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第六章 収穫祭

第41話 収穫祭③

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 王子とご一緒なのはどなた?
 あの美しい御髪、ジュリア姫では?
 体調をお戻しになられているという噂は本当だったのね。
 衣装がお二人でお並びになると、まるで対のご夫婦のよう。
 めっそうなことを口にするのではないよ、お二人は同じ腹からお生まれになられた兄妹なのだから。
 それに、ジュリア姫にはロスフェルス帝国の王子とのご婚約話もあるそうじゃないか。
 そうよね、でも王族はやろうと思えば何でも許されるでしょ。
 でも、なんだか少し違和感があるわ。
 あの美しい髪はまぎれもなくジュリア姫だけれど、歩き方が少し?
 それは長く体調を崩しておられたからだろう、なにせ二年近くぶりにお姿を拝見するのだから。
 でも、なんだか小さくなったような気も……。
 暗くてよく見えないな。もうすこしおそばで拝見出来たら。
 儀式が終わったら挨拶しにいきましょうよ。
 ジュリア姫の麗しいご尊顔を間近で拝見したいものだ。
 わたくしという婚約者がありながら、鼻の下を伸ばすなんて。
 ジュリア姫はレソラだ。格別な存在なんだ。だからああやってルシルス王子もずっとご滞在なさっているし、警護兵に混ざってイマームたちも厳重に警護している。
 あそこに、黒のシャディーンさまがいらっしゃるわ。あの氷のような怜悧な顔がいつみてもそそるわね。
 お前こそ俺という存在がありながら。
 ジュリア姫とお二人の騎士のごとき兄王子とイマームの存在はいつ見ても眼福ですわ……。
 つまづきになられた。少し、気品を感じられない?まさか、本当はなくなられていて別の女が振りをしているんじゃ。
 あら、霧がでてきたわ。風流なこと……。



 うっすらと夜闇からにじみでてきたかのような霧が辺りを覆い、海に向かって開けた視界をやわらかくぼかしていく。

 ひそひそとささやかれる会話の断片が微風に乗り届いていた。
 ジュリアだと思わせたのは一瞬で、代役だということはもうわかっているのだろう。
 この滑稽さをわからないのはわたしの手をつかんで離さないルシルス王子ぐらいで、霧の中に気が付くかつかないかぐらいの小さな響きの、誰とも知れないクルアーンが聞こえる。

 即席の祭壇は献上物で海に向かって盛り上げられていた。
 その向こうは波が幾千年も打ち寄せたため絶壁となる。
 海の向こうに日が沈んでいく。海は巨大な鏡となり、半分沈む太陽を映しだす。
 それもクルアーンが呼び込んだもやでおぼろな世界だ。
 王城の背後の西の空はもう黒々とした闇に飲まれていた。

 王妃は既に席についていた。
 ルシルス王子と会釈を交わす。
 わたしの姿に目を見開き、穴が開くかと思われるぐらい視線が突き刺さったが、すぐに余裕の笑みに変わる。

「久々の公務ですね。御無理なさらないようにね」
「はい、お母さま」
 数メートル背後に控える貴族や王城での儀式に招待された者たちにも、わたしたちの会話は筒抜けなのだろう。
 良い母娘関係をアイリス王妃は演出したいのだ。


 かがり火が一つふたつと天を焦がし始める。
 白波の立つ崖際につくられた祭壇にアルメリアの王は歩み立つ。
 手に掲げた三日月の形の盃になみなみと満たされた酒を、糸のような月が浮かぶ夜空に掲げた。

「我らをこの地に使わせた海の精霊よ、緑豊かな豊穣の地に我らを受け入れた大地の精霊よ、恵の熱と雨と風を与えてくださる蒼天の精霊よ、再び豊かな収穫の日を迎えることができ、このアストリアで命をはぐくむものたちの名代、我、アストリア王が感謝申し上げる!」

 盃が傾けられると、焔に照らされ輝く酒が光る筋となって、大地にこぼたれる。
 すべて大地が飲み干す前に、ひとくち口に含むと、残りは盃ごと海に投げ入れ、空手を上げる。
 黒衣の魔術師の手から、王の手に再び盃が持たされた。
 わたしの手にも持たされる。シャディーンではない。
 彫刻を施された黒水牛の角の盃はひやりと冷たい。

「我ら一族とアストリアの民に繁栄を!」

 王が再び声を張り上げ、儀式の場に立ち会っていた王族と貴族たちは口々に同じ句を呟くと水牛の酒を飲みほした。

 隣のルシルス王子が飲むふりだけでいいよ、と目で教えてくれる。
 幼いセシリア姫は、はじめから水が渡されている。
 アイリス王妃は口もつけずにしれっと大地に与えた。
 王は席に戻る。祭壇と間には即席の舞台となり、薄衣をまとう女たちが舞い始める。
 目の前に料理の盛られたお盆がおかれた。
 焼き魚に栗の実、わかめと貝のスープに、剥かれた柿、丸い餅。
 祭りの料理は手の加えるのを最小限に抑えた自然のままのものばかりだ。
 朝も昼も粥だったので、舌が鋭敏になったのかひとつひとつ味わい深い。

 
「祭りの食事は固いものが多いから、ずっと寝ていたのだからジュリアも無理しないで」

 柔らかそうなものをルシルス王子は紙皿に選んでわたしに持たせた。
 王子の手がはた止まり、わたしの顔をみて苦笑する。

「やばいね。ほんとうにジュリアだと思いかけていたよ」
「でも、今夜はわたしはジュリアなのでしょう?それでいいんじゃないの」

 
 次第に数を増していたかかり火が柔らかな笑みを照らし出す。
 王子の手は戻る代わりにわたしの髪に触れ、口づけをする。
 そして何事もなかったかのように、視線を奉納の舞を踊る女たちに向けた。

「あなたが快癒したのなら、今夜の祭りの舞は、あなたの一人舞台だっただろうに。それはそれは美しい舞を舞うのだよ」
「わたしが、そんなに上手だとは思いもしなかったわ」
 音楽もあるために会話は遠くまで響かないと思うが用心する。
「この後、一緒に夜の庭を散歩しよう」
「町の祭りに行くわけじゃなくて?」
「祭りは騒がしすぎるし、あなたを大勢の前にさらしたくない。病み上がりだから。幸い、庭は立ち入り禁止になっているし、今夜は100のかがり火がたかれているし昼間のように明るい。夜の庭を歩いたことはないだろ?」
「そうだけど……」

 甘い笑顔はわたしでないものに向けられている。
 乗り気がしなかった。

「シャディーンも一緒なら」

 いつもながら闇に溶け込むマントをはおり背後に控えている。
 目を向けると、ついと視線がそらされた。
 彼も、わたしを見ながらジュリアを見ていたのだろう。
 ルシルス王子とふたりきりになってはいけないような気がした。ルシルス王子の手はしきりにジュリア姫の髪に伸びている。シャディーンの癖と似ているが、もっと色気があってどきりとする。

「ねえ、今夜はどうしてそんなにきれいにしているの?」
 体をそらせてわたしに声をかけたのはセシリアだ。
「何を言うのかしら、この子ったら。ジュリア姫はいつもお美しいですよ」
 アイリス王妃が娘をたしなめた。
「だって、いつもは、男の、もごもご……」

 最後は口をふさがれたのだろう。
 ほほほ、とアイリス王妃は艶やかに笑った。


 
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