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第二章 わたしは実はイケてない子?

第12話 酒蔵①

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 昼を回り楽団の午前の出番が終わる。
 女性たちの歌唱音楽団が後を引き継いだ。
 楽団の片付けが始まっている。
 美味しそうな匂いにさきほどから止めようにもいかんともしがたくお腹の虫が騒いでいて、隣の少年はあきれた目を向けてきていた。彼はマグナーと言って、16歳で宮廷楽団に所属し5年目の中堅だそうである。
 線が細いが背は同じぐらいで、まさか二つも年下だとは思わなかった。

「なあ、一緒に食べないか?食堂でも、この会場でも食べてもいいって許可を得ているけど、どうする」
「食堂の方がいいなあ」
「そうだよな。食事のレベルは落ちそうだけど、お偉いさんたちばかりで粗相をしてしまうか気を張るよりも食堂のほうがたらふく食べれそうだしな」

 その年ごろの男子は見た目が美しい料理よりも、お腹いっぱい食べられる方が魅力的である。
 楽団の前を何人も見知った顔が行き交っていた。
 彼らはわたしを見ているようで見ていないので、気づかれていない自信があったが、制服姿を知っているセドリック騎士隊長やハリーも通りすぎていく。
 ハリーが探しているのは、重いかつらをかぶったドレスのレ・ジュリ。
 そうである限り、ハリーはわたしを見つけられないだろう。

 わたしとマグナーの目の前に、クラッカーにサラダやサラミ、チーズ、トマトといった彩鮮やかなオードブルの皿が出現する。

「差し入れかよ!?気が利く!俺たちのために!?」
 マグナーは喜んだが、わたしはその皿を支える手首の袖の、金糸で細かな刺繍がなされた豪奢な衣装の主を顔までたどる。
 笑いをこらえ、青い目をきらめかせているのは、間近で見ても今まさに細かな櫛を通したかのような艶髪のルシルス王子。

「そうだよ。あなたたちのために適当にみつくろってもらったよ。その笛の子のお腹の音が、わたしの耳まで届いたからね」

 皿の上のクラッカーはたちまちほうぼうから伸びた手に消えてく。

「あなたも食べないの?もう少し取ってこようか?育ち盛りなんだからちゃんと食べないと大きくならないよ」

 視線がわたしの胸に落ちた。
 あきらかに王子は面白がっている。
 同時に、王子の背後からいくつもの刺すような視線が王子と対面しているわたしに突き刺さる。
 王子に運ばせるなんて、楽団のあの子はどこのご子息かしら?とひそひそとささやかれている。
 目立ちたくないわたしは肩をすくめた。

「わた……、僕は、食堂でいただくことにいたしますから、わた……、僕のことは、ご心配なく」
「そんなところにいるとは思わなかったから、心配するというよりも気になってしまったよ。途中で気が付いてから何度も確認してしまった。今度は何をしているのかと」

 王子はくくくっと喉の奥で笑いをかみ殺している。
 王子は陽気な性格のようである。月光のような冷ややかさを感じさせるのがシャディーンならば、ルシルス王子はひだまりのような温かさを感じさせた。

「どちらかというと、これが僕の普段の姿なので」
「楽団員であることが?」
「楽団員のような恰好をすることが」
「へえ……?」
 
 ルシルス王子はようやく笑いを飲み込んだ。わたしに興味をひかれたようである。 

「おい、おまえ王子と知り合いなのかよ!王子は二年ぶりの帰国だからその前から知っているってことかよ。もしかして、いいところの息子だったのか?同年代の貴族の息子は全員頭に入っていると思っていたんだけどなあ」

 マグナーが肘で脇を小突くと、王子に向き直り背中を立てて姿勢を正し、右の掌を左の胸にあて、正式なお辞儀をする。
 16歳なのにさまになっている。
 彼は、ラがつくマグナーかもしれない。

「こんにちは!ルシルス王子!俺はこの楽団でグループリーダーを今年から任されることになったマグナーと申します。楽団員を紹介させてください」
 
 わたしは王子がマグナーを正面に、少年楽団員たちに取り囲まれて身動きが封じられているのを見計らい、後ろににじり下がっていく。
 王子が首をめぐらせて目で必死にわたしを引き留めようとしたが、一足早くわたしは輪から抜け出した。

「ちょっと、待って……」
 王子の慌てた声が追いかけたが、置き去りにする。
 大股で会場の外へと続く開け放たれた扉へと向かった。
 午前中、王子がダンスをしているときを除いて、背後でずっと付き従っていたシャディーンが、王子が話しかけた楽団員に紛れたわたしに気が付かないはずはなかった。

 そのシャディーンは、少し離れたところで令嬢たちに行く手を遮られている。
 廊下に出たとたん、エプロン姿の大きな腹をした料理人の男と危うくぶつかりかけた。
 肉を大量に盛り上げた大皿を彼が落とせば大惨事になるところだった。

「小僧、気を付けろ!楽団の仕事が終わって休憩時間にはいったのなら、ちょっと助けてくれ!会場に出す酒が足りないから、酒蔵から適当に持てるだけもってきてくれ!」

 無視していこうとしたが、酒蔵で足を止めた。
 酒蔵を持ち酒を造るのが藤崎家の家業である。
 大学は都会にいき、卒業したら家業とは全く違う方へ進もうと思っていたけれど、異世界の酒蔵と聞けば、知りたくなる。
 後ろずさりに引き返した。

「いいよ。その、宮廷の酒蔵は一体どこに?」
「知らないのか?右行って、外に出て、いくつかある蔵のうちの……。ああ、もう、途中で誰かに聞けばわかるから。とにかく、料理部門は、てんてこ舞いなんだ。おっと、忘れるところだった。これを持って行け!」
 
 ふっくら赤ら顔の料理人は、白いエプロンの胸元にかけていたものを取り、わたしに向かって投げた。
 木片のようなものが空に孤を描く。
 空中で受け止めた。それは、手の脂や料理の油でつやつやになった細長い札である。
 小さな穴に革ひもが通してあった。
 男の匂いと獣の匂いが混ざって、元の持ち主がしていたように、首に掛けたくなかった。

「これは、何?」
「酒蔵の鍵だよ。食料関係には結界が張ってある。不審者が入れないようにしているんだ。それを持っていれば結界を抜けられるだろうよ。とにかく急いでくれ!呼び止められたら、料理長に頼まれたというといい!」
「わかった!」

 わたしは札を握りしめて駆け出した。

 
 
 

 
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