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第十二話 雨乞い祈願
124-1、雨乞い祈願 ③
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テントはそう大きいものではない。
中央を支柱で高く支え、円錐状の内部空間である。
真ん中だと人が手を伸ばして立てるぐらいの高さがあるが、端にいくほど低くなる。
そして中央の柱に寄せる形で即席の大きなベッドが置いてあった。
その横には折り畳みのテーブルがあって、いつでも水が飲めるように水差しがある。
外との仕切りは分厚く丈夫な白い帆布で、ロゼリアが中にはいると、ジルコンは左右に丸めた出入り口の帆布を解き落とした。
外の音も完全でないが遮断できる。
ジルコンは剣を外してベッドの向こう側に置き、さっそく横になった。
ロゼリアはふたりきりの狭い空間に、戸惑いを隠せない。
「ロゼリア、おいで」
「おいでって、ここは寝るためだけのテントなの?」
「そうだよ。できれば夕方まで母が持ってほしい。それまでは俺たちは寝て体力を温存する」
「わたしは他のテントへ……」
ロゼリアは踵を返そうとしたが手首を掴まれジルコンの隣に引き寄せられる。
「何もしないから、いいから横になって」
ジルコンの腕はベッドに倒れこんだロゼリアを、がっつりと抱えている。
動ける隙間がなくなった。
暴れれば足まで絡められそうな雰囲気である。
「心をわけた王とその妻が別々のところで休憩するのはおかしいだろ」
「でもわたしたちは……」
「俺たちは、ここでこうして寝るだけだ」
「ふたりきりっていうのはどうかと思う」
「そう?布一枚向こう側には黒騎士たちもいるし、テントの周りには他にもたくさん雨乞いに関わる者たちがいる。俺たちはふたりきりとはいえないんじゃないか?」
「そう、なのかしら……」
頭をあげてジルコンの顔を見ようとして、胸に顔を押し付けられた。
ジルコンの青の衣は柔らかく、顔に押し付けられた胸の熱さも鼓動も感じられた。
同時にロゼリアのシルクの衣も身体にぴたりと沿ったもので、ロゼリアの急激に高まった鼓動をジルコンに伝えてしまっているだろう。
ジルコンの腕はロゼリアを逃さぬように背中にまわされている。
ふうっとため息をジルコンはついた。自分を抱く体の芯の緊張が抜けていくのをロゼリアは感じた。
普段の彼は、緊張していなさそうでも緊張をしているのだ。
こうして誰もいないところでないと、休めないのだと思う。
「……朝食は食べた?」
「食べたわ」
「水は?」
「今はいらないわ」
「じゃあ、このまま俺と仮眠を」
「こんなに抱きしめられて寝られるわけはないわ。わたしは寝るときは大の字になって寝るし、寝相だってごろごろと悪いんだから」
「大の字だって?」
あははとジルコンは笑う。
「俺はどこだって寝られる。ここよりももっと狭いベッドでむさくるしい男たちに挟まれて寝たこともある。あなたはいい香りがするから抱き心地がいい」
「じゃあ、キスして?」
「……文脈がつながらないような気がするが。キスはできない」
「どうして?」
「ここでキスすれば、あなたをもっと欲しくなるだろ」
「それでもいいわ」
「駄目だ。きちんと話をしなければならないと思っている。雨乞いの片割れにあなたを選び、あなたが承諾してくれただけで、俺は心底嬉しいのだが、俺たちの将来のためには折り目と筋目をつけなければならないことがあって、それを言うには勇気が必要であって……」
「それってもしかして……」
ジルコンの口ぶりから、改めてロゼリアに結婚の申し込みをするつもりだと受け取ったのだ。
「おい」
不意にジルコンの胸から引き離され背中をベッドに押し付けられた。
横に寝ていたジルコンは体を起こしていて、覆いかぶさるようにしてロゼリアを覗き込んだ。
「泣いているのか?」
「泣いてない」
「どうして泣く?」
「今、ジルがキスしてくれないから」
「わかった」
ついばむようなキスが落とされる。
そして、ジルコンの唇は、唇から頬へ、鼻の頭へ移動する。
あふれ出した涙をジルコンは吸い取った。
「ほら、お望みのキスだよ。可愛い人」
ロゼリアが泣き止んだのを確認すると、ジルコンは身体を再び横に倒し、再びロゼリアを横抱きにした。
興奮を隠せないロゼリアだったが、三呼吸を数えるか数えないかの内に、ジルコンは規則正しく寝息を立てはじめた。
「本当に寝たの?」
返事はない。
ジルコンの腕から逃れようとしても重く体にのしかかった。
意識を手放した腕は重い。
胸と腕の中から逃れることをあきらめた。
ジルコンのようには眠れそうにないと思ったが、眼を閉じた。
太鼓の音が少しだけ早くなっていた。
笛の音が混ざり、やわらかな旋律を奏で始める。
フォルス王とアメリア王妃が手を取り合ってワルツをくるくると踊る姿が見えるような気がしたのである。
目が覚めたのは夕刻である。
テントを囲むようにしてすわる黒騎士の影が帆布に写る。
ロゼリアはベッドに一人だった。朝なのか、夜なのか、時間の感覚がマヒしている。
ジルコンが袋を抱えて入ってきた。
中央を支柱で高く支え、円錐状の内部空間である。
真ん中だと人が手を伸ばして立てるぐらいの高さがあるが、端にいくほど低くなる。
そして中央の柱に寄せる形で即席の大きなベッドが置いてあった。
その横には折り畳みのテーブルがあって、いつでも水が飲めるように水差しがある。
外との仕切りは分厚く丈夫な白い帆布で、ロゼリアが中にはいると、ジルコンは左右に丸めた出入り口の帆布を解き落とした。
外の音も完全でないが遮断できる。
ジルコンは剣を外してベッドの向こう側に置き、さっそく横になった。
ロゼリアはふたりきりの狭い空間に、戸惑いを隠せない。
「ロゼリア、おいで」
「おいでって、ここは寝るためだけのテントなの?」
「そうだよ。できれば夕方まで母が持ってほしい。それまでは俺たちは寝て体力を温存する」
「わたしは他のテントへ……」
ロゼリアは踵を返そうとしたが手首を掴まれジルコンの隣に引き寄せられる。
「何もしないから、いいから横になって」
ジルコンの腕はベッドに倒れこんだロゼリアを、がっつりと抱えている。
動ける隙間がなくなった。
暴れれば足まで絡められそうな雰囲気である。
「心をわけた王とその妻が別々のところで休憩するのはおかしいだろ」
「でもわたしたちは……」
「俺たちは、ここでこうして寝るだけだ」
「ふたりきりっていうのはどうかと思う」
「そう?布一枚向こう側には黒騎士たちもいるし、テントの周りには他にもたくさん雨乞いに関わる者たちがいる。俺たちはふたりきりとはいえないんじゃないか?」
「そう、なのかしら……」
頭をあげてジルコンの顔を見ようとして、胸に顔を押し付けられた。
ジルコンの青の衣は柔らかく、顔に押し付けられた胸の熱さも鼓動も感じられた。
同時にロゼリアのシルクの衣も身体にぴたりと沿ったもので、ロゼリアの急激に高まった鼓動をジルコンに伝えてしまっているだろう。
ジルコンの腕はロゼリアを逃さぬように背中にまわされている。
ふうっとため息をジルコンはついた。自分を抱く体の芯の緊張が抜けていくのをロゼリアは感じた。
普段の彼は、緊張していなさそうでも緊張をしているのだ。
こうして誰もいないところでないと、休めないのだと思う。
「……朝食は食べた?」
「食べたわ」
「水は?」
「今はいらないわ」
「じゃあ、このまま俺と仮眠を」
「こんなに抱きしめられて寝られるわけはないわ。わたしは寝るときは大の字になって寝るし、寝相だってごろごろと悪いんだから」
「大の字だって?」
あははとジルコンは笑う。
「俺はどこだって寝られる。ここよりももっと狭いベッドでむさくるしい男たちに挟まれて寝たこともある。あなたはいい香りがするから抱き心地がいい」
「じゃあ、キスして?」
「……文脈がつながらないような気がするが。キスはできない」
「どうして?」
「ここでキスすれば、あなたをもっと欲しくなるだろ」
「それでもいいわ」
「駄目だ。きちんと話をしなければならないと思っている。雨乞いの片割れにあなたを選び、あなたが承諾してくれただけで、俺は心底嬉しいのだが、俺たちの将来のためには折り目と筋目をつけなければならないことがあって、それを言うには勇気が必要であって……」
「それってもしかして……」
ジルコンの口ぶりから、改めてロゼリアに結婚の申し込みをするつもりだと受け取ったのだ。
「おい」
不意にジルコンの胸から引き離され背中をベッドに押し付けられた。
横に寝ていたジルコンは体を起こしていて、覆いかぶさるようにしてロゼリアを覗き込んだ。
「泣いているのか?」
「泣いてない」
「どうして泣く?」
「今、ジルがキスしてくれないから」
「わかった」
ついばむようなキスが落とされる。
そして、ジルコンの唇は、唇から頬へ、鼻の頭へ移動する。
あふれ出した涙をジルコンは吸い取った。
「ほら、お望みのキスだよ。可愛い人」
ロゼリアが泣き止んだのを確認すると、ジルコンは身体を再び横に倒し、再びロゼリアを横抱きにした。
興奮を隠せないロゼリアだったが、三呼吸を数えるか数えないかの内に、ジルコンは規則正しく寝息を立てはじめた。
「本当に寝たの?」
返事はない。
ジルコンの腕から逃れようとしても重く体にのしかかった。
意識を手放した腕は重い。
胸と腕の中から逃れることをあきらめた。
ジルコンのようには眠れそうにないと思ったが、眼を閉じた。
太鼓の音が少しだけ早くなっていた。
笛の音が混ざり、やわらかな旋律を奏で始める。
フォルス王とアメリア王妃が手を取り合ってワルツをくるくると踊る姿が見えるような気がしたのである。
目が覚めたのは夕刻である。
テントを囲むようにしてすわる黒騎士の影が帆布に写る。
ロゼリアはベッドに一人だった。朝なのか、夜なのか、時間の感覚がマヒしている。
ジルコンが袋を抱えて入ってきた。
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