舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部草原の掟 第1話 草原の民

5、祭りの踊り

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 新年のお祝いの口上が述べられる。

 シャララララと傾けたへちまの楽器から水音のような音が流れる。
 それを合図に、男たちの音楽が始まった。

 女は初めは一人で舞っていた。
 ジプサムには踊りのことはわからなかったが、美しい舞だと思った。
 彼女はゼオンの西に嫁いだ一番目の娘だという。
 そこに、舞台の裾から跳躍して、男の踊り手が現れた。
 西のモルガン族の、彼女の夫だ。
 二人は至近距離で挑戦的に視線を絡ませた。
 弾むような筋肉を惜しげもなく晒して、西の踊り手の男は娘と踊る。

「女の踊りは東が盛んで、男の踊りは西が盛んなんだ。それぞれ男だけ、女だけで踊っても形になる踊りであるが、男女そろうと迫力を増してより素晴らしくなる。音楽は、どちらも部族も男たちはひとつやふたつは扱えるようになる」

 ゼオンが解説をしてくれる。
 そういう心配りがジプサムはうれしい。

「今年は男踊り、女踊りの両方が見られるとは!なんと素晴らしい」
 あちらこちらで感嘆が囁かれていた。
 見るもののため息を、何度も誘う。

 踊りが一段落すると、そのタイミングを見計らい着飾った女たちが一斉に二人の舞台へなだれ込んだ。
 急に場が華やかになる。
 音楽も勢いづいて、激しくなる。
 女たちの中には子供たちも混ざっていた。
 ジプサムの知っている顔もちらほら。
 ユーディアの二番目の姉もいた。
 彼女の踊りも最初に踊った年かさの姉に負けないぐらい上手なようである。

 中でも、キラキラした目の女の子が、ジプサムの目を引いた。
 目をひいたのは、上手下手はわからないが、特別楽しそうに踊るのだ。
 ひととおり女たちが踊り終えると今度は男たちを舞台に誘う。

「ジプサム!」
 彼女は言って、ジプサムの手を引いた。
 踊りの輪に率いれようとする。
 ジプサムは驚いた。
 慌てて、手を引いて引き込まれまいとした。

「あんたは、楽器で盛り上げないのなら踊りましょうよ!こんな踊り、適当でいいんだから!」

 知ったような口ぶりの、青みがかった黒い目の女の子。
 誰かに似ていると思ったが、ジプサムにはわからない。
 モルガンの宿営地で会っていたのかもしれない。
 女子たちはベルゼラ国ではジプサムの気を引こうとあふれていて、目障りで、辟易していた。
 だから、女子に興味がないジプサムには、この女の子とどこで出会っていたかも思い出せない。

 イタズラ気なきらめくその目に、ジプサムは断りきれなかった。
 一杯になった舞台で肘や肩を当てながら、女の子の近くで適当に真似をする。

 女の子は、ふわふわのウエーブの髪を押さえるきらきら輝くビーズの額飾りをしていた。
 その子の踊りも、ジプサムには踊りがわからないなりに、かなり適当な気がした。

「ジプサムずるいぞ!俺も入る!!」

 おとなしく座っていた友人たちも、楽しそうに踊るジプサムと女の子を見て、手にした笛や太鼓を放り投げた。
 踊りに加わり、さらに笑いと混雑を増す。
 舞台は、天幕に収まらず、さらに大きな舞台へ、外へと広がった。
 そこにはゼプシーたちが満面の笑顔で楽器を持って待ち構えていた。
 祭りは完全に無礼講となる。
 子供たちの笑い声が音楽や拍手や大人たちの歓声が混ざり合い、母親に寝るように諭されるまで疲れるまで踊ったのである。


 ジプサムはその新年の祭りの楽しさに味をしめて、それから数年続けて、祭りに合わせてモルガン族に息抜きにくる。
 気になる娘は、来る度に踊りの舞台にジプサムを誘った。
 彼女の名前はディア。
 そう呼ばれていたからだ。
 ジプサムの踊りに対する目も肥えていく。
 ディアは年々、踊りがうまくなっているようだった。
 まだまだ適当にごまかすところもあるように思われたのだけれど。


 
 草原に生きる者たちは、自分たちに必要なものを必要なだけ、自分たちで手間をかけて作りだし大事に使う。
 人と人が繋り、助け合い、補いあいながら生きていた。
 だが、小さく収まっているのではない。
 命を爆発させるように生きることを楽しんでいた。

 満天の星空の下が彼らの全て。
 草原が続く限り、彼らの世界だった。

 一年に短くて数週間。長くて数か月。
 息苦しいベルゼラから逃避し、傲慢になりがちなベルゼラの王子からただのジプサムに戻れたのである。


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