舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
5 / 238
第1部草原の掟 第1話 草原の民

2、右手と左手

しおりを挟む
 夜が白々と明けるころ、ユーディアの父である東の族長のゼオンはユーディアの様子を見に行く。

 ユーディアを閉じ込めた檻の回りには、子供たちが思い思いの寝相で熟睡していた。
 檻の中には、大の字になって仰向けに寝るユーディアがいる。
 大地に突き立てたその木の柵の中に、ブルースが腕の付け根まで手を差し入れて寝ている。
 その手はユーディアの右手をしっかりとつないでいた。

 ブルースはユーディアよりもふたつ上。
 褐色の肌の、黒髪の、草原の民の特徴を色濃く引き継いだ少年である。
 モルガン族はもとはひとつの一族であるが、二つに大きく分かれ、それぞれ族長に従うために、西の、東の、と呼んでいる。
 東のゼオン自身は、温厚派、穏健派で争いごとは好まない。
 軟弱者とそしられることも多いのだが。

 西のジダンが率いる西のモルガン族は、勇猛果敢な男たちが多い。部族内外の争いごとには必ず駆け付け矢面に立つこともしばしば。
 ブルースは、その勇猛果敢な西のジダンの三男坊。
 時に無謀と思えるような勇猛さをみせることはないが、ゼオンが見る限り、子供ながらに自制が効いているだけで弱いわけではない。
 普段、無茶をしがちなユーディアたちの傍にいるために、年長であることもあり自制力を鍛えたのかもしれなかった。
 そのブルースは、西の次期族長になる世継ぎのユーディアの、入り婿候補である。
 ユーディアは実は、正真正銘の女の子である。
 我が子が三人、娘が続いた時に、ジダンは西の宿営地全体に響きわたるほど大きな声で産声を上げたユーディアを、男子として、自分の後継ぎとして育てることを決断したのだった。 
 娘とブルースの仲は大変良かった。
 良き友というよりは、ブルースが良き兄という感じであるが。
 ユーディアが東の族長となったとき、思慮深い夫であるブルースが横で支えるというのが、ジダンが思い描いている未来図である。

 ゼオンはユーディアの左手を見た。
 ユーディアの左手は、柵から少し出て、その手はベルゼラの王子の手に繋がれていた。
 その繋がれた手を見て、ベルゼラとモルガン族の、このところ高まりつつある緊張を解く鍵があるような気がする。
 だが、彼らはまだ大人の事情などよぎりもしないであろう。

 腕を骨折したカカは包帯を巻いた腕を抱えて寝ている。
 地鳴りのようないびきはライード。
 宿営地の傍に放している鶏が夜明けを告げて随分たつのに、彼らはぐっすり眠っている。
 夜遅くまでおしゃべりでもしていたのかも知れなかった。

「カカ、ライード、シャビ、トーレス、ブルース。そしてベルゼラのジプサム王子まで。なんとまあ、仲の良いことで」
 ゼオンは苦笑する。
「一晩檻で過ごす孤独な罰が、罰になっていないじゃないか。悪友は、友達想いのいい友人でもあるな。出してやろうと思ったが、しょうがない。もう少し、寝かせてやろう」

 ゼオンは微笑みながらその場を離れたのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...