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第十二話 雨乞い祈願
129-1、絶望と奇跡
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神事の後、ジルコンとロゼリアはテントに籠ったきり、夕方になっても出てこなかったという。
ワルツを踊った後のジルコンの記憶は、あいまいである。
身体が石のように重く、いかんしがたい睡魔に襲われたのを覚えている。
あの状態で、ロゼリアをどうこうできたとは思えない。
泉の水位が急激にあがり、浸水の危機になってしびれを切らした黒騎士がテントに踏み込んだ。
その時、ジルコンはロゼリアを抱いていて、引き離そうとしてもジルコンが離そうとせず苦労したとアヤが言っていた。
そのあたりもあいまいである。
雨に濡れてロゼリアは、風邪をひいてしまい、あれから部屋で休んでいる。
自分とロゼリアは、一線を越えたのか越えてないのか?
センシティブな内容なだけに、ロゼリアに聞くに聞けない。
抱いても抱いていなくても、ロゼリアを手放したくないというジルコンの気持ちは、ロゼリアに伝わったと思う。
ロゼリアの体調が整うのを待ち、雨乞い祈願の間にするはずであった話をするつもりなのだが。
その前に、ジルコンはしなければならないことがあった。
それで連日、父王の夕食に同席している。
雨は三日三晩降り続いていた。
そこには、雨で足止めされているロゼリアの父、ベルゼ王もいる。
二人はいくら話しても話は尽きない。10年の空白が埋まらないようである。
ジルコンから見ても、二人は親しい。
父がアメリアの代役に急きょ抜擢するぐらいに。
今から思うと、ベルゼ王も代役指名の可能性を意識していたのではないかと思う。
ジルコンがロゼリアを選んだ時は、他の誰でもないロゼリアが心に定めた未来の妻であると宣言することと同然だった。
勇気が必要だった。父もベルゼ王を指名した時、まったく何も考えていないわけではなかったと思うのだ。
30代後半のベルゼ王の端正な顔立ちは、品格を漂わせている。
顔に刀傷のある獰猛な風格の父と肩を並べると、よりいっそうアデールの王の甘さが際立った。
二人とも顔を真っ赤に日焼けしているのは腹違いの兄弟かと思えるほどではあったが。
母も頬骨の上と鼻の頭を日焼けしているが、炎天下の元、踊り続けていたという二人ほどではない。
フォルスは機嫌が良かった。
饗される食事は賓客をもてなすのに充分だとはいえない。
ただし、父秘蔵の貴重な酒が、ベルゼ王の器になみなみつがれている。
そして、同席するジルコンに父王はいつものように関心があるというわけでなく、視線はベルゼに注がれている……。
「ジルコン!エールに恵の雨を降らせたエールの次期王にしては静かではないか?何か言いたいことがあって、毎日そこに座っているんだろ?明日には雨もやむ。ベルゼがアデールに帰ってしまうぞ。そうなれば、いちいちお伺いを立てにエールとアデールを何度も往復することになるではないか」
不意に話題をふられた。
ベルゼがジルコンに顔を向ける。
ロゼリアの青灰色の目は父親譲りである。
ロゼリアが黙っていれば、品の良さげな感じがするのも似ているといえるだろう。
「あの時のお怪我は……」
「お陰さまで大丈夫だ。心配をかけて申し訳ない」
「その節はご無礼を……」
「違うだろ!」
父の叱責が飛んだ。
端的に要件を言えと促した。
「ロゼリア姫を改めてわたしの妻にと思っております。そのお赦しをいただきたく思いまして」
「あの子はいろいろと難しいのだが」
「充分に存じております」
「エールの王子と問題がありそうなら、好きな男と結婚させるとセーラは申していたが……」
「それは……」
ロゼリアは自分のことが好きである、そう主張すればいいのか。
それはとても自分の口から言えそうにない。
本当の気持ちは本人にしかわからない。
好きだけでは結婚できない。もっと、愛がいる。もしくは決意が。
ベルゼは目元を緩ませた。
整った顔がぐっと甘くなる。
「あの最後の雨音のワルツを見たよ。噂では、これまでいろいろあったようだ。わたしもロゼリアを連れ帰るつもりであったが、ロゼリアの気持ちやジルコン殿の互いを想いあう気持ちがひしひしと伝わってきたよ。ふたりが結婚すると合意したのなら、我々は口をだすことはない。だが、日取りは決めたほうがいいだろう」
「春にでもと思っています」
心臓がバクバクいっている。
婚約無期限延期の事を暗に非難されたような気がしたのだ。
とはいえ、これ以上期待できないほどいい反応である。
ジルコンの返事にフォルス王は声をあげて笑った。
「さすが、お前の娘だ!結婚など全く興味がないといって渋っていた俺の息子を虜にしてしまうのだからな」
ベルゼは思案顔。
「春か。ロゼリアの誕生日も春だから、頃合いとしてはいいと思うが、できるのならばもう少し早くした方がいいだろう。なにせ、好奇心旺盛の、なんでもしたがる子だから変に猶予があると、興味が思わぬ方向へ転がって行き、ジルコン殿が置き忘れられることもあり得るかもしれないからな。そうだな、例えば、また男装をして、諸国を見聞したいとかいいだしそうな気がするのだが」
「うわはははっ。ロゼリア姫は、セーラに似たのか?そうなんだな!?」
フォルス王は腹を抱えて笑う。
ごくりとジルコンは生唾をのんだ。
いわれてみるまでもなく、ロゼリアがしそうな気がした。
結婚は春までに行う、ジルコンはそう決意したのである。
そしてもうひとつ、フォルス王の反応から気がついたことがある。
ワルツを踊った後のジルコンの記憶は、あいまいである。
身体が石のように重く、いかんしがたい睡魔に襲われたのを覚えている。
あの状態で、ロゼリアをどうこうできたとは思えない。
泉の水位が急激にあがり、浸水の危機になってしびれを切らした黒騎士がテントに踏み込んだ。
その時、ジルコンはロゼリアを抱いていて、引き離そうとしてもジルコンが離そうとせず苦労したとアヤが言っていた。
そのあたりもあいまいである。
雨に濡れてロゼリアは、風邪をひいてしまい、あれから部屋で休んでいる。
自分とロゼリアは、一線を越えたのか越えてないのか?
センシティブな内容なだけに、ロゼリアに聞くに聞けない。
抱いても抱いていなくても、ロゼリアを手放したくないというジルコンの気持ちは、ロゼリアに伝わったと思う。
ロゼリアの体調が整うのを待ち、雨乞い祈願の間にするはずであった話をするつもりなのだが。
その前に、ジルコンはしなければならないことがあった。
それで連日、父王の夕食に同席している。
雨は三日三晩降り続いていた。
そこには、雨で足止めされているロゼリアの父、ベルゼ王もいる。
二人はいくら話しても話は尽きない。10年の空白が埋まらないようである。
ジルコンから見ても、二人は親しい。
父がアメリアの代役に急きょ抜擢するぐらいに。
今から思うと、ベルゼ王も代役指名の可能性を意識していたのではないかと思う。
ジルコンがロゼリアを選んだ時は、他の誰でもないロゼリアが心に定めた未来の妻であると宣言することと同然だった。
勇気が必要だった。父もベルゼ王を指名した時、まったく何も考えていないわけではなかったと思うのだ。
30代後半のベルゼ王の端正な顔立ちは、品格を漂わせている。
顔に刀傷のある獰猛な風格の父と肩を並べると、よりいっそうアデールの王の甘さが際立った。
二人とも顔を真っ赤に日焼けしているのは腹違いの兄弟かと思えるほどではあったが。
母も頬骨の上と鼻の頭を日焼けしているが、炎天下の元、踊り続けていたという二人ほどではない。
フォルスは機嫌が良かった。
饗される食事は賓客をもてなすのに充分だとはいえない。
ただし、父秘蔵の貴重な酒が、ベルゼ王の器になみなみつがれている。
そして、同席するジルコンに父王はいつものように関心があるというわけでなく、視線はベルゼに注がれている……。
「ジルコン!エールに恵の雨を降らせたエールの次期王にしては静かではないか?何か言いたいことがあって、毎日そこに座っているんだろ?明日には雨もやむ。ベルゼがアデールに帰ってしまうぞ。そうなれば、いちいちお伺いを立てにエールとアデールを何度も往復することになるではないか」
不意に話題をふられた。
ベルゼがジルコンに顔を向ける。
ロゼリアの青灰色の目は父親譲りである。
ロゼリアが黙っていれば、品の良さげな感じがするのも似ているといえるだろう。
「あの時のお怪我は……」
「お陰さまで大丈夫だ。心配をかけて申し訳ない」
「その節はご無礼を……」
「違うだろ!」
父の叱責が飛んだ。
端的に要件を言えと促した。
「ロゼリア姫を改めてわたしの妻にと思っております。そのお赦しをいただきたく思いまして」
「あの子はいろいろと難しいのだが」
「充分に存じております」
「エールの王子と問題がありそうなら、好きな男と結婚させるとセーラは申していたが……」
「それは……」
ロゼリアは自分のことが好きである、そう主張すればいいのか。
それはとても自分の口から言えそうにない。
本当の気持ちは本人にしかわからない。
好きだけでは結婚できない。もっと、愛がいる。もしくは決意が。
ベルゼは目元を緩ませた。
整った顔がぐっと甘くなる。
「あの最後の雨音のワルツを見たよ。噂では、これまでいろいろあったようだ。わたしもロゼリアを連れ帰るつもりであったが、ロゼリアの気持ちやジルコン殿の互いを想いあう気持ちがひしひしと伝わってきたよ。ふたりが結婚すると合意したのなら、我々は口をだすことはない。だが、日取りは決めたほうがいいだろう」
「春にでもと思っています」
心臓がバクバクいっている。
婚約無期限延期の事を暗に非難されたような気がしたのだ。
とはいえ、これ以上期待できないほどいい反応である。
ジルコンの返事にフォルス王は声をあげて笑った。
「さすが、お前の娘だ!結婚など全く興味がないといって渋っていた俺の息子を虜にしてしまうのだからな」
ベルゼは思案顔。
「春か。ロゼリアの誕生日も春だから、頃合いとしてはいいと思うが、できるのならばもう少し早くした方がいいだろう。なにせ、好奇心旺盛の、なんでもしたがる子だから変に猶予があると、興味が思わぬ方向へ転がって行き、ジルコン殿が置き忘れられることもあり得るかもしれないからな。そうだな、例えば、また男装をして、諸国を見聞したいとかいいだしそうな気がするのだが」
「うわはははっ。ロゼリア姫は、セーラに似たのか?そうなんだな!?」
フォルス王は腹を抱えて笑う。
ごくりとジルコンは生唾をのんだ。
いわれてみるまでもなく、ロゼリアがしそうな気がした。
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