舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部草原の掟 第1話 草原の民

3-2、祭りの羊

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 その場は温厚なゼオンに諭されて、できるだけ、国境付近は近寄らず、相手を刺激しないようする、何か事を起こす時は、モルガン族全体で決断するということで、ゼオンはその場を収めたようである。

 報告が終ると、新年の祝いの祭りが開かれる。
 外に閉め出されていた子供たちも祝いの食事を一緒に頂けるのだ。

 ユーディアの母が今年生れた仔羊を数匹選んだ。
 子羊は、自分の身に起こったことを理解する前に、母の手にしたナイフで首をかき切られて絶命する。
 女たちの手で手際よく捌かれていく。

 皮は剥がされ、吊るされ、血を抜いた。
 やがて皮は鞣されて靴や防寒具になる。
 抜かれた血も利用される。
 内臓もすべて食される。
 食べきれないものは塩漬けにして干された。
 命をいただくのに無駄なものはなにもない。
 それは女たちの仕事であった。
 生きるために命をいただく。
 そのために残虐だと思うことからも、草原に生きる者は目をそらしてはならなかった。

「うわあ、今夜はごちそうだ!」

 子供たちの誰かがうきうきと言った。
 ジプサムの隣でユーディアがぐずぐずと鼻をすする。

「……僕が取り上げた黒ん坊だ。つやつやのくるくる巻き毛の、本当に可愛い子だったんだ」
「泣くなよ。ちいさな黒ん坊を愛したんだったら、盛大に祭りを盛り上げることがはなむけになるんじゃないか?」

 ユーディアを慰めたのはブルース。
 ジプサムは何か言ってやりたくても、かける言葉が浮かばない。

「そうだね、今夜は宴もある!僕たちも楽器や踊りも大人たちに混じって参加できるんだ。だから、ジプサムは楽しみにしていて!」
 ユーディアの気分は万華鏡のように鮮やかに変わる。
「宴?!」
「新年の祭りの宴だよ?ああ、ジプは今回が初めてだった?男は楽器を演奏し、女は踊るんだ。男でも踊ってもいいけど。ジプは何か楽器はできる?」

 必死にジプサムは首を振った。

「何にもできないよ!」
「そう?打楽器ならできそうだけど……」
「絶対に、いきなりは無理だ!」

 ユーディアは首を傾けた。
 その涙と鼻水は引っ込み、目がきらきら輝いている。
 もう、今夜の祭りの宴に全ての意識が持っていかれていた。

「じゃあ、ジプは見ているだけでもいいよ!祭りの宴は初めてだし!っていうことで、無理に参加しろとかジプをせかすんじゃないぞ!」

 ユーディアは悪友たちに言う。
 カカ、ライード、シャビ、トーレスは神妙にうなずいている。
 ユーディアの決定はたいていが通る。
 部族長の世嗣ぎというものはそういうものらしかった。

「わかった。こいつは誘わない」

 ブルースがジプサムを横目でみて言う。
 部外者のお前は、指を咥えて見ておけ!といっているような、言外の意味をなんとなくジプサムは感じた。返って、参加したくなった。

 ジプサムがモルガン族に滞在するのも3回目。
 その年はふとしたところで、ユーディアの横にぴたりと離れないブルースの、敵対的な視線を感じるのだ。




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