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第2話 モルガンの誇り
9、捕虜となる①
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西の部族の宿営地へは迂回する平原ではなく、最短距離の森を抜ける獣道を選択する。
樹冠の隙間から抜けるような青空がまだらに見えた。
ユーディアは馬の首に上半身を隙間なく押し付けるようにして、張り出した枝に体を取られないように馬と身体を一体化させた。
森に入ってすぐに、渓谷を流れ落ちる水の音のような、ざあっとする音が聞こえたかと思うと、視界が暗くなった。
何事かと仰ぎ見れば空が黒い。
それは、数千ほどの重なり合うようにして翼を広げるムクドリの群れが空を埋め尽くしていた。
ユーディアたちの向かう方向から後方へ飛んでいく。
「なんだ、この鳥の大群は!」
後方でジャカが悪態をついた。
何度か間を空けて、鳥は種類を変えてユーディアたちの頭上に影を落とす。
「森の中もおかしい!」
そう叫んだのは先頭を走るブルース。
ユーディアと同様に低い体勢で、細かな髪がたてがみと一緒になり流れている。顔だけ森へと向けていた。
梢の上を、見たこともないほど大量にリスやムササビのようなものが、やはりユーディアたちと逆方向へ飛ぶようにして走る。
「気を付けろ!前からもきているぞ!ぶつかるな!」
ブルースの警告と共に、突進するように走る鹿の群れ。
中にはイノシシも混ざっていた。
だが、先頭のブルースのスピードは止まらない。
ユーディアは馬が怯えていななき首を上げようとするのをなだめつつ、必死に動物たちとの正面衝突をさけ、走らせた。
「空、森、そして大地の動物たちが逃げてきたんだ。一体、この先で何が起こったというんだよ」
すぐ後ろでライードがつぶやくのが聞こえた。
動物達を脅かした尋常ならざることが起こっているのは間違いがなかった。
もしかして、ベルゼラ兵と西の部族は既に激しい戦を始めたのかもしれない。
ユーディアはざわつく気持ちのままに馬を走らせた。
西の宿営地に近づくにつれて、今度は逆に、森は不気味なほど静かになっていく。
空気に幾つもの匂いが混ざっている。
羊毛の、燃える匂い。
木材の焼ける匂い。
それに、動物の肉の焼けるような匂いが混ざる。
途中からは渓流沿いを行く。
そして森が途切れたところは10メートルほどの崖になる。
平常ならば、目前には広大な草原が見渡せ、100ほどの大小の白い幕舎が林立する。
すぐ足もとで小川が幾筋もの小さな滝となって落ちていく。
背後の二方を岩山の崖に守られた地形で、西の部族が夏に宿営地に選ぶ場所であった。
だが、息を切らしてユーディアたちがみたものは、全く違う景色だった。
大地を緑に染めているはずの草原は、ぎらぎらと陽光を照り返す金属の武器をもった黒々とした人馬が、幾重にも扇状に広がっていた。
兵站を運ぶ荷馬車は後方に50台ほど数珠繋ぎに連なる。
一列に並んだ幟旗がはためいていた。
500メートルは離れているが、幟旗に描かれている文様が分からない草原の民ではない。
「金の縁取りの黒龍。なんだ、ありゃ、3000はいるぞ……」
「龍は水を制するベルゼラ国の象徴だ」
恐怖にうわずった声を上げたのはシャビ。
眼鏡のライードが応えた。
そして、ユーディアたちの足下の、普段は大小の幕舎があるはずのところには、つい昨日まで人々の平和な営みがなされていたことが想像できないほど、真っ黒に焼け、あちらこちらで煙をくすぶらせた瓦礫が広がっている。
一目で、西のモルガン族が空から火を放たれ、一方的にやられたのだとわかった。
西の宿営地は灰塵に帰していた。
動物達はそれに驚いたのに違いがなかった。
「これは、ひどい。なんてことだ。まだ、生存者がいるかもしれない」
ブルースが呻いた。
馬の首を崖下に向け、駆け降りようとする。
「待って。ベルゼラ兵がいる。彼らが去るのを待ってから」
ユーディアはブルースを押さえた。
瓦礫の間を、黒い甲冑の男たちが蠢いていた。
白く煙を上げる瓦礫の下を槍をもち突き立て、覗き込んでいる。
よく見ると、そこかしこに黒い甲冑の影がある。
何かを探していた。
ベルゼラ国が欲しがるようなものをモルガン族は持っているはずがない。
生存者を探して捕虜にでもするつもりなのかもしれなかった。
西の部族の者たちが、この宿営地に留まっていたのならばいまさら手の施しようがないかもしれないという絶望と、ひとりでも生き残って欲しいという気持ちで、ユーディアはおかしくなりそうだった。
ジプサムが必死に警告してくれても西の者たちは幕舎をたたむ間もなかったのだ。
間に合わなかった。
もしくは、西の者たちは戦って、ゼオンの言う武器の違い、組織力の違いとその数の多さに惨敗したのか。
どちらでもあり得そうだった。
一方で、もしかして全員、幕舎を置いて逃れたかもと考えたい自分もいる。
空には数羽の鷹が翼を広げ大きな弧を描き滑空している。
黒い甲冑のベルゼラは、瓦礫の下ばかり気にしていた。
滝が落ちる崖の上にいるユーディアたちに気が付いていない。
彼らとの間には小川があった。
だが、馬が一声でもいななきでもしたら彼らは顔を上げるだろう。
上げれば見つかる。ユーディアたちは目配せをして、愛馬をなだめた。
彼らとの距離は50メートルも離れていない。
彼らは武器をもち、ユーディアたちは丸腰なのだ。
ただし見つかっても、ベルゼラ兵は岩場の崖を上がるのに苦労するだろう。その間にユーディアたちは森の中へ逃げ込み遠方へ逃げ去ることができるだろう。
とはいえ、あえて見つかる危険を冒す必要はない。
ユーディアは後ろに下がるように合図をし、ベルゼラ兵の目を避けるようにじりじりと馬を下がらせた。
その時、くすぶる瓦礫の中から飛び出した人影があった。
すぐ背後に槍で瓦礫を突く兵士が迫っていた。
子供を抱きかかえた女だった。
ユーディアたちのいる川の方へ向かって走る。
「生き残りがいる!兄の妻だ!」
目をすがめたブルースが歯の間から絞り出すように言う。
ユーディアも知っている。
二歳の子供はとても可愛い女の子だった。
ふたりがベルゼラ兵につかまったらどうなるかわからない。
居住地に火を放つような者たちだ。
「どうする?」
再び全員の視線がユーディアに向かった。
樹冠の隙間から抜けるような青空がまだらに見えた。
ユーディアは馬の首に上半身を隙間なく押し付けるようにして、張り出した枝に体を取られないように馬と身体を一体化させた。
森に入ってすぐに、渓谷を流れ落ちる水の音のような、ざあっとする音が聞こえたかと思うと、視界が暗くなった。
何事かと仰ぎ見れば空が黒い。
それは、数千ほどの重なり合うようにして翼を広げるムクドリの群れが空を埋め尽くしていた。
ユーディアたちの向かう方向から後方へ飛んでいく。
「なんだ、この鳥の大群は!」
後方でジャカが悪態をついた。
何度か間を空けて、鳥は種類を変えてユーディアたちの頭上に影を落とす。
「森の中もおかしい!」
そう叫んだのは先頭を走るブルース。
ユーディアと同様に低い体勢で、細かな髪がたてがみと一緒になり流れている。顔だけ森へと向けていた。
梢の上を、見たこともないほど大量にリスやムササビのようなものが、やはりユーディアたちと逆方向へ飛ぶようにして走る。
「気を付けろ!前からもきているぞ!ぶつかるな!」
ブルースの警告と共に、突進するように走る鹿の群れ。
中にはイノシシも混ざっていた。
だが、先頭のブルースのスピードは止まらない。
ユーディアは馬が怯えていななき首を上げようとするのをなだめつつ、必死に動物たちとの正面衝突をさけ、走らせた。
「空、森、そして大地の動物たちが逃げてきたんだ。一体、この先で何が起こったというんだよ」
すぐ後ろでライードがつぶやくのが聞こえた。
動物達を脅かした尋常ならざることが起こっているのは間違いがなかった。
もしかして、ベルゼラ兵と西の部族は既に激しい戦を始めたのかもしれない。
ユーディアはざわつく気持ちのままに馬を走らせた。
西の宿営地に近づくにつれて、今度は逆に、森は不気味なほど静かになっていく。
空気に幾つもの匂いが混ざっている。
羊毛の、燃える匂い。
木材の焼ける匂い。
それに、動物の肉の焼けるような匂いが混ざる。
途中からは渓流沿いを行く。
そして森が途切れたところは10メートルほどの崖になる。
平常ならば、目前には広大な草原が見渡せ、100ほどの大小の白い幕舎が林立する。
すぐ足もとで小川が幾筋もの小さな滝となって落ちていく。
背後の二方を岩山の崖に守られた地形で、西の部族が夏に宿営地に選ぶ場所であった。
だが、息を切らしてユーディアたちがみたものは、全く違う景色だった。
大地を緑に染めているはずの草原は、ぎらぎらと陽光を照り返す金属の武器をもった黒々とした人馬が、幾重にも扇状に広がっていた。
兵站を運ぶ荷馬車は後方に50台ほど数珠繋ぎに連なる。
一列に並んだ幟旗がはためいていた。
500メートルは離れているが、幟旗に描かれている文様が分からない草原の民ではない。
「金の縁取りの黒龍。なんだ、ありゃ、3000はいるぞ……」
「龍は水を制するベルゼラ国の象徴だ」
恐怖にうわずった声を上げたのはシャビ。
眼鏡のライードが応えた。
そして、ユーディアたちの足下の、普段は大小の幕舎があるはずのところには、つい昨日まで人々の平和な営みがなされていたことが想像できないほど、真っ黒に焼け、あちらこちらで煙をくすぶらせた瓦礫が広がっている。
一目で、西のモルガン族が空から火を放たれ、一方的にやられたのだとわかった。
西の宿営地は灰塵に帰していた。
動物達はそれに驚いたのに違いがなかった。
「これは、ひどい。なんてことだ。まだ、生存者がいるかもしれない」
ブルースが呻いた。
馬の首を崖下に向け、駆け降りようとする。
「待って。ベルゼラ兵がいる。彼らが去るのを待ってから」
ユーディアはブルースを押さえた。
瓦礫の間を、黒い甲冑の男たちが蠢いていた。
白く煙を上げる瓦礫の下を槍をもち突き立て、覗き込んでいる。
よく見ると、そこかしこに黒い甲冑の影がある。
何かを探していた。
ベルゼラ国が欲しがるようなものをモルガン族は持っているはずがない。
生存者を探して捕虜にでもするつもりなのかもしれなかった。
西の部族の者たちが、この宿営地に留まっていたのならばいまさら手の施しようがないかもしれないという絶望と、ひとりでも生き残って欲しいという気持ちで、ユーディアはおかしくなりそうだった。
ジプサムが必死に警告してくれても西の者たちは幕舎をたたむ間もなかったのだ。
間に合わなかった。
もしくは、西の者たちは戦って、ゼオンの言う武器の違い、組織力の違いとその数の多さに惨敗したのか。
どちらでもあり得そうだった。
一方で、もしかして全員、幕舎を置いて逃れたかもと考えたい自分もいる。
空には数羽の鷹が翼を広げ大きな弧を描き滑空している。
黒い甲冑のベルゼラは、瓦礫の下ばかり気にしていた。
滝が落ちる崖の上にいるユーディアたちに気が付いていない。
彼らとの間には小川があった。
だが、馬が一声でもいななきでもしたら彼らは顔を上げるだろう。
上げれば見つかる。ユーディアたちは目配せをして、愛馬をなだめた。
彼らとの距離は50メートルも離れていない。
彼らは武器をもち、ユーディアたちは丸腰なのだ。
ただし見つかっても、ベルゼラ兵は岩場の崖を上がるのに苦労するだろう。その間にユーディアたちは森の中へ逃げ込み遠方へ逃げ去ることができるだろう。
とはいえ、あえて見つかる危険を冒す必要はない。
ユーディアは後ろに下がるように合図をし、ベルゼラ兵の目を避けるようにじりじりと馬を下がらせた。
その時、くすぶる瓦礫の中から飛び出した人影があった。
すぐ背後に槍で瓦礫を突く兵士が迫っていた。
子供を抱きかかえた女だった。
ユーディアたちのいる川の方へ向かって走る。
「生き残りがいる!兄の妻だ!」
目をすがめたブルースが歯の間から絞り出すように言う。
ユーディアも知っている。
二歳の子供はとても可愛い女の子だった。
ふたりがベルゼラ兵につかまったらどうなるかわからない。
居住地に火を放つような者たちだ。
「どうする?」
再び全員の視線がユーディアに向かった。
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