男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

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第十二話 雨乞い祈願

123-1、雨乞い祈願 ②

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「ジルコン、こんなに仰々しいものだとは思わなくて、わたし簡単に引き受けてしまったのだけど……」
 ジルコンは手を伸ばしロゼリアを岩の上に引き上げた。

「このまえ、昔ここにきたことがあるといっていただろ。滝が流れている時にはいくのは難しいが、水が枯れた今なら簡単に祠に行ける」

 ふたりがいるところは以前に泳いで上がって少し休んだところ。
 キスの思い出のあるところ。
 あの時と違って、岩の壁は水気を失い灰色に粉をふいたようになってた。
 ジルコンはロゼリアの戸惑いに気が付かない。
 手を引いて岩を周る。今は岩しかない向こう側にぐるりと回る。

「足元がつるつるだから気を付けて。何百年も水が打ち付けて角がとれたんだ。すごいよな。水は何の害もないように思えて、多すぎると河川の氾濫、洪水、足りなければ干ばつ。同じところに落ち続ければ、固い岩をも穿ち、川のなかで転がされば石も丸くなる。この世界は水に支配されているのだと思うよ。俺たちの身体もほとんどが水でできている。知っているか?生まれたときが一番水分が多くて、成長するにつれて水分が少なくなっていき、水を失って老人になり、やがて枯れて死んでしまう。人一人の生き死になんて、この大地の歴史のなかでは一瞬にすぎないんだ」

 ジルコンはロゼリアの手をはなそうとしない。
 蓼藍の群生地は勢いを失い岩場を敷き詰める枯れた雑草でしかなかった。
 滝つぼの奥へとジルコンはロゼリアを連れていく。
 普段は滝に隠されていた奥に、ぽかりとくりぬかれたような洞窟があった。
 足もとは天井からの水滴が断続的に落ちて濡れている。
 中に入るとさらに奥へと続いている。

「まさか滝の向こう側に洞があるなんて思ってなかった。滝行って知ってる?滝にあたって禊をするんだけど、そのつもりで滝に当たっていて足を滑らせて向こう側に転がって、見つけたんだ」
「……絵が描かれているわ!」
 ロゼリアは、洞窟の壁一面に鹿や、熊や、ウサギや、蛇といった動物たちを槍を持った男たちが狩りをする、赤茶けた絵を見た。

「これは何?誰が描いたの?」
「これは、古代人が描いた絵だよ。エールの国ができるよりもずっと前からここに存在する。このあたりは狩りの図。そして、このあたりは音楽と踊り、そして戦もある。ここを見て……」

 ジルコンの指を指したところには、岩場のようなものが描かれ、細い線が引かれている。滝の絵だった。その滝つぼのあたりには丸く囲われて人々が座り、太鼓や笛を手に持っていた。彼らの真ん中には、手足を曲げたり跳んだりしている二人の男女がうかがえた。
 そして、離れたところに楕円が描かれている。それは泉なのか。

「これは干上がりかけた泉?それからこの滝?もしかしてここで古代人が行っていた雨乞いの祈祷の絵なの?」
「そう。これがこれから俺たちがするもの。ここは古代からずっと祈りの場だった。これから、この絵の石に腰を掛けて音楽を奏で、中央でこの二人のように俺たちが踊る」
 ジルコンは楽団が座る石を指した。
「この石は水が満ちているときには地表には現れてこない。現れるのは水が枯れたときだけ。ちょうど今のように」
「何で、描かれているの?」
「エールの学者がいうには、赤土や木炭を獣の血や、人間の血、樹脂で溶いて、指や刷毛で描いようだ」
 ジルコンが振り返る。
「これが、俺のとっておきの場所。あの時、あなたはとっておきを教えてくれようとしたから、今度はあなたに紹介しようと思っていてとっておきを探していたこともあって、ここを見つけたとき、これだと思った」

「あの時って、もしかして10年前の、子供のころの?」
 ジルコンはロゼリアの反応にはにかんだような笑みを浮かべる。
 そのような顔をみたのは初めてだった。

「こういう場所が鎮守の森の中には何か所かある。エールの森は古代の遺跡が残る場所でもある。人の手が入ると一気に風化してしまう。だから、全ての秘密が解明できるそのときまで、こうしてあるがままの状態においておく。それが、こんなにも大きな森を昔の姿のままにエールに残している理由でもある。森は根を張り大地を強くする。森は水を抱き、日照りが続いてもある程度は大地に貯水できる。だけど、それも限度がある。だから、この大地に住む者たちが滝を前に精霊に祈ったように、この大地に生きる代表としてエールの王が精霊に全身全霊で雨を祈る」
「どうして心を分けた相手が必要なの?王だけでいいのでは」

 ロゼリアの口をついた疑問に、ジルコンは赤茶けた壁画からロゼリアに視線を移す。
 その目はまっすぐにロゼリアの眼の奥を覗く。
 ロゼリアの心を丸裸にするような視線だった。



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