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第十二話 雨乞い祈願
127-2、雨乞い祈願 ⑥
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そんな状態で無言で踊り続けることなど考えたこともなかった。
いくら寝ずに舞台で踊り続けていても、雨雲をよぶことなどできるはずがないではないか。
目を開き続けることもできなくなって、ロゼリアは重い瞼を閉じた。
足が地面をふむ感覚がなくなっていく。
それでも踊れてしまう。
ジルコンとペアになって練習した時間は長い。
今となってはむなしいだけのような気がした。
ワルツのメロディーが二人をくるくると回し続けた。
そのメロディーさえも、おぼろに遠くなる。
何かがどさりと落ちる音がした。
その音でロゼリアは気が付いた。
頬に触れるのは凝った刺繍の感覚。
ジルコンのジャケットだ。
泉の暴行事件でジルコンが置き忘れて返しそこなっていたもの。
ララに見つからないように大事にしまいこんでいたが、時々取り出しては眺めていた。
ジャケットからは、ジルコンの匂いは日に日に薄れていく。
それが寂しかった。
昨夜はジルコンのジャケットを顔に敷いて寝てしまっていたのか。
泣いて起きたような、不思議とすっきりした感覚がある。
身体はすっぽりとクッションに包まれている。
ふんわりと浮くような感覚は、そのクッションのせいなのか。
感じたこともないほどの安心感で、このままできるのならば目が覚めなかったことにして、クッションを抱いてずっと寝ていたいと思った。
音の正体を確認しようと目を開く。
やはり顔の下にジルコンのジャケットをシーツ替わりにしてしまっている。
大事なジャケットによだれを付けてしまった。
微妙な違和感がある。
ジルコンの黒金のジャケットは、刺繍は変わらないのに色があせて、浅黄色になっていた。
「……まだ寝ていろ。ひとり、倒れただけだから」
静かな声が頭のすぐ上からささやかれた。
穏かな波の上のように、ジルコンはロゼリアを抱き締めゆらりゆらりと揺れている。
ロゼリアは立ったまま、ジルコンに優しくあやされ、寝ていたことに気がついた。
ヒールの靴は履いていない。
ロゼリアは首を巡らした。
松明の炎は小さい。消えかけていた。
倒れたのは白い衣の娘。
前のめりに突っ伏しているので誰だかわからない。
他の娘たちは互いに肩に頭を寄せかけ寝ていた。
ひとりで右に左に船をこいでいるものもいる。
色味のあいまいな灰色の世界の中で、眠りの静寂があたりを支配していた。
ジルコンにからだをまるごと委ねて眠ってしまっていたのか。
それにしては熟睡した後のようなすっきり感がある。
「わたしはどれぐらい寝てしまっていたの?」
声がかすれた。
「……随分寝ていたよ」
「夜にしては空は明るい。朝にしては空は暗いわ。目が闇に慣れてしまったらこういう感覚なのかしら」
「……夜が明けたのに雲が空を厚く覆っているから」
「昨夜は満天の星空で、雲の気配なんてなかったわ」
「……ロズ、空を見上げてごらん」
ロゼリアは顔を上げた。
ジルコンの顔がすぐそばにあって、ロゼリアに微笑んでいた。
ジルコンの言ったように、水分をたっぷり含んだ重い雲が二人の頭上に広がっていた。
「精霊が我らの願いを聞き届けた。もうじき雨が降るよ」
ジルコンはいった。
いくら寝ずに舞台で踊り続けていても、雨雲をよぶことなどできるはずがないではないか。
目を開き続けることもできなくなって、ロゼリアは重い瞼を閉じた。
足が地面をふむ感覚がなくなっていく。
それでも踊れてしまう。
ジルコンとペアになって練習した時間は長い。
今となってはむなしいだけのような気がした。
ワルツのメロディーが二人をくるくると回し続けた。
そのメロディーさえも、おぼろに遠くなる。
何かがどさりと落ちる音がした。
その音でロゼリアは気が付いた。
頬に触れるのは凝った刺繍の感覚。
ジルコンのジャケットだ。
泉の暴行事件でジルコンが置き忘れて返しそこなっていたもの。
ララに見つからないように大事にしまいこんでいたが、時々取り出しては眺めていた。
ジャケットからは、ジルコンの匂いは日に日に薄れていく。
それが寂しかった。
昨夜はジルコンのジャケットを顔に敷いて寝てしまっていたのか。
泣いて起きたような、不思議とすっきりした感覚がある。
身体はすっぽりとクッションに包まれている。
ふんわりと浮くような感覚は、そのクッションのせいなのか。
感じたこともないほどの安心感で、このままできるのならば目が覚めなかったことにして、クッションを抱いてずっと寝ていたいと思った。
音の正体を確認しようと目を開く。
やはり顔の下にジルコンのジャケットをシーツ替わりにしてしまっている。
大事なジャケットによだれを付けてしまった。
微妙な違和感がある。
ジルコンの黒金のジャケットは、刺繍は変わらないのに色があせて、浅黄色になっていた。
「……まだ寝ていろ。ひとり、倒れただけだから」
静かな声が頭のすぐ上からささやかれた。
穏かな波の上のように、ジルコンはロゼリアを抱き締めゆらりゆらりと揺れている。
ロゼリアは立ったまま、ジルコンに優しくあやされ、寝ていたことに気がついた。
ヒールの靴は履いていない。
ロゼリアは首を巡らした。
松明の炎は小さい。消えかけていた。
倒れたのは白い衣の娘。
前のめりに突っ伏しているので誰だかわからない。
他の娘たちは互いに肩に頭を寄せかけ寝ていた。
ひとりで右に左に船をこいでいるものもいる。
色味のあいまいな灰色の世界の中で、眠りの静寂があたりを支配していた。
ジルコンにからだをまるごと委ねて眠ってしまっていたのか。
それにしては熟睡した後のようなすっきり感がある。
「わたしはどれぐらい寝てしまっていたの?」
声がかすれた。
「……随分寝ていたよ」
「夜にしては空は明るい。朝にしては空は暗いわ。目が闇に慣れてしまったらこういう感覚なのかしら」
「……夜が明けたのに雲が空を厚く覆っているから」
「昨夜は満天の星空で、雲の気配なんてなかったわ」
「……ロズ、空を見上げてごらん」
ロゼリアは顔を上げた。
ジルコンの顔がすぐそばにあって、ロゼリアに微笑んでいた。
ジルコンの言ったように、水分をたっぷり含んだ重い雲が二人の頭上に広がっていた。
「精霊が我らの願いを聞き届けた。もうじき雨が降るよ」
ジルコンはいった。
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