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第六章 収穫祭

第40話 収穫祭②

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 収穫祭の朝はあわただしく過ぎていく。
 朝から煮だした薬草で茶色くよどむ湯に頭のてっぺんまでつかり、海綿で全身をこすられると、窓辺に新たなベッドが組み立てられていて、ルシルス王子が懇意にしているというセラピストに薔薇の香りのするオイルを塗りたくられ、頭皮をマッサージされる。オイルを浸透させるためにうつ伏せに寝ている間に枕元に置かれた粥雑炊をすする。
 その次がいっこうに出てこない。

「フルーツはないの?これだけでは足りないわよ」

 30分ほど放置されたまま雑炊以外にでてくる気配がない。
 背中にかけられていたブランケットを体に巻き、簡易の衝立にかけられたシーツを手でかき分けた。
 うぎゃっとの変な声を上げてしまう。目の前にドレスが広がり、一瞬王妃が仁王立ちして待っているかと思ったのだ。
 
 ドレスの裾を直していたアリサは振り返る。
「その発言は下品すぎます。ジュリアさまはそのような奇声はあり得ませんから」
「わたしはお姫さまの代役なんかとうていできるはずがないのはアリサもわかっているでしょ。なんとか逃れる方法を考えてほしいんだけど」
「いい加減、あきらめてください。御神酒に決まったときから、ジュリア姫がとうとうお顔を見せられると市中は大騒ぎになっているのですから」
「だからといって、がさつなわたしがそのドレスを着たって」
「ジュリアさまのドレスです。神事用に用意しておりました。水草とつる草と、豊穣を表す稲の穂が透かし織された白地のドレス。なんて美しいのでしょう」

 うっとりとアリサはドレスをなでる。
 アレをきれば衣装負けするのは確定だ。

「あんたは本当に、わたしがそれを着ればお姫さまに見えると思ってるの!?」
「こんなに素晴らしい衣装ですし、遠方からも衣装の美しさは感じられます。儀式の場にはごく限られたものしか入れないようにしておりますし、黒髪の、このドレスを着た人はジュリアさまだと誰も疑いませんから!」
「衣装とかつらね」

 うんざりと、脇に寄せられたテーブルの上に生首が並べるように置かれているかつらを見た。
 儀式は夕刻から。まだ時間はある。
 それまでにお姫さまの代役を逃れる方法を考えなければならない。

「次は爪の手入れをしますからまずはオイルを流しましょう」
 再び湯に入れられる。今度は濃厚な甘い香りにむせそうになる。
 レモンの輪切りや、ミカンの皮のようなもの、それ以外にも何やら正体がわからない干からびたフルーツの残骸が浮かんでいる。
 薬草臭さよりも良いといわなければならないなのか。

「さっきの粥だけじゃ足りないから、デザートが食べたいんだけど」
「儀式の前はみそぎのために小食でなければなりませんよ。それにデザートなら今お肌が召し上がっていますよ」
 アリサは大真面目である。
「お肌じゃなくて、胃腸に食わせたいのだけど」
「だめです」
「ぶっ倒れるわよ」
「儀式ですから」

 フルーツジュースでお腹の虫をなだめた。
 本来ならジュースもだめで白湯でないといけないらしい。
 今朝から何度目かのため息がもれた。
 頼みの綱はシャディーンである。
 絶対に嫌だといえば、何とかしてくれそうな気がした。

「だから、わたしでなくてもいいと思うのよ。それらしい恰好をしてお姫さまに見えるように魔術を使ったらいいでしょう?なんだったらアリサでもいいくらい」
「わたしは黒髪ではありません」
「かつらをかぶればいいでしょう。それも魔術なら黒髪も必要ないかもしれないし」
「魔術は万能ではありませんし、イマームが使われる魔術は国の安全や緊急のためにしか使われません。それにわたしがジュリア姫の代役をするなんてそんな恐れ多いことできるはずがありませんから!」
「それはわたしも同じじゃあないの……」

 アリサに代役を頼むのも無理そうである。
 いろんなものが体に塗りこめられ、爪もきれいに磨かれ、赤く塗られ、身ぎれいに整えられていく。
 頼みの綱はシャディーンである。
 彼が顔を出したらジュリアの代役など絶対に嫌だと言おう。
 涙を浮かべて絶対嫌だといえば、わたしのために彼ならなんとか手を打ってくれそうな気がした。
 塩とわずかな発酵調味料だけで味を調えられた昼食を終える。
 気の早い祭りの囃子太鼓と笛の音が聞こえる。
 優雅ではやなかなダンスのための宮廷音楽というよりも、時折調子を外したような、幽玄の世界へ引き込むような、また腹の底からくくくと笑いを引き出すかのような、楽の音である。マグナーたち少年楽団も混ざっているのだろう。フェルドたち料理人も、神に供える食事の準備と神事の会場となった切り立つ崖の上に設置した祭壇の飾りつけに駆り出されていると聞いている。


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