舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部草原の掟 第1話 草原の民

1-2、子供たち

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 翌年は、ジプサムは11歳になっていた。
 ジプサムは、ユーディアが西と東に分かれているモルガン族の、西の族長の世継ぎであることを知った。
 その年は、ユーディアは族長の後をついてその仕事を学んでいた。

「ジプサムも暇なら一緒に学べよ?」
 ユーディアは誘う。
「それで、昼からは馬に乗りにいこう?」

 ジプサムはこんなこともあろうかと馬に乗る特訓をベルゼラでしてきていた。
 なんでもできる草原の子供たちに遅れを取りたくなかったからだ。
 その日の午後、彼らの宿営地から離れた岩場に、7名ほどの少年たちが集まっていた。
 ジプサムの背が5センチ伸びたように、彼らも去年の時よりも大きく成長していた。
 彼らはジプサムを、ユーディアの手前、歓迎する。
 運動神経に劣る都会の子供を、基本的に彼らは馬鹿にしていることはジプサムも気がついている。

「馬は……?」
 ジプサムは馬に乗る予定であるのに、肝心な馬がいないことに気がついた。
「もうすぐだよ?」

 ユーディアは手をかざして顔に影をつくる。
 その青みがちな目がきらめき、草原の向こうを熱心に見ていた。
 ひときわ日に焼けた肌のブルースという名の少年も、目をすがめ、ユーディアと同じ方向を見ていた。
 ブルースは常にユーディアの傍にいる。
 彼はユーディアよりも二つ上。
 ジプサムよりも一つ上。
 年長ぶった態度が、ジプサムは気に入らない。
 ベルゼラでは、頭の白い大人も着飾った女もみんなジプサムの機嫌を気にするが、ここでは誰も気にかけることはない。
 草原では、ジプサムは取るに足りないただの子供だった。
 ジプサムはそれが本当の自分であると悟らざるを得ない。
 ブルースはジプサムに進んで声をかけることはなかった。
 だがそのブルースも、世継ぎのユーディアを尊重する。
 ユーディアがジプサムも馬に乗るというのなら、勝手にしろという態度である。

「来た!」
「何が?」

 ジプサムは草原の向こうに目を凝らす。
 ユーディアが指さす方向は土煙が舞っていた。
 どどど……と音が聞こえる。

 野生馬の群れがこちらに向かってくるとわかった時には、彼らのすぐ下の岩場を十数頭の馬が、土埃を巻き上げながら、たてがみ、尻尾をなびかせて走り抜けていく。
 子供たちは歓声を上げて、汗で黒いまだらのできた背中にむけて飛び乗った!

「おい、嘘だろ?」

 たてがみをつかみ、むちゃくちゃに振り落とそうとする野生馬の躍動する背の上で、身体をはずませながら笑い声をあげて楽しむモルガン族の子供たち。
 それはジプサムの想像をゆうに超えていた。
 無鉄砲で向こう見ず。
 野生動物のような子供たちだった。
 岩場にしがみついたジプサムは、去り行く人馬をひとり呆然と見送った。

 その結果。
 スリ傷、打身多数。
 骨折一人。

 少年たちはその夜、大人たちにこってりと叱られた。
 中でも、ユーディアは父である族長ゼオンに厳しく叱られる。

「お前は、やっていいことと駄目なことをちゃんとわかっていなければならない。我人も出ているのだぞ!へたをすれば蹴り殺されていた!反省せよ!」

 ユーディアは宿営地の外れの檻の中に閉じ込められた。
 一晩の反省牢である。
 ジプサムが心配して様子を見に行くと、木の棒を立てただけの野ざらしの柵の中でユーディアは寝転んで星をながめていた。
 動物を近づけないためのかがり火が柵の外の四隅に立てられている。
 小さな羽虫が炎に飛び込んでじりっと音を立てる。
 夜の風はジプサムの頬をひんやりとなでてゆく。

「なんだよ?付き合わなくていいんだぜ?」
 ユーディアは体を起こしもせずにいう。
「……ここは星がよく見えるから」
ジプサムは、ユーディアの檻の外に寝た。

 ユーディアも退屈だったのだろう、ジプサムが帰りそうにないことを知ると夜空を指さして語り出す。
 草原の民は星を見て、季節を知る。
 方角を知る。
 生れた時のその星の位置で、その運命も知る。

「星読みの婆がいうには、僕は、最後のモルガン族の族長になるそうだ」
「最後だって?だったら草原の民はどうなるんだよ」

 ジプサムは毎年、息のつまる王宮を離れ、モルガン族に滞在し友人たちに会うことが楽しみにするようになっていた。
 特に、ユーディアに会うことだったのだが。

「そんなこと言うなよ。お前のモルガン族をわたしが守ってやる!」
「はあ?ジプサムが守ってくれるんだ?」

 ユーディアは体を起こしジルコンを見た。
 かがり火の火影をユーディアの頬は照り返す。
 きれいだと思った。
 それを見て、ジプサムは自分の発した言葉の決意を固めていく。
 ベルゼラ国の精気の失せた顔をした者たちと違う、草原を吹き抜ける風のようにどこまでも自由なユーディアたちと過ごす時間が楽しかった。

「わたしはベルゼラの第一王子なんだ!今は、何にもできないけれど、きっと力をつけてモルガン族のひとつやふたつ、守ってやるよ。この満天の星空にかけて誓う!」
「ベルゼラ国の王子?ふうん?僕の、東の部族の世継ぎのようなもの?よくわからないけど、自信満々のジプサムの気持ちをそのまま頂いておくことにするよ」
「お前、まったく期待してないだろ」

 ユーディアは笑い、また寝転んだ。
 その交わした会話、くるくる変わる表情は、王宮での勉強ばかりで決まり事に縛られた窮屈な生活に委縮するジプサム王子の心の扉を大きくあけ放つのである。



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