28 / 41
水かけ祭
27、巫女と解呪1
しおりを挟む
神官の進行で儀式は執り行われる。
神官たちの中でも、それを見たのはごく一部。
進行役の彼はその見れない人だった。
さもなければ怖くて、それが潜む堀の縁になどとても立てなかっただろう。
ルージュ王子の役割りは、水の巫女役の娘に花を渡す。
そして、
「美しき巫女よ!
水の精霊に舞いを捧げよ!
水の精霊の妻となり糧となり、我と共にパリスに千年の繁栄を導いておくれ!」
というのだ。
水の巫女はそれに答える。
「パリスの王よ!
舞いと、この身を捧げましょう!
パリスに万年の平和が訪れますように!」
そして、王子から花を受け取った巫女はくるくると適当に舞い、花ごと水に飛び込む。
それを合図に観衆が各々手にした花を投げ込んで、この儀式は終わる。それから、町中で水を掛けあって自分たちを清める、水掛け祭りが始まるのだ。
毎年そういう手順になっている。
神官に手を引かれて前に出たリリアスは、ほどこされた刺繍が大変美しい、ま白い布を頭から被っている。
その顔は半分隠されている。
全ての視線を四方から浴びながら、リリアスは水面に目を落としていた。
探ると、それはそこにいた。
リリアスの姿をその目で確認し、リリアスがいつものように届けられるのを待っていた。
リリアスはさらに堀の内側や周囲を探る。
古い呪術の存在を感じていた。
呪術が堀の内側、大地、城などに、強固に縫い込められていた。
そのやり方は、森の民の最後の王リヒターがした方法と酷似していた。
リヒターは感覚を狂わせるものを森に縫い込めたが、ここにある呪術は、水の精霊の一部を世界から切り離し、閉じ込める呪いだった。
ルージュの出番が来た。
定められた口上を述べると、リリアスへ舞に使うラベンダーの青い花を手渡す。
リリアスは受け取った。
そして、昨晩何度も練習をした口上を述べ返す。
その左手の指先まで描かれているのはヘナの美しい紋様。
ルージュは巫女の手先を見ていた視線を、顔を隠す被り物に移した。
その被り物を取り、巫女の顔をお披露目をして、ルージュ王子の仕事は終わりだった。
ルージュはま白い布をふわっと浮かせた。高く結い上げた黒髪の、後ろに流した絹糸のような毛先が布にほんの少しまとわりついて、ルージュの手元まで届く。
(ああ、やはり綺麗な髪だ)
ルージュは思った。
今朝の禊でみたその娘は、水の巫女の役目を果たすために目の前にいた。
この巫女役をして水に飛び込んで、生きて帰ってきたものはいない。
パリスの政治の中枢にいるものと祭に関わる者なら誰もが知っている、国民には明らかにできない秘密のひとつである。
だからこそ、娘の命と引き換えに多額の金が家族に支払われる。
娘が帰らない理由は、時に心臓マヒとも不慮の事故とも説明されたが、実際には先程はじめて姿を現した、黒い鱗のそれに食われていたのだろう。
この水の精霊をなだめるおぞましい儀式は、王が健在のときは王が毎年行う。
現在の王が倒れてからは王位継承権のあるカルサイト第一王子とルージュ第二王子が交代で行っている。
娘は顔を上げた。
ルージュの想像を超える美しい顔だった。
長いまつげが黒曜石の宝石のような瞳を縁取る。
その目はルージュを、恐れもなく強い覚悟をもって射た。
「王の代理よ!千年の呪いから、それを解放してもよいか?」
ぬばたまの黒い髪、黒い瞳、凛として自信に満ちた美しい娘。
(これが村娘のビビアン?)
田舎娘というより、それは巫女そのものだとルージュは思った。
「ルシルの血族の末よ!このあわれな水の精霊の成れの果てを解放するか」
娘の言葉は定められた口上の続きのようだった。
娘の覚悟を決めた強い意思に流される。
何をするつもりなのか、彼女は何ができるというのか。
ルージュは生け贄の儀式を快く思ったことなど一度もない。恐らく、このおぞましい事実を知っているものは皆。
だが、誰も終わらせることはできなかった。
それを、この娘はどうしようというのだろうか。それを解放できるならば、延々と続くおぞましい犠牲を終わらせることができるのだ。
ルージュは答えた。
「解放できるものならしてみせよ!」
娘は微笑む。
感謝の笑み。
娘は手を伸ばし、ラベンダーごと細かくゆする。
花弁がこすれて軽く乾いた音がした。
その音は、
シャラシャラシャラン
とルージュには聞こえた。
巫女は感謝を宿した煌めく瞳をルージュに絡ませて、ほどいた。
そして、舞はじめる。
古い時代に縫い込められた呪術を舞でほどいていく。
城の壁に、屋根に、窓に、門に、橋に。そしてあちらこちらに、その呪縛の糸はあった。
足先、指先まで意識を行き届かせ、固く結ばれた呪文の、逆の呪文を己の体で紡ぎ、緩ませ、更に舞い、ほどいていく。
クモの巣のような呪縛の檻にとらわれていた古き水の精霊の、エネルギーの循環を妨げていたものが、巫女の美しくも複雑な舞により、ひとつ、ふたつと解呪されていく。
古き呪縛が緩む異変に気がついたのは、神殿の奥で儀式を見守っていた神官長。
彼は滅多に姿を人目にさらすことはない。
生け贄の巫女が、パリスの力の象徴とも言うべき、水の神を解放しにかかっている緊急事態にようやく気がついた!
だが、正当なパリスの王の代理の言葉を、神殿の奥からは取り消すことができなかった。
「まさかお前は、まさか、あなたは」
ようやくルージュは気がついた。
その巫女は、ルージュが記憶に深く刻み付けたエディンバラの舞姫そのものだった!
同時に気がついたのは、貴賓席のムハンマド。
腰を浮かして身を乗り出した。
ここにいるはずのない彼の心の一部、最愛の人。
「なんでリリアスがここにいる!?」
リリアスは全ての観衆の視線を集め、それさえも解呪の舞に込める。
誰にもなし得ない、今日のこの場でしかなしえない、強力な解呪の舞をリリアスは紡いだ。
先年の間、耐え続けた束縛の糸は、とうとうほどけて砕かれ、パラパラと夢の如くに霧散していく、、、。
その儚い夢の欠片をみることができた者は、黒い鱗の水の神をみた、ほんのごくごく一部の者だけ。
巫女の舞により、地上の呪縛が解かれた。
残りの呪いは水の中だけだった。
ではすることはただひとつ。
巫女は手に花をもったまま、迷いもなくザブンと水に飛び込んだ!
神官たちの中でも、それを見たのはごく一部。
進行役の彼はその見れない人だった。
さもなければ怖くて、それが潜む堀の縁になどとても立てなかっただろう。
ルージュ王子の役割りは、水の巫女役の娘に花を渡す。
そして、
「美しき巫女よ!
水の精霊に舞いを捧げよ!
水の精霊の妻となり糧となり、我と共にパリスに千年の繁栄を導いておくれ!」
というのだ。
水の巫女はそれに答える。
「パリスの王よ!
舞いと、この身を捧げましょう!
パリスに万年の平和が訪れますように!」
そして、王子から花を受け取った巫女はくるくると適当に舞い、花ごと水に飛び込む。
それを合図に観衆が各々手にした花を投げ込んで、この儀式は終わる。それから、町中で水を掛けあって自分たちを清める、水掛け祭りが始まるのだ。
毎年そういう手順になっている。
神官に手を引かれて前に出たリリアスは、ほどこされた刺繍が大変美しい、ま白い布を頭から被っている。
その顔は半分隠されている。
全ての視線を四方から浴びながら、リリアスは水面に目を落としていた。
探ると、それはそこにいた。
リリアスの姿をその目で確認し、リリアスがいつものように届けられるのを待っていた。
リリアスはさらに堀の内側や周囲を探る。
古い呪術の存在を感じていた。
呪術が堀の内側、大地、城などに、強固に縫い込められていた。
そのやり方は、森の民の最後の王リヒターがした方法と酷似していた。
リヒターは感覚を狂わせるものを森に縫い込めたが、ここにある呪術は、水の精霊の一部を世界から切り離し、閉じ込める呪いだった。
ルージュの出番が来た。
定められた口上を述べると、リリアスへ舞に使うラベンダーの青い花を手渡す。
リリアスは受け取った。
そして、昨晩何度も練習をした口上を述べ返す。
その左手の指先まで描かれているのはヘナの美しい紋様。
ルージュは巫女の手先を見ていた視線を、顔を隠す被り物に移した。
その被り物を取り、巫女の顔をお披露目をして、ルージュ王子の仕事は終わりだった。
ルージュはま白い布をふわっと浮かせた。高く結い上げた黒髪の、後ろに流した絹糸のような毛先が布にほんの少しまとわりついて、ルージュの手元まで届く。
(ああ、やはり綺麗な髪だ)
ルージュは思った。
今朝の禊でみたその娘は、水の巫女の役目を果たすために目の前にいた。
この巫女役をして水に飛び込んで、生きて帰ってきたものはいない。
パリスの政治の中枢にいるものと祭に関わる者なら誰もが知っている、国民には明らかにできない秘密のひとつである。
だからこそ、娘の命と引き換えに多額の金が家族に支払われる。
娘が帰らない理由は、時に心臓マヒとも不慮の事故とも説明されたが、実際には先程はじめて姿を現した、黒い鱗のそれに食われていたのだろう。
この水の精霊をなだめるおぞましい儀式は、王が健在のときは王が毎年行う。
現在の王が倒れてからは王位継承権のあるカルサイト第一王子とルージュ第二王子が交代で行っている。
娘は顔を上げた。
ルージュの想像を超える美しい顔だった。
長いまつげが黒曜石の宝石のような瞳を縁取る。
その目はルージュを、恐れもなく強い覚悟をもって射た。
「王の代理よ!千年の呪いから、それを解放してもよいか?」
ぬばたまの黒い髪、黒い瞳、凛として自信に満ちた美しい娘。
(これが村娘のビビアン?)
田舎娘というより、それは巫女そのものだとルージュは思った。
「ルシルの血族の末よ!このあわれな水の精霊の成れの果てを解放するか」
娘の言葉は定められた口上の続きのようだった。
娘の覚悟を決めた強い意思に流される。
何をするつもりなのか、彼女は何ができるというのか。
ルージュは生け贄の儀式を快く思ったことなど一度もない。恐らく、このおぞましい事実を知っているものは皆。
だが、誰も終わらせることはできなかった。
それを、この娘はどうしようというのだろうか。それを解放できるならば、延々と続くおぞましい犠牲を終わらせることができるのだ。
ルージュは答えた。
「解放できるものならしてみせよ!」
娘は微笑む。
感謝の笑み。
娘は手を伸ばし、ラベンダーごと細かくゆする。
花弁がこすれて軽く乾いた音がした。
その音は、
シャラシャラシャラン
とルージュには聞こえた。
巫女は感謝を宿した煌めく瞳をルージュに絡ませて、ほどいた。
そして、舞はじめる。
古い時代に縫い込められた呪術を舞でほどいていく。
城の壁に、屋根に、窓に、門に、橋に。そしてあちらこちらに、その呪縛の糸はあった。
足先、指先まで意識を行き届かせ、固く結ばれた呪文の、逆の呪文を己の体で紡ぎ、緩ませ、更に舞い、ほどいていく。
クモの巣のような呪縛の檻にとらわれていた古き水の精霊の、エネルギーの循環を妨げていたものが、巫女の美しくも複雑な舞により、ひとつ、ふたつと解呪されていく。
古き呪縛が緩む異変に気がついたのは、神殿の奥で儀式を見守っていた神官長。
彼は滅多に姿を人目にさらすことはない。
生け贄の巫女が、パリスの力の象徴とも言うべき、水の神を解放しにかかっている緊急事態にようやく気がついた!
だが、正当なパリスの王の代理の言葉を、神殿の奥からは取り消すことができなかった。
「まさかお前は、まさか、あなたは」
ようやくルージュは気がついた。
その巫女は、ルージュが記憶に深く刻み付けたエディンバラの舞姫そのものだった!
同時に気がついたのは、貴賓席のムハンマド。
腰を浮かして身を乗り出した。
ここにいるはずのない彼の心の一部、最愛の人。
「なんでリリアスがここにいる!?」
リリアスは全ての観衆の視線を集め、それさえも解呪の舞に込める。
誰にもなし得ない、今日のこの場でしかなしえない、強力な解呪の舞をリリアスは紡いだ。
先年の間、耐え続けた束縛の糸は、とうとうほどけて砕かれ、パラパラと夢の如くに霧散していく、、、。
その儚い夢の欠片をみることができた者は、黒い鱗の水の神をみた、ほんのごくごく一部の者だけ。
巫女の舞により、地上の呪縛が解かれた。
残りの呪いは水の中だけだった。
ではすることはただひとつ。
巫女は手に花をもったまま、迷いもなくザブンと水に飛び込んだ!
1
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
白銀のたてがみはもうありません
さくら乃
BL
『白銀のたてがみ』のSS短編集。
オンラインイベント用に書いた二作。
本編『白銀のたてがみ』でイオを探しの旅に出たトールは無事イオを探しあて……。
『えちすると……☓☓☓(ぺけぺけぺけ)』
本編ラストで神が施した呪詛とは?
甘々いちゃいちゃな話。
『銀色のリボン』
イオがいつも髪につけている銀色のリボンに纏わる話。
全体表紙 有田夕姫 様
『銀色のリボン』挿絵 さくら乃
開発されに通院中
浅上秀
BL
医者×サラリーマン
体の不調を訴えて病院を訪れたサラリーマンの近藤猛。
そこで医者の真壁健太に患部を触られ感じてしまう。
さらなる快楽を求めて通院する近藤は日に日に真壁に調教されていく…。
開発し開発される二人の変化する関係の行く末はいかに?
本編完結
番外編あり
…
連載 BL
なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。
※入院編に関して。
大腸検査は消化器科ですがフィクション上のご都合主義ということで大目に見ながらご覧ください。
…………
やばい彼氏にご注意を
SIVA
BL
俺は今、恐怖に怯えながら高校生活を送っている。
……何故か…… そいつは、毎日見ている学校の教師のせいだ!! 何故、こいつと一夜を共にしたのか?!
「俺の“女”にしてやるよ」 ギラリと光る眼光。
欲に飢えた狼に喰われる俺の貞操!!! 変態教師と、学校イチモテ男のハチャメチャ ラブコメディー?!
*-*-*-*-*-登場人物*-*-*-*-*-*-
武田 倫太郎 (タケダ リンタロウ)18歳
学校イチのモテ男だが、何にも興味を示さない冷めた男子。
眼鏡をかけているせいで、真面目に見られるが、頭の中は、漫画やアニメの事しか考えていない。
実は隠れアニオタ。の、くせに成績は常にトップ。
176㌢の68㌔ 誕生日:5/1
有栖川 恭平 (アリスガワ キョウヘイ)28歳
現在臨時教師、担当科目社会。
無駄にイケメンで、女子達にモテるのだが、脳ミソは、倫太郎を襲うことしか考えていない。
私生活は今は謎。
189㌢の79㌔ 誕生日:7/1
相良 有太(サガラ ユウタ)18歳
倫太郎と、同じくらいモテ男。
倫太郎と同じクラスで倫太郎唯一の友。
一見チャラく見えがちだが、根は真面目。 倫太郎を密かに好きなことは、隠しているつもりだが、バレバレ。
181㌢の73㌔誕生日:12/26
*加筆、修正がはいるかもしれません。ごめんなさい!
登場人物は増えます!! 頑張って仕上げます!
おとこの娘の恋愛事情
綾月百花
BL
スマホゲームの『俺様の天使』通称『俺天』という乙女ゲームに登場するイケメン5人の相方の恋愛事情になります。
いつも違うBLを書いてみました。
途中で女の子も出てきますが、すべて○○○になります。
18禁のところには※が付けられています。
ゲームの世界なので、何でもありの世界です。
お勧めは、ラクイナミューネの話です。この話のために、他の4人のストーリーがあります。
チェリーモーニア(転生者)×アスビラシオン王太子
モモモーニア(転生者)×ラウ・クローラー(アスビラシオンの従者)
ビオニエーレ×レユール・シメトリーナ(宰相)
メアリー×コンスタ・コーリオン(チェリーの親友)
ラクイナミューネ(ミューネ)(ハル)(転生者)×オブリガシオン・カスティージョ(隣国の国王)
双子のチェリーとモモは、小さな頃から入れ替わりよくしていた。チェリーはモモの身代わりとして、お妃教育に通ううちに、モモの婚約者のアスビラシオン王太子のことを好きになっていく。モモはアスビラシオン王太子の従者であるラウ様が大好きで、自分の婚約者のことは興味が無い。モモの身代わりなっているのに、アスビラシオン王太子に好きだと言われて、チェリーはつい、自分の気持ちのままに好きだと告げてしまう。
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる