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第十二話 雨乞い祈願
120-1、異変
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連日の猛暑が続いていた。
例年になく熱い夏である。
鎮守の森から空気を震わす蝉の声が、暑さを極限まで感じさせる。
森が熱気を吸収し、涼風を感じるはずの王城でも、この暑さで倒れる者が続出している。
雲一つなく晴れ渡る大空から一滴も雨が降らない日が、鎮魂祭から1ケ月近く続いている。
エールの王城は昼間はひっそりと息を殺し、外には野良猫の影ひとつもない。
気温が下がる夕方から、生き物たちはようやくうごめきだす。
フォルス王は側近たちを連れて近隣の田畑や河川の状況を視察に出かけることも多くなっていた。
天文庁はさかのぼれるだけの記録の精査が行われていた。
各国から寄せられる情報のなかでも気象情報と、関連する事項が集められていた。
既に、一部の川では完全に干上がり水路には砂が積もっているという。
湖がかつてないほど浅くなり、魚が暑さで大量に浮くという怪異も報告されている。
そうではあったが、王都では温泉も泉も湧き出し続けている。
生活用の井戸水は水位が低くなったとはいえ、滔々と湛えている。
王都の半分を占める原始の森が、広大な大地に水を深く湛えている。
エール国が熱波に炙られ続けても王都の住人たちが干からびることがないのは、全て日差しを厚く遮り大地に深く根を張る太古の森のお陰であった。
しかしながら、広大な版図の中の、穀物地帯や牧場を潤す水が潤沢にあるわけではない。
森と平野の国々では、このまま雨雲一つないカンカン照りが続けば、50年に一度の大旱魃(かんばつ)の被害がでるのではないか。
そうひそかに民草の間でささやかれはじめたのである。
鎮魂祭からいったん戻ってきたスクール生がふたたび帰国したのも、各国の状況が日に日に予断を許さない状況になってきたからである。
予定では二ヶ月残している。
このままひでりが続けば各国それぞれ水不足による災害が起こるだろう。その災害の対応に追われ、スクールを続けることは困難になってしまう。
戦争以上に飢饉や感染症で多くの者たちが亡くなった記録もある。
自然の驚異の前に、人々はなすすべなく翻弄されてきたのだった。
ロゼリアはアデール国に戻らない。
エールの国が森を抱くために水不足をしのげるならば、アデール国はさらに森の国である。森の中には幾つもの泉がある。水不足に苦しむことはないだろうからだ。
むしろ、情報が収集されるエール国の中心部にいて、各国が苦しむならば、必要な援助を采配することのほうが重要に思えた。
現状は、まだ旱魃がおこるかもしれないというところで、実際に明らかな問題が生じているわけではなさそうである。
夕方から騒がしくなる王城で、ロゼリアは何か自分のできることをすべきだと思うのだが、何をしたらいいのかわからない状態が続いている。
ジルコンにも、ロゼリアができることがあれば遠慮なく言って欲しいと言っているし、アメリア妃にも伝えていた。
アメリア妃はその時が来たら力を貸して下さいね、と既に疲労がにじむ顔に笑みを浮かべて断られてしまう。
ララには、今後のために節水に励んでください、洗濯は三日に一回に減らします、と言われる。
ロゼリアとしてはすべきことがなにもない。
本を読んでも頭に入ってこない。
何もせず待つのは辛すぎだった。
ロゼリア以外にもロレットとレベッカも王城に留まっていた。
ベラはこのところの暑さにばてていて部屋の外に出てこない。
ロゼリアが質素な服に着替えているところにロレットとレベッカがおとなう。
けだるい暑さのピークを過ぎたころである。
「どこにいくの?」
「実際のところ街にでて、状態をこの目で見てみたいと思って。ディーンからも情報が欲しいし」
「ディーンはかつて戦場で赤い傭兵と恐れられた男よね。彼に会ってみたいわ」
ロレットとレベッカの暑さの不快さよりも、好奇心が勝ったようである。
二人も質素な格好に着替え、暑さをしのぐための薄手のショールを頭にかぶった。
ロゼリアは、レベッカと一緒にいるときにはラシャールも行動を共にすることが多いことに気が付いている。
あの、泉の滝の時も、二人は一緒にやってきたのだった。
レベッカの表情は読みにくいが、レベッカがラシャールの事を好きなのは明白だった。
ラシャールもレベッカの誘いは断っていないようである。
ラシャールからはあれから何も言われていないが、自分をあきらめたのだろうと思うのだ。
時折、ラシャールの視線をロゼリアは感じるのだが。
そしてラシャールが来るときには、ラシャールの右腕のようなアリシャンもいる。
ロゼリアたちが城門をでると、ディーンは王城の壁に貼りつくようにして影の中にいた。
ディーンは女子たちをさっと見て、ラシャールとアリシャンをじろじろと見た。
ラシャールとアリシャンもディーンと握手し、それぞれ握手の洗礼を受けたのか顔をしかめた。
ロレットは、人懐っこい笑みを浮かべてディーンの腕を触ろうとし、一方レベッカはそっけなく会釈する。
ディーンは、ロゼリアが被るショールを目深に被せ直した。
「さて、どこを視察にいきますか?」
視察といえば、ジルコンは今日もフォルス王たちと国内の視察に同道していた。
例年になく熱い夏である。
鎮守の森から空気を震わす蝉の声が、暑さを極限まで感じさせる。
森が熱気を吸収し、涼風を感じるはずの王城でも、この暑さで倒れる者が続出している。
雲一つなく晴れ渡る大空から一滴も雨が降らない日が、鎮魂祭から1ケ月近く続いている。
エールの王城は昼間はひっそりと息を殺し、外には野良猫の影ひとつもない。
気温が下がる夕方から、生き物たちはようやくうごめきだす。
フォルス王は側近たちを連れて近隣の田畑や河川の状況を視察に出かけることも多くなっていた。
天文庁はさかのぼれるだけの記録の精査が行われていた。
各国から寄せられる情報のなかでも気象情報と、関連する事項が集められていた。
既に、一部の川では完全に干上がり水路には砂が積もっているという。
湖がかつてないほど浅くなり、魚が暑さで大量に浮くという怪異も報告されている。
そうではあったが、王都では温泉も泉も湧き出し続けている。
生活用の井戸水は水位が低くなったとはいえ、滔々と湛えている。
王都の半分を占める原始の森が、広大な大地に水を深く湛えている。
エール国が熱波に炙られ続けても王都の住人たちが干からびることがないのは、全て日差しを厚く遮り大地に深く根を張る太古の森のお陰であった。
しかしながら、広大な版図の中の、穀物地帯や牧場を潤す水が潤沢にあるわけではない。
森と平野の国々では、このまま雨雲一つないカンカン照りが続けば、50年に一度の大旱魃(かんばつ)の被害がでるのではないか。
そうひそかに民草の間でささやかれはじめたのである。
鎮魂祭からいったん戻ってきたスクール生がふたたび帰国したのも、各国の状況が日に日に予断を許さない状況になってきたからである。
予定では二ヶ月残している。
このままひでりが続けば各国それぞれ水不足による災害が起こるだろう。その災害の対応に追われ、スクールを続けることは困難になってしまう。
戦争以上に飢饉や感染症で多くの者たちが亡くなった記録もある。
自然の驚異の前に、人々はなすすべなく翻弄されてきたのだった。
ロゼリアはアデール国に戻らない。
エールの国が森を抱くために水不足をしのげるならば、アデール国はさらに森の国である。森の中には幾つもの泉がある。水不足に苦しむことはないだろうからだ。
むしろ、情報が収集されるエール国の中心部にいて、各国が苦しむならば、必要な援助を采配することのほうが重要に思えた。
現状は、まだ旱魃がおこるかもしれないというところで、実際に明らかな問題が生じているわけではなさそうである。
夕方から騒がしくなる王城で、ロゼリアは何か自分のできることをすべきだと思うのだが、何をしたらいいのかわからない状態が続いている。
ジルコンにも、ロゼリアができることがあれば遠慮なく言って欲しいと言っているし、アメリア妃にも伝えていた。
アメリア妃はその時が来たら力を貸して下さいね、と既に疲労がにじむ顔に笑みを浮かべて断られてしまう。
ララには、今後のために節水に励んでください、洗濯は三日に一回に減らします、と言われる。
ロゼリアとしてはすべきことがなにもない。
本を読んでも頭に入ってこない。
何もせず待つのは辛すぎだった。
ロゼリア以外にもロレットとレベッカも王城に留まっていた。
ベラはこのところの暑さにばてていて部屋の外に出てこない。
ロゼリアが質素な服に着替えているところにロレットとレベッカがおとなう。
けだるい暑さのピークを過ぎたころである。
「どこにいくの?」
「実際のところ街にでて、状態をこの目で見てみたいと思って。ディーンからも情報が欲しいし」
「ディーンはかつて戦場で赤い傭兵と恐れられた男よね。彼に会ってみたいわ」
ロレットとレベッカの暑さの不快さよりも、好奇心が勝ったようである。
二人も質素な格好に着替え、暑さをしのぐための薄手のショールを頭にかぶった。
ロゼリアは、レベッカと一緒にいるときにはラシャールも行動を共にすることが多いことに気が付いている。
あの、泉の滝の時も、二人は一緒にやってきたのだった。
レベッカの表情は読みにくいが、レベッカがラシャールの事を好きなのは明白だった。
ラシャールもレベッカの誘いは断っていないようである。
ラシャールからはあれから何も言われていないが、自分をあきらめたのだろうと思うのだ。
時折、ラシャールの視線をロゼリアは感じるのだが。
そしてラシャールが来るときには、ラシャールの右腕のようなアリシャンもいる。
ロゼリアたちが城門をでると、ディーンは王城の壁に貼りつくようにして影の中にいた。
ディーンは女子たちをさっと見て、ラシャールとアリシャンをじろじろと見た。
ラシャールとアリシャンもディーンと握手し、それぞれ握手の洗礼を受けたのか顔をしかめた。
ロレットは、人懐っこい笑みを浮かべてディーンの腕を触ろうとし、一方レベッカはそっけなく会釈する。
ディーンは、ロゼリアが被るショールを目深に被せ直した。
「さて、どこを視察にいきますか?」
視察といえば、ジルコンは今日もフォルス王たちと国内の視察に同道していた。
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