男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
216 / 238
第十二話 雨乞い祈願

124-1、雨乞い祈願 ③

しおりを挟む
 テントはそう大きいものではない。
 中央を支柱で高く支え、円錐状の内部空間である。
 真ん中だと人が手を伸ばして立てるぐらいの高さがあるが、端にいくほど低くなる。
 そして中央の柱に寄せる形で即席の大きなベッドが置いてあった。
 その横には折り畳みのテーブルがあって、いつでも水が飲めるように水差しがある。
 外との仕切りは分厚く丈夫な白い帆布で、ロゼリアが中にはいると、ジルコンは左右に丸めた出入り口の帆布を解き落とした。
 外の音も完全でないが遮断できる。

 ジルコンは剣を外してベッドの向こう側に置き、さっそく横になった。
 ロゼリアはふたりきりの狭い空間に、戸惑いを隠せない。

「ロゼリア、おいで」
「おいでって、ここは寝るためだけのテントなの?」
「そうだよ。できれば夕方まで母が持ってほしい。それまでは俺たちは寝て体力を温存する」
「わたしは他のテントへ……」

 ロゼリアは踵を返そうとしたが手首を掴まれジルコンの隣に引き寄せられる。
「何もしないから、いいから横になって」

 ジルコンの腕はベッドに倒れこんだロゼリアを、がっつりと抱えている。
 動ける隙間がなくなった。
 暴れれば足まで絡められそうな雰囲気である。

「心をわけた王とその妻が別々のところで休憩するのはおかしいだろ」
「でもわたしたちは……」
「俺たちは、ここでこうして寝るだけだ」
「ふたりきりっていうのはどうかと思う」
「そう?布一枚向こう側には黒騎士たちもいるし、テントの周りには他にもたくさん雨乞いに関わる者たちがいる。俺たちはふたりきりとはいえないんじゃないか?」
「そう、なのかしら……」

 頭をあげてジルコンの顔を見ようとして、胸に顔を押し付けられた。
 ジルコンの青の衣は柔らかく、顔に押し付けられた胸の熱さも鼓動も感じられた。
 同時にロゼリアのシルクの衣も身体にぴたりと沿ったもので、ロゼリアの急激に高まった鼓動をジルコンに伝えてしまっているだろう。

 ジルコンの腕はロゼリアを逃さぬように背中にまわされている。
 ふうっとため息をジルコンはついた。自分を抱く体の芯の緊張が抜けていくのをロゼリアは感じた。
 普段の彼は、緊張していなさそうでも緊張をしているのだ。
 こうして誰もいないところでないと、休めないのだと思う。

「……朝食は食べた?」
「食べたわ」
「水は?」
「今はいらないわ」
「じゃあ、このまま俺と仮眠を」
「こんなに抱きしめられて寝られるわけはないわ。わたしは寝るときは大の字になって寝るし、寝相だってごろごろと悪いんだから」
「大の字だって?」
 あははとジルコンは笑う。
「俺はどこだって寝られる。ここよりももっと狭いベッドでむさくるしい男たちに挟まれて寝たこともある。あなたはいい香りがするから抱き心地がいい」
「じゃあ、キスして?」
「……文脈がつながらないような気がするが。キスはできない」
「どうして?」
「ここでキスすれば、あなたをもっと欲しくなるだろ」
「それでもいいわ」
「駄目だ。きちんと話をしなければならないと思っている。雨乞いの片割れにあなたを選び、あなたが承諾してくれただけで、俺は心底嬉しいのだが、俺たちの将来のためには折り目と筋目をつけなければならないことがあって、それを言うには勇気が必要であって……」
「それってもしかして……」

 ジルコンの口ぶりから、改めてロゼリアに結婚の申し込みをするつもりだと受け取ったのだ。
「おい」
 不意にジルコンの胸から引き離され背中をベッドに押し付けられた。
 横に寝ていたジルコンは体を起こしていて、覆いかぶさるようにしてロゼリアを覗き込んだ。

「泣いているのか?」
「泣いてない」
「どうして泣く?」
「今、ジルがキスしてくれないから」
「わかった」

 ついばむようなキスが落とされる。
 そして、ジルコンの唇は、唇から頬へ、鼻の頭へ移動する。
 あふれ出した涙をジルコンは吸い取った。

「ほら、お望みのキスだよ。可愛い人」

 ロゼリアが泣き止んだのを確認すると、ジルコンは身体を再び横に倒し、再びロゼリアを横抱きにした。
 興奮を隠せないロゼリアだったが、三呼吸を数えるか数えないかの内に、ジルコンは規則正しく寝息を立てはじめた。
「本当に寝たの?」
 返事はない。
 ジルコンの腕から逃れようとしても重く体にのしかかった。
 意識を手放した腕は重い。
 胸と腕の中から逃れることをあきらめた。
 ジルコンのようには眠れそうにないと思ったが、眼を閉じた。

 太鼓の音が少しだけ早くなっていた。
 笛の音が混ざり、やわらかな旋律を奏で始める。
 フォルス王とアメリア王妃が手を取り合ってワルツをくるくると踊る姿が見えるような気がしたのである。


 目が覚めたのは夕刻である。
 テントを囲むようにしてすわる黒騎士の影が帆布に写る。
 ロゼリアはベッドに一人だった。朝なのか、夜なのか、時間の感覚がマヒしている。
 ジルコンが袋を抱えて入ってきた。


しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
『俺は命をかける価値のある、運命の女を探している』 赤毛のセルジオは、エール国の騎士になりたい。 募集があったのは、王子の婚約者になったという、がさつで夜這いで田舎ものという噂の、姫の護衛騎士だけ。 姫騎士とは、格好いいのか、ただのお飾りなのか。 姫騎士選抜試験には、女のようなキレイな顔をしたアデール国出身だというアンという若者もいて、セルジオは気になるのだが。 □「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」の番外編です。 □「姫の騎士」だけでも楽しめます。 表紙はPicrewの「愛しいあの子の横顔」でつくったよ! https://picrew.me/share?=2mqeTig1gO #Picrew #愛しいあの子の横顔  EuphälleButterfly さま。いつもありがとうございます!!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

処理中です...