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第十話 ダンス勝負

105-2、鎮魂祭 ③

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 ロゼリアはその時ひらめいた。
 生者には金を。
 菓子ではなくて、金になるものを渡して納得させればいい。

「わたしに提案があるわ!どうしても仕事の対価が欲しいというのなら、この髪を切って、売りなさい!親方も見事な金髪だって言ってたでしょう?この髪を鬘にする業者に売りなさい!ただ働きよりもましでしょう。高く売れるわ。それで解放なさい!」
「あんたの髪を売れだって?」

 反応したのは少年の方だった。
 彼らにも迷っている時間はない。
 ポケットからナイフを取り出した。
 油ランプに照らされた鈍色に光るナイフに、ロゼリアは悲鳴を飲み込んだのである。


 その時、突然、扉の向こうの酒場にどかどかと足音が響く。
 扉の隙間から昼間のような閃光が漏れた。甲高い女の悲鳴と、男の怒号と罵声は、皿が床にたたきつけられ砕ける音、机を倒す音、重い靴音にかき消される。
 倉庫に残されていたロゼリアたちは固まった。
 何が迫っているのか理解する間もなく、扉がわずかにひらかれ、灰色の珠が床を二三度弾みながら、ころがってくる。
 丸っこい鼠のようだった。
 灰色の珠には短い麻紐が付いている。
 その先は小さな火がついていた。鼠のしっぽに火がついているはずがない。
 それは何なのだと思った瞬間に、珠は内側からはじけて白い光が爆発した。
 視界の全てが真っ白になる。影さえも白くなったように思われた。
 ロゼリアは眩しくて目を開けていられない。
 瞼を閉じても世界は白い。
 少年がロゼリアの足にぶつかり転がり、それでも這いつくばりながら逃げようとする気配。

「目が見えない!なんなんだ!これは、クッソ」
 うろたえ聞くにたえない悪態をつきまくる男の声。 

 扉が派手な音を立てて開かれ、多くの男たちがなだれ込む気配。
 鈍く打ち付けられる音と男の悲鳴と呻き。
 悪態は終わった。

「……姫、姫、ロゼリア!怪我をしているのか?ロゼリア、ロゼリア、なんてことだ……」
 真っすぐにロゼリアに駆け寄った声の主は、ロゼリアの頬に震える手を押し当て顔を向けさせた。
 今やロゼリアの世界は、白から一転して暗闇の中にいる。
 すぐに手首足首の拘束がほどかれ、ふわっと体が浮く。
 抱き上げられていた。
「……目が見えないわ。ジルコン?」
「目くらましの白光を直視したんだな。合図ができなくて申し訳なかった。次第に見えるようになる。それまでは俺にしがみついていろ。安心しろ、俺が付いているから」

 手が取られジルコンの首の後ろにまわされた。
 ロゼリアは抱かれながら運ばれていた。
 ロゼリアの頭から何かが被せられた。
 後頭部に手が添えられ、押し付けられるままに頬を胸元のシャツに押し付けた。
 低い声で、黒騎士のだれかとぼそぼそとジルコンは話している。
 警察兵、闇の組織、子供、医者、安全、一網打尽、薬、逃亡……。
 とぎれとぎれに単語が聞こえる。
 ロゼリアはジルコンにしがみつく。
 その体温と彼の匂いを吸い込むと助かったのだと実感し安堵する。
 ロゼリアの身体は震え出した。
 身体のこわばりがゆるゆると溶けていく。
 安心しすぎて何も考えることができない。

「大丈夫だ。ロゼリア、ロズ……」

 何度もジルコンは囁いた。
 勝手に涙があふれ出す。
 ジルコンのシャツを濡らすのも構わずに、ロゼリアは声もなく泣き続けた。

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