舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2話 モルガンの誇り

8、若者たちの決断

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 ジプサムともう一人の男が去った後、東の宿営地は不安におののいていた。
 早朝にいつも感じる爽やかさはなかった。

 族長の周りに老いも若きも集まり、すぐさま集会が開かれた。
 後から集会の天幕に入る者に、預かり子の警告が口伝えで伝えられる。
 ベルゼラ国軍が西のモルガンを粛清しに軍を進めているとの、預かり子の言葉をにわかに信じられない者たちも多い。


「ベルゼラ国が部族に武器を向けるのならば、我らも立ちあがり戦うべきじゃないか」
 そう主張する男たちもいる。
 早くもありったけの弓矢や反りあがった刀が持ち出されていた。
 族長ゼオンは思慮深い顔を苦悩にゆがませ、彼らを制止する。

「東の我らは退避する。この場所はベルゼラに知られている。わたしはベルゼラ国軍を刺激しないように西はいったん退避することを望む。退避した先で、我らは合流し、部族全体でこの問題を話し合う!我らは戦を避け、生き残る道をさがさなければならない」
「戦わずして逃げ去るということではないですか!ベルゼラ国はどんどん草原に浸食している。このまま、我らの住む土地がなくなっていくのではないですか!数年前に馬を放牧できたところも今年はできなかった」
 そう言ったのはカカの父親。
 馬の調教ではモルガン一である。
「西の部族を見捨てられない!わしも戦うべきだと思う。子供たち、孫たちのためにもベルゼラの好き放題は許せない。力に対しては力で対抗するべきだ。我らの恐ろしさを知らしめ、これ以上我らを刺激しないように思い知らせるべきだ」

 シャビの父親が言う。
 ユーディアはめまいを感じた。
 現実感が揺らぐ。
 ベルゼラに弓を射ろ、剣を突き立てろ、と主張する者たちは普段は子供たちに馬の調教を、体術を、狩りを、生活の全てを教えてくれる穏やかな大人たちなのだ。
 女たちは泣きだす者もいる。
 意見は完全に二つに分かれていた。
 西に加勢すべきというものと、いったん引き、タイミングを計るべきだというものと。
 決断は部族長に一任された。

「それでもだ。対ベルゼラであれば、彼らを助けるどころか、ここにいれば我ら全員がやられてしまう。武器が違う!組織力も違う!数で攻める彼らに我らは勝利する未来はない。危険をおかして警告してくれたベルゼラの預かり子が、ベルゼラ国軍にとっては西も東も同じだと言っていただろう!預かり子が知るということは、ベルゼラ国軍もやがて東の宿営地も知ることになるかもしれない。だから、一刻もはやく、場所も特定されているこの陣から離れることが、モルガンの生き残る道だ!既に一番の早馬を西に送った。西はいったん引き、ベルゼラ国人を惨殺したというのならば、その経緯を明らかにしたうえで、冷静にベルゼラ側と話をすべきだ。我らに非があるのならば、その罰を受ける。受ける罰は、部族全体に及ぶものではないはずだ」

 東のゼオンはいい放った。
 どんなに軟弱者とそしられてもゼオンの意見はゆらがなかった。
 それが、東の部族が通してきた争いを避ける生き方だった。
 意見が割れれば不満があっても族長の決断に従う。
 それが、彼らの認め信頼する族長の権限である。
 この数年は森からの水が豊かなこの土地を夏の宿営地にしていた。ここに移ってきてまだ1か月もたってない。
 女たちは、西に嫁いだ娘やその家族や友人たちを思い、すすり泣き出していた。
 ゼオンの娘、ユーディアの一番上の姉は西に嫁いでいる。
 西の部族を見捨てられないのはゼオンも同じだった。

「早く、戦支度ではなく移動の準備に取りかかれ」
 ゼオンの言葉で、集会は解散した。







 ユーディアは幕舎の片付けを母や姉たちに任せ、馬の放牧地へ行く。
 いつも傍にいるブルースが先ほどからいない。集会も話を目を閉じて聞き、ずっと押し黙っていた。
 嫌な予感しかしなかった。
 そこには、カカ、ライード、シャビ、トーレス、そしてブルースがいた。
 馬を走らせようとするブルースをカカが飛びつき、引きずり下ろしていた。

「ユーディア!ブルースが勝手な行動をとろうとしている!」
小柄なシャビと、大柄なトーレスが二人してなおも馬に乗ろうとするブルースを押さえている。
「ブルース、単独行動は許さない!」
 ユーディアの言葉にブルースは唇をかみしめた。
「俺は西の部族を見捨てられない。せめて、彼らが無事に危機を脱するのを見届けたい!」

 その目に強い決意が宿る。
 ブルースの気持ちは体を押さえるシャビやトーレス、そしてユーディアの気持ちでもある。
 全員の視線がユーディアに向けられた。
 次期族長のユーディアは、既に若者たちのリーダーであった。
 ユーディアが族長の決断と違う決断を下すというのならば、彼らはユーディアに従うつもりだった。
 部族の決断に従わなかったということで、彼らは西の部族から追放されるかもしれない。
 それでも、見捨てるという選択はできそうになかった。



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