悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
25 / 72
第四章 帝国の皇子

第24話 帝国の皇子

しおりを挟む
「そんな大それたこと考えたことがないわ。ただ自由だと、この手に自分の人生を握っているという感覚が重要だと思うのよ。そしてどんな結果であれ自分が納得できるように、努力するの」
「そんな幻想のために?」
「幻想ですって?」
「幻想でしょう。髪を切っても、レディのマナーを無視しても、馬鹿にされるだけではないのですか?女に生まれたのなら、持てるものをすべて使って己を教養たかく、美しく肉体も知性も磨き上げ、権力を握る者の愛を得て、その権勢を己のものにすることで、ほしいものを手に入れ、生意気な奴らを跪かせて、羨望と賞賛を集めることができるのではないですか?」

「それが、この世界での女の求めるところだというの?」

「すくなくとも、わたしの周りの女たちはそうですが。ルシルスの周りの群がる女たちを見れば、王子という権力が保証する王子妃という立場が、彼女たちにとって目の色の変わるものだということがわかるでしょう。あなたも、人に顎で使われて働かざるを得ない場合と、顎で人を使うことができるのなら、後者の方がいいに決まっているでしょう?」
「顎で使われるよりかは顎で使うほうがいいとは思うけど……」
「そうして、ジュリの成し遂げたいことを自由に成し遂げればいいのではないでしょうか」

 至極、真面目な口調に逆に笑えてしまう。

「ちょっと待って。わたしに旦那をよく選べと言っているかのように聞こえる」
「ジュリの年ならば、家柄のある出ならば婚約者がいてもおかしくない年代でしょう」
「だから、こてこてのレディになってがんじがらめになりたくないといっているでしょう。前提からして、権力のあるものを旦那にしないといけないわよね。こんな格好をするわたしを、権力を手にしている男が結婚したいと思うとも思えないのだけど」
 
 目を細めわたしの顔を眺めまわしながらグリーは熟考する。
 彼ほどの美貌があればそうたいして努力もせずに権力者の心をとらえることができるかもしれない。
 グリーが男で本当に残念に思える。

「ジュリア姫の友人の立場を利用して、妹思いのルシルスに取り入るという方法が、一番手っ取り早そうですが、そういうこともジュリはしていないようですし……」

 頭の足りないものを哀れに見る目つきである。
 いつの間にか、グリーは丁寧な口調ながらもアストリアの王子のことを呼び捨てに呼んでいることに気が付いた。
 
「ねえ、さっきからルシルス王子のことを呼び捨てにしているけど、気を付けた方がいいんじゃない?わたしだからいいけど」
「あいつのことは呼び捨てでいいんです」
「どうして?」
「どうしてって、それは……」

 説明をしかけてグリーはやめた。
 グリーは小首をかしげて、タオルをかぶるわたしの表情をうかがう。
 新緑の目が、鈍く陰る。

「あなたは本当に面白いですね。成し遂げたいことが明確にあるわけじゃないのでしたら、この小さな島を出て、いろいろと見分を広めながら考えるということもいいかも」
「それはわたしを誘っているの?」
「誘って……」

 グリーは噴き出しかけたが、踏みとどまった。
 真剣な顔になる。
 彼は熟考しているとき瞳の色に深みが加わるようだ。
 普段は美少年にしかみえないのに、時折、人生の苦悩のすべてを知っているかのような大人びた顔つきになる。

「誘っているといえば、そういうことになるかもしれませんね」
「先のことはわからないの。今はそれどころではないから」
 
 ジュリア姫が目覚めて、この世界でのわたしの役目が終わり、その時にまだ命があれば。
 元の世界に戻るには、満月や新月など、巡り合わせの時期を待たなくてはならなかったりして、自由に行動できる時間が幾日かあるのであれば。
 ジュリア姫が目覚めても目覚めなくても、役目を終えたわたしが、シャディーンや他の魔術師たちが力を尽くしても元の世界に戻ることができなければ。
 わたしは用なしだ。 

「状況によっては、ここから離れることができるかもしれない。グリーは帝国の人なの?」
「ロスフェルス帝国の出身です」
「貴族なの?」
「そこそこの身分ですよ。結婚はいろいろ口をはさむ者たちがいるのでできませんが、わたしの後ろ盾を得るのであれば、顎で人を使うことも可能かもしれませんね」
 さらりと言ってのける。
「館の女中とかに?」
「館の女中とか、その他の者にたいしても」
「そのためには、あんたの愛を得るために教養高くなって、わたしの持てるもの全てを使って肉体も美も磨きあげなければならないのでしょ」
「あはは!そうかもしれないし、そうじゃないともいえるというか。ジュリにそこまで求めていませんよ。あなたは別枠ということで」
「そこそこ身分のあるあんたがジュリア姫に会いたいというのは、さらに権力を持つ主人のために確認してこいとかいわれているからなの?」
「ジュリア姫、ですか」

 わたしに集中していた興味が、上滑りした。
 グリーの意識がジュリア姫から離れていたのに、再び引き戻してしまった。
 その時、マンゴーやそこかしこに着床させたカトレアやビカクシダをかき分けてきた者はルシルス王子。疲労の色が隠せない。話に夢中になって、ジュリア姫の部屋に入ってきたことに気がつかなかった。

「もう、そこまでにしてください、グリーリッシュ皇子。ここまで乗り込んでくるとは思いもしませんでした」
「闖入者を簡単に王城の奥つ城まで引き込ませてしまえる方が、問題なのじゃないか?」
「嵐につけ込んで、港町の結界石を破損させ、移動させ、混乱に陥れたのは誰ですか。王城の守り石が不安定なのも、まさかあなたがしたのですか。国際問題になりますよ」
「俺ではなく、俺付きの魔術師だけどな。外からの敵からの防御はそこそこあるかもしれないが、内側からの謀略に弱いというのがわかってよかったじゃないか」
「避難民が押し寄せて王城一階はカオスな状態になっているのですよ」
「そこをうまく収束させるのが避難訓練だろ」
「訓練ではなくて、実際に暴風、高波の被害が発生しているのですが」
「そもそも魔術師に頼りすぎているのではないか」

 グリーのルシルス王子に対する口調がぞんざいである。

「ちょっと待って、グリーは誰ですって?」

 グリーは、ルシルス王子に謁見するために来たのは嘘だと言っていた。
 ルシルス王子はあきらめのため息をついた。
 
「こちらの方は、ロスフェルス帝国の皇子、グリーリッシュ皇子です」
「俺の婚約者候補に会いに来た。隠されれば暴かれるのは、ルシルスも承知の上だろ」
「ですが、このような混乱を引き起こされるとは思いもしませんでした……」

 グリーから優し気な表情が完全にそぎ落ちる。
 触れたら指を落とされそうな刃のような鋭さがあった。
 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...