の親たちは激怒し、野蛮で危険な蛮族を粛清して欲しいと訴えた。
ご丁寧にも西都の住民の嘆願書も添えている。
ざっと名前を数える限り数千はあった。
5人以外にも暴行を受けたと訴える者たちも現れていた。
西都の住民は、いつ襲ってくるかわからない蛮族への恐怖におびえていた。
モルガン族の残虐性の噂は西都から飛び火し広がる。
ベルゼラ国中で蛮族に対する憎しみと、報復を求めるうねりを巻き起こしていた。
そのモルガン族を粛清する総責任者がジプサムなのである。
ジプサムは出発直前まで側近のサニジンに集めさせた調査資料に目を通す。
西都の領主の訴状の裏を取る。
被害者の、ひとりひとりの幼少期からの素行を洗った資料が束になっている。
どこの学校に行き、成績はどうで、先生の評価だけでなく、同級生からの評判はどうか。
いじめられがちなのか、それともいじめる側なのか。
年々、辺境に住む者たちとのトラブルが報告されていた。
モルガン族に脅された、襲撃された、乱暴された、財産を破損されたなど窮状を訴える訴状が西都領主から中央政府へと持ち込まれていた。
18になったジプサムはレグラン王の会議の末席に座す。
ベルゼラ国は国土も広く、中央政府に上がってくる問題は多彩であったが、ジプサムはモルガンに関係する事柄に関してははらはらと成り行きをうかがっていた。
西都領主は5名の若者が惨殺された殺人事件に対して、モルガン族を粛清する王軍の出陣を請願していた。
西都は西域からの交易都市でもあり、多大な税金をもたらす重要な都である。
「この問題、そうだな。ジプサムに任せる。王軍3000を付けてやる」
レグラン王はジプサムに今気が付いたかのように見た。
その場にいた全員の視線がジプサムに向かう。
「わたしが、ですか」
ジプサムが会議に同席するようになって、3ヵ月。
初めて発した言葉である。
いきなり指名されて蒼白になったジプサムに、レグラン王は重ねて言う。
「なにもひとりで解決せよと言っているわけではない。ベッカムとトニーの軍を付けてやる。彼らに司令官としての心得を学べばいい」
ベッカムとトニーはいずれも40代の軍部の双頭である。
どちらの兵も戦場を血の海にする、命知らずな武者たちがそろう。
彼らが率いる3000の軍ならば、200に満たないモルガン族など一瞬のうちで勝負が決まるのは明らかだった。
彼らをつけるということは、モルガンを殲滅しろと同義だった。
それで、西都の憂いは元から断ち、豊かな西都の領主に恩を売ることができる。
レグラン王の采配に、ジプサムは拒否することはできなかった。
会議が終わり、ジプサムはレグラン王の後を追う。
「わたしは、幼少からモルガン族に世話になってきました。そのわたしがモルガン族を滅ぼすことなどできるはずがありません。どうかわたし以外のふさわしい者に命じてください」
ジプサムは必死にいう。
レグランは不快げに眉を寄せた。
それだけで、父の機嫌を損ねたかと思い震えが走る。
「自信がないのか。それにベッカムとトニーが加わるとはいえ二人を統率するのはジプサムおまえだ。俺はモルガンとの問題を解決せよと言っているだけだ。世話になった恩を感じるのならば、お前なりの解決を見つけるべきではないか?」
レグランはこんなこともわからないのかと、ジプサムを斜め上から見下ろした。
あざけり憐れむような目線に、父王の期待を早くも裏切ってしまったことを知る。
「そうですが、ですが。わたしはこのような大役を果たしたことはありませんし、とてもできるとは思えません」
「何事にも初めてはあるだろう。子供のように、お前はできると励まして欲しいのか?お前は、いつまでも誰かの影にかくれ、本を読んで過ごすつもりなのか?自分なりの考えをもっていないのか?己の力を試してみたいと思わないのか?俺はお前が多少不出来だとはいえ、血のつながる息子だからチャンスをやったのだ。それをありがたく活用すべきではないか?お前は今、モルガンの行く末を握っているのだ」
冷やかにレグランは言った。
父が自分に対してこんなに長く言葉をかけたのは初めてだった。
レグランは真っ赤なマントをひるがえし、側近たちが待つ中へと大股でさる。
ジプサムは父が与えた力の大きさに震え、その場に立ち尽くす。
モルガン族の命運がジプサムの手の中にあった。
一度も戦場にでたことがない柔な王子と呼ばれるジプサムが、蛮族粛清の司令官になったのだった。
※
モルガン族の男たちに惨殺された男たちは5名。
いずれも西都の町の有力者の息子とその友人たちだった。
5人は、手足と首が胴体から切断されて、どれが誰の手足か判別不能の状態で、箱に詰められて西都領内に遺棄された。
有力者の親たちは激怒し、野蛮で危険な蛮族を粛清して欲しいと訴えた。
ご丁寧にも西都の住民の嘆願書も添えている。
ざっと名前を数える限り数千はあった。
5人以外にも暴行を受けたと訴える者たちも現れていた。
西都の住民は、いつ襲ってくるかわからない蛮族への恐怖におびえていた。
モルガン族の残虐性の噂は西都から飛び火し広がる。
ベルゼラ国中で蛮族に対する憎しみと、報復を求めるうねりを巻き起こしていた。
そのモルガン族を粛清する総責任者がジプサムなのである。
ジプサムは出発直前まで側近のサニジンに集めさせた調査資料に目を通す。
西都の領主の訴状の裏を取る。
被害者の、ひとりひとりの幼少期からの素行を洗った資料が束になっている。
どこの学校に行き、成績はどうで、先生の評価だけでなく、同級生からの評判はどうか。
いじめられがちなのか、それともいじめる側なのか。
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