男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
224 / 238
第十二話 雨乞い祈願

128-2、雨音

しおりを挟む
 勢いのままにロゼリアを奪うことはできない。ロゼリアは今後、己に拒絶反応を示すかもしれないからだ。
 彼女はうぶで、己の大事な人。
 嫌な思いなど絶対にさせたくない。
 だが、愛する娘の前に鎮められそうにないのは男の性。

 布切れのようにまとめたシルクのワンピースから頭を抜く。
 あとは服が絡むしなやかな両手を引き抜けば、裸も同然。
 身体を開き、己の欲望をロゼリアに飲み込ませるときに嫌がり逃れようとしても抵抗できないようにするために、娘の腕をこのまま拘束してしおきたいという衝動と、ジルコンは戦わねばならなかった。

 身体の下に、荒い息に胸を弾ませきらきら宝石のように瞳を輝かせた美しい娘がいた。
 薄くて透けたシルクの上下の下着は、その美しい肢体を守るというよりもむしろ、ジルコンの欲望の暴走を煽る役目しかない。


 ロゼリアは、先ほどまで共に笑っていたジルコンの、別人のように黒くけぶる目に見つめられ、二人と外とを隔てるものがわずかに帆布一枚だということを忘れた。
 ジルコンはキスを口だけでなくいたるところにしたいのだと思った。
 ロゼリアはワンピースから手を引き抜き伸ばした。
 ジルコンの胸に触れる。
 音が聞こえそうなほど心臓が踊っていた。

「来て」

 ジルコンの手が腹から滑りあがった。肌着の下から直接胸に触れる。
 汗と雨で湿った、熱い手は強くて大きい。
 ロゼリアもジルコンの胸に手を添えて、ジルコンがしているのようにその胸にキスがしたいと思った。
 そういうと、少し驚いた顔がロゼリアを見上げ、破顔する。
 その笑顔で、全身の力が抜け落ちた。身体の芯が震えた。
 ジルコンの身体はずり上がり、ロゼリアの唇を求める。
 そして唇のキスの次は?
 ロゼリアは、不意にのしかかってきた重さに呻いた。
 ジルコンの顔から笑顔が消ていた。
 葛藤と苦悩の表情が浮かんでいる。

「ロズ、ごめん、身体が、どうしようもなく重い。眠い。昨夜は一睡もしてない。俺の意志をフル導引しても、叱咤激励しても、これ以上自分の身体を、指先を、一ミリもいうことをきかせられそうにない。だから、本当にごめん。今は許してくれ。ロズが、せっかくその気になってくれているのに、なんて失態だ。目覚めたら、続きを必ず……。俺のロズ、どこにもいかないでくれ……」

 ロゼリアは窒息しそうになって、ジルコンの身体の下から這い出し横に逃れた。
 ジルコンの眼はしっかりと閉じられ、既に寝息を立てている。
「うそ、本当に寝てしまったの?」

 昨夜、ロゼリアはジルコンの胸の中で眠ったが、ジルコンはそのロゼリアを夜通し支えていたのだ。
 疲れているのも当然ではないか。
 最後のワルツで力を使い果たしてしまったのだ。

 ロゼリアはため息をついた。 
 ジルコンの右腕は、ロゼリアの身体を爆睡していても離してくれそうにない。
 帆布の向こうで、人々が舞台を片付ける音がしている。
 王子はどこに、ロゼリアさまもご一緒で、このまましばらくふたりで、これから忙しくなる、など切れ切れに聞こえてくる。

 黒騎士たちはすぐ近く、この二人だけの空間のすぐ向こうにいた。
 彼らも昨夜の剣舞でロゼリアがアンであったことを知っただろう。
 彼らにも謝らなければならないと思った。
 目を閉じると、すぐにあくびがでる。
 睡魔はロゼリアにもゆるゆると触手を伸ばしてきた。

 帆布を叩きつける無数の雨音の中、ジルコンとロゼリアは体を擦り寄せて熟睡したのだった。



しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...