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第四章 帝国の皇子

第28話 手持無沙汰

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 ハリーは、どこにも行くなよ!部屋に戻れよ!と口パクで必死にわたしに伝え、引きずられていってしまった。
 王妃の一行が去り、周囲にざわめきが戻ってくる。

「王妃さまいつみてもお美しいわ」という羨望から、「何もしないなら来るなよな」という批判的なものまで一気に噴き出している。
「ねえ、あんた王妃さまとどういう関係なのよ」

 王妃の毒気に当てられ立ち尽くしていると、野菜が浮かぶミルクスープと固く乾燥させたパンを押し付けられた。
 質素なワンピースにポニーテールの同年代の女子である。
 遠巻きにしていた若者たちが、近寄ってくる。

「ご飯がいいのならおにぎりがあるわ!」
 椀の上にパン、その上におにぎりを乗せるのは、ポニーテールの女子の友人である。
「ありがとう。食事には困らなさそうね」
「見かけたことのない顔で王妃さまと関係があり、親しいようだし、きれいな顔もしているから、セシリアさまのご友人役として王城に滞在とかしているの?」
「それとも庭師の息子とか」
 
 並ばずに朝食をありつけた分だけの情報提供をしてね、ということのようである。
 すぐ近くの木陰に両側にはさまれていく。
 追いかけてきたのはアリサである。

「ジュリさま、せっかく来ていただいたのに、食に関するところの人の許諾は王妃の侍女が采配していて、お手伝いしていただくことは無理そうですから、それを召し上がられたらお部屋か図書館かいてください」
「フェリスが食材のカットをしてほしそうだったけど」
「そうなんですが、王妃がああいった手前、侍女は固くなに拒むはずですから」
 面倒なものである。
「わたしたちも手伝うっていったんだけど、ここではおとなしくしておけって言われたのよ」

 子供扱いされて憤慨している。
 木陰にはポニーテールの女子以外にも5,6人の手持無沙汰の若者たちが集まってくる。
 アリサはすぐに呼び戻されてしまった。
 さぼるなということのようである。
 わたしをだしにしてわいのわいのと騒ぎ出す。
 彼らは仲の良いグループのようだ。
 ポニーテールはサラという。

「あんたは、王妃さまに差し迫ったものがあるでしょ、といわれていたわよね」
「手伝ってもいいっていわれるだけだけましじゃない?あんたとあたしたちそう年も違わなさそうなのに」
「町に戻る組には入れてもらえなかったし」
「かといってここに残っても、餓鬼たちの遊び相手になることぐらいしかやることないからな」
「勉強道具ならもってきたわよ。学校の宿題でていたでしょ、あんた、何も持ってきてなかったの?」
「急に王城に避難するといわれてそんなもの持ってこれるはずがないだろ!俺は勉強がそもそも嫌いなんだ」
「あいつらのように、楽器でも持ってきていたらよかったってか」

 あいつらとは、若い少年たちがひとところに集まり、思い思いの楽器を手にして演奏をしはじめていた。
 彼らの中に、先日のパーティーで一緒になったマグナーや、そのメンバーもいるかもしれない。
 自分たちは時間をいたずらにつぶすしかないのにと、恨めしそうに普段着の楽団員を見る。

「図書館という選択肢もあるのではないですか?」

 ふとあいた間に涼やかな声が滑り込む。
 全員の視線がひとり立っている若者に向かった。
 もちろんわたしもだ。
 シンプルではあるが質のよさげなシャツを着ている。
 金に銀のメッシュの髪が日差しにきらめき、気弱げな美貌がわたしの視線を捉えて笑う。
 
 わたしは咀嚼していた口の中のものを噴き出しかけ、むせた。
 ロスフェルス帝国の第三皇子。
 皇子妃候補となったのにいっこうに帝国に来ないジュリア姫の様子を確認するのに、わたしを利用して厳重に結界が張られたジュリア姫の寝室に押し入った皇子。
王国の守り石を動かし、嵐の被害を起こしたのは彼の命令ではなかったか。


「グリー!どうしてこんなところにいるの!」
「こんなところって、広間で寝るといいましたよ?」
「護衛は?」
「護衛、ですか?」
 きょろきょろとわざとらしく四囲に首をめぐらし、アストリアの護衛を指さした。
「護衛はアストリア国の護衛じゃなくて、」

 わたしは言葉を飲み込んだ。
 優し気な猫をかぶるこの線の細い美貌の若者が、帝国の皇子だとばらす必要はなかった。
 わたしが魔術師にここではない世界から召喚された光り輝く者ということを言ってまわらないのと同じだ。

「グリーってわかったけど、お前誰だよ」 

 サラの隣の少年がたちあがった。
 彼の方が、グリーより背が高い。
 腰に手をやり胸をはりグリーをにらみつけるが、グリーは笑顔で流した。

「たまたまアストリアに父に連れられて寄港して、嵐に巻き込まれてここに避難させてもらったんです」
「旅の途中でこんなことになるなんて、それは災難だったね」

 サラがいうと、あちこちから彼女に同意し同情の声が上がる。
 威圧していた少年も腰をおとした。
 彼女がリーダーのようである。
 
「でも図書館はどうかなあ」
「俺は嫌だな」
「あたしも!」

 口々に同意が上がる。
 図書館という選択肢は一番選びたくないもののようだった。

「ねえ、あんたの話を聞かせてよ」
「僕ですか、帝国から交易品を商船に乗せて、あちこち荷下ろししては特産を積み込んではまた別のところで荷下ろしして、っていう商売をしている父に勉強のためについていくことにして、初めの寄港地がアストリアで……」

 若者たちの興味はグリーに集まり、彼がどうして船にのることになったのか根ほり葉ほり聞き出している。
 わたしは食べ終わると立ち上がった。
 固いパンをスープに浸して柔らかくしてから食べるというやり方を知る前に、パンをかじかじしてパンツに散らばってしまったパンくずを払った。


「どこに行くの?」
 サラがいう。
「差し迫ったところを手伝えばいいのなら、まずはどこが差し迫っているか探しにいこうかと。手が足りているようなら、わたしの助けはいらないということで、昼寝でもしようかと思っているんだけど」
「あたしも行くわ」
「俺も」
「僕も」
「僕も、行ってもいいかな?」

 最後はグリーである。

「勝手にしたら?」
「承知してくれてよかった」

 グリーのはにかんだ笑顔に、自分にむけられたわけでもないのにきゃあと、女子たちが騒ぐ。
 高慢で傲慢な別の顔を知っているわたしは、単純にグリーの顔に浮ついたりはできない。
 むしろ、またわたしを利用して、何かしでかすつもりなのかと用心してしまう。
 手持ち無沙汰の若者たちと、一緒に解放地区を歩いてみることにした。

 炊き出しは終わっていた。
 大鍋の代わりに水を張った大きな樽が用意されていたので、その中にスープの椀をいれた。

「使い終わった食器を洗うとか、野菜の皮などが大量に出ているので、それを捨てるという手助けはできるかもしれないわね。必要なら飲み水用の水を汲んで持ってくるのもいいかも」
「食事係はだめだって王妃さまにいわれておられましたね」
 わたしの隣を歩くグリーが言う。
「食材を切ったり料理をしたりする食事係はだめだといわれたけど、食事の後の片付け係はだめだとはいわれていないわ」
「ああ、なるほど。大きくとらえるのではなくて、分断して理解するわけですね」
 グリーは妙に納得している。
「じゃあ、片付けでも手伝いますか!」
 サラはグリーと逆側の隣を歩き腕をまくる。
「全体をまず把握したい。ここは人も多いから手が足りているような気がするし」
 
 
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