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第十二話 雨乞い祈願

123-2、雨乞い祈祷 ②

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「それは、人が不完全だから。欠点のない者はいない。馬鹿をしない者はいない。だから、欠けたところを補う相手が必要なんだ。一人ではなくて二人だとより完全に近くなれる。以前は大地に満ちていたという精霊の名残に、今も眼には捕らえられないけれどもいたるところに存在しているかもしれない精霊に、まったき存在として働きかけることができる」
「どうしてそれがわたしなの?」
「他に思い浮かぶ人はいなかった。古代の人々が二人で踊り祈り続けたことを、俺がするのならばその相手はあなたしかいないと思ったんだ」

 婚約破棄の取り消しも、改めての結婚の約束もどうでもいいと思った。
 ジルコンが、己の欠けたるところを埋める存在として思ったのは、ロゼリアなのだ。
 結婚するとかしないとかは社会的な決まり事である。
 そんな社会的な決まり事からというよりも、ジルコンの本質に触れるところの要求なのだ。
 ロゼリアの眼に涙が盛り上がる。
 それは愛の告白のように聞こえた。
 キスがたとえ一度しかしていなくても、もう十分だと思った。

「ごめん。こんなに大変な役目を押し付けてしまって」
「なんか、いままでのいろいろ思い悩んでいたことが吹っ飛んだわ」
「本当にごめん。おそらく、ロズが想像しているよりもこの雨乞い祈願は苛酷なものになる」
「どういうこと?」

 ジルコンはロゼリアの手を引いて外にでた。
 滝つぼを囲うように、先ほどはなかった煙幕が丸く張られている。
 煙幕の内側にはこの神事に参加する者たちが大地に座っていた。
 一番前には王と王妃がいる。
 あり得ないところから出てきた二人に、その場にいた者たちはざわめくが、フォルス王は顎で自分の横を指し、ジルコンとロゼリアは指示された場所に座る。

 王は目を閉じて瞑想し呼吸を整えた。
 ロゼリアも同様に眼を閉じる。これからどんなことが起こるのかわくわくする気持ちを深くゆったりとした呼吸で鎮めようとする。
 辺りは静まりかえる。
 わずかな風にかさついた梢や雑草がこすれる音と、どこかで鶏が鳴く声、隣や後ろに座る者の押さえた呼吸音だけの、静かな場。
 ロゼリアはこの場にいる者たちや森と同化するような感覚がある。
 今まさに、森のどこかで腰巻をしただけの男たちが息を殺して槍を持ち、獲物を狙っているような気がした。

 浅葱色の衣のフォルス王が立ちあがる。
 滝に向かって胴間声を張り上げた。

「この世界に満ち満ちる精霊たちよ!生けとし生けるものの全ての力の源よ!エールの大地の小さき支配者、エール15代目の王フォルスの願いを聞き届けたまえ!天より我らを生かす恵の雨を降らせたまえ!命の泉に清浄な水を満たしたまえ!我は、今まさにまったき存在となり、願いの舞を捧げる。この世界に満ち満ちる精霊たちよ!この忌々しく焼け付く空に、重く厚い雨雲をもたらしておくれ。稲妻をよび、ひび割れた大地に実りの雷雨を落としておくれ。かしこみ、かしこみ申す!」
「かしこみ、かしこみ申す!」

 その場にいる全員が声をそろえる。
 フォルス王はアメリア王妃の手をとり立ちあがった。
 二人は無言で向かい合う。
 楽器を持った者たちは石の椅子にそれぞれの楽器をもって腰を据える。
 王騎士と王妃の侍女は右と左に分かれ、石の席のその外側の、煙幕のすぐ内側に移動する。そこには緋色の毛氈が厚く敷かれ、それぞれが思い思いの場所に腰を下ろした。

 ジルコンとロゼリアのおつきの者たちはいったん煙幕の外に出た。
 彼らの出番はまだ先である。
 森の際にテントがいくつも張られている。
 休憩し仮眠をとったり食事をしたりする場所である。

 タン、タン、タン……。

 限りなく間を空けて、太鼓の音が煙幕の内側から聞こえる。
 雨乞い祈願が始まったのだ。

「父と母の踊りが始まっている」
「踊りって、どんな踊りなの?」
「なんでもありだ。長期戦だから、手をとって歩くだけでもいい。なんでもいい。想像しているよりも苛酷になりそうだといったのは、母はこのところ調子が悪いから、気温が上昇すればすぐに俺たちの出番がくるだろう。出番が来たら、できるだけ長く、踊り続けなけらばならなくなるだろう。だから、今のうちに休んでおこう」

 ジルコンはロゼリアを一番近いテントに誘った。
 振り返るとジュリアと目が合う。
 彼女たちもいくつか離れたテントに入っていく。

「ロサン」
 先に中に入ったジルコンが振り返りもせずに呼ぶ。
「我らが交代で出入り口を守りますので安心してお休みください」
 ジルコンの10人の騎士が二人の入ったテントの外にぐるりと座る気配があった。
 


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