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第十話 ダンス勝負
103-1、鎮魂祭 ①
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ダンスレッスンが始まってから筋肉痛がひどい。
ララは、サンダルの時ほどではないが、筋肉痛に痛む体をマッサージしてくれていた。
その日の放課後の居残りレッスンでノルとペアになってはじめて、ジルコンとうまく踊れない理由がわかったような気がしたことを話す。
「相手にまるごと任せる信頼関係が重要だとお分かりになったのですね。それはようございました」
「それで、ジルコンと一緒に時間を過ごすことにしたんだけど、具体的なものが全然でてこなくて」
あれから、ジルコンはもごもごと口を濁らせて、結局なんの約束もないままに終わってしまったのだった。
「まあ、ジルコンさまはいくじなしですねえ」
うつ伏せが終わり、仰向けになる。
「ジルコンさまは怖いのでしょうねえ」
「怖いって何が?」
ララはたっぷりと手に受けたオイルを足先から鼠径部まで、体の滞りを流すようにすりあげる。
最近は、イランイランという南方の花のエッセンスを加えているそうである。
濃厚で独特の甘い香りは、女性らしさを高めてくれるらしい。
「ジルコンさまはロゼリアさまのお兄さまと非常に仲が良かったとか。ご自分の寵愛が招いた事件を機に、お兄さまは帰国し、代わりにそっくりの顔をした妹姫のロゼリアさまがいらっしゃった。それで、そっくりなのに別人であるロゼリアさまが許せない。ジルコンさまが傍にいて欲しい人は目の前にいるのにいない、そういうところでしょうか。ところで、そっくりというのは本当に瓜二つなのですか?」
ロゼリアはうつらうつらし始める。
現実と夢とのあわいを漂う感じがとても気持ちがいい。
「……ついこの前までそっくりだったの。もう入れ替わることはないと思う。アンジュは声も低くなっていたし背も高くなっていた。男と女では骨格と筋肉が違う。細くきゃしゃなノルでも力強い……」
ロゼリアは密着した男の身体を思い出しかけた。
あの踊りでノルのイメージは今までのものとは全く変わってしまった。
「入れ替わることもあったのですか」
口にしてしまった言葉は取り消せない。
「アデールにいたころは遊びでたまに。誰も気が付かないぐらい、なり切れていたと思うよ」
「ああ、なるほど。それで、たまにロゼリアさまの言葉遣いが男っぽいところがあるのですね。合点いたしました」
ララはさらりと受け流した。
「ジルコンはそれなのに、わたしとアンジュが似ているのは髪だけだっていうの。ジルコンは髪が好きなのね。金色の……」
ララが熟考している。
ジルコンがララのことを策士といったことを思い出した。
「……ジルコンさまがロゼリアさまにお兄さまを重ねてしまうのであれば、本人が自覚されている最も似ているところを切り離した方がいいのかもしれませんね。そうすれば、ロゼリアさまご自身をみることになるでしょうから」
「髪を?髪型は違うけれど」
ララは足を終えて手にうつる。
手の平をマッサージされると握ってしまいたくなる。
「今までのイメージを変えるような、したことがないような髪型にアレンジするのはいかがですか?ジュリアさまのように髪を巻いてみましょうか」
「縦ロール!それはちょっと……。ジュリアの取り巻きのようでやりたくない」
自分が縦ロールの髪型をしていることを想像する。
絶対に似合わないと思う。
「最近、忙しいようだけれどララは日中はどうしているの?」
「本当はダンスのレッスンの状況も見てみたいと思っているのですが、そろそろ夏の鎮魂祭が始まりますのでそちらの準備に忙しくしておりまして」
ララの手は顔に移っている。
眼輪筋をくるくると左右のタイミングをわずかにずらしてマッサージされると、脳が蕩けていくようである。
「鎮魂祭の準備に、ジルコンさまも来られますよ。いいことを思いつきました。明日、わたしはジルコンさまに同行する予定なのですが、ロゼリアさまも行きませんか?ご一緒に活動されて信頼感を得る、というのがうまく踊れるようになる要素でしたね。半日一緒にいればお互いのことがわかるようになるのではないですか?鎮魂祭関係はジルコン様も方々で忙しいですから、それもできれるだけご一緒に」
ララの提案は無条件に受けることにしている。
「鎮魂祭。アデールにもあるよ。死者を迎えて送る一連の夏の祭り。準備とはどういうことを?」
「鎮魂祭で配る菓子を準備したり、学校や施設に王室からの援助品を渡したり、そんなことです。では手伝ってくださいますか?」
明日は授業も休みである。
ロゼリアは朝からララの事前の準備を手伝い、その後ジルコン一行に同行することになったのである。
※
「姫!」
ロゼリアは顔を上げた。
ベラやロレットたちと囲んでいた朝食のテーブルに、食堂に入るなりまっすぐに歩いてきたのはジルコンであった。
何事かとみんなの視線を集めているが、ジルコンは全く気にする様子はない。
どきどきしたのはロゼリアの方である。
こんなに直截に向かってくるジルコンはロゼリアになってから知らない。
「おはようございます。いったい、どうしたんですか」
「そこですれ違ったララから聞いたが、姫が鎮魂祭の準備に同行するというのは本当なのか」
ララは、サンダルの時ほどではないが、筋肉痛に痛む体をマッサージしてくれていた。
その日の放課後の居残りレッスンでノルとペアになってはじめて、ジルコンとうまく踊れない理由がわかったような気がしたことを話す。
「相手にまるごと任せる信頼関係が重要だとお分かりになったのですね。それはようございました」
「それで、ジルコンと一緒に時間を過ごすことにしたんだけど、具体的なものが全然でてこなくて」
あれから、ジルコンはもごもごと口を濁らせて、結局なんの約束もないままに終わってしまったのだった。
「まあ、ジルコンさまはいくじなしですねえ」
うつ伏せが終わり、仰向けになる。
「ジルコンさまは怖いのでしょうねえ」
「怖いって何が?」
ララはたっぷりと手に受けたオイルを足先から鼠径部まで、体の滞りを流すようにすりあげる。
最近は、イランイランという南方の花のエッセンスを加えているそうである。
濃厚で独特の甘い香りは、女性らしさを高めてくれるらしい。
「ジルコンさまはロゼリアさまのお兄さまと非常に仲が良かったとか。ご自分の寵愛が招いた事件を機に、お兄さまは帰国し、代わりにそっくりの顔をした妹姫のロゼリアさまがいらっしゃった。それで、そっくりなのに別人であるロゼリアさまが許せない。ジルコンさまが傍にいて欲しい人は目の前にいるのにいない、そういうところでしょうか。ところで、そっくりというのは本当に瓜二つなのですか?」
ロゼリアはうつらうつらし始める。
現実と夢とのあわいを漂う感じがとても気持ちがいい。
「……ついこの前までそっくりだったの。もう入れ替わることはないと思う。アンジュは声も低くなっていたし背も高くなっていた。男と女では骨格と筋肉が違う。細くきゃしゃなノルでも力強い……」
ロゼリアは密着した男の身体を思い出しかけた。
あの踊りでノルのイメージは今までのものとは全く変わってしまった。
「入れ替わることもあったのですか」
口にしてしまった言葉は取り消せない。
「アデールにいたころは遊びでたまに。誰も気が付かないぐらい、なり切れていたと思うよ」
「ああ、なるほど。それで、たまにロゼリアさまの言葉遣いが男っぽいところがあるのですね。合点いたしました」
ララはさらりと受け流した。
「ジルコンはそれなのに、わたしとアンジュが似ているのは髪だけだっていうの。ジルコンは髪が好きなのね。金色の……」
ララが熟考している。
ジルコンがララのことを策士といったことを思い出した。
「……ジルコンさまがロゼリアさまにお兄さまを重ねてしまうのであれば、本人が自覚されている最も似ているところを切り離した方がいいのかもしれませんね。そうすれば、ロゼリアさまご自身をみることになるでしょうから」
「髪を?髪型は違うけれど」
ララは足を終えて手にうつる。
手の平をマッサージされると握ってしまいたくなる。
「今までのイメージを変えるような、したことがないような髪型にアレンジするのはいかがですか?ジュリアさまのように髪を巻いてみましょうか」
「縦ロール!それはちょっと……。ジュリアの取り巻きのようでやりたくない」
自分が縦ロールの髪型をしていることを想像する。
絶対に似合わないと思う。
「最近、忙しいようだけれどララは日中はどうしているの?」
「本当はダンスのレッスンの状況も見てみたいと思っているのですが、そろそろ夏の鎮魂祭が始まりますのでそちらの準備に忙しくしておりまして」
ララの手は顔に移っている。
眼輪筋をくるくると左右のタイミングをわずかにずらしてマッサージされると、脳が蕩けていくようである。
「鎮魂祭の準備に、ジルコンさまも来られますよ。いいことを思いつきました。明日、わたしはジルコンさまに同行する予定なのですが、ロゼリアさまも行きませんか?ご一緒に活動されて信頼感を得る、というのがうまく踊れるようになる要素でしたね。半日一緒にいればお互いのことがわかるようになるのではないですか?鎮魂祭関係はジルコン様も方々で忙しいですから、それもできれるだけご一緒に」
ララの提案は無条件に受けることにしている。
「鎮魂祭。アデールにもあるよ。死者を迎えて送る一連の夏の祭り。準備とはどういうことを?」
「鎮魂祭で配る菓子を準備したり、学校や施設に王室からの援助品を渡したり、そんなことです。では手伝ってくださいますか?」
明日は授業も休みである。
ロゼリアは朝からララの事前の準備を手伝い、その後ジルコン一行に同行することになったのである。
※
「姫!」
ロゼリアは顔を上げた。
ベラやロレットたちと囲んでいた朝食のテーブルに、食堂に入るなりまっすぐに歩いてきたのはジルコンであった。
何事かとみんなの視線を集めているが、ジルコンは全く気にする様子はない。
どきどきしたのはロゼリアの方である。
こんなに直截に向かってくるジルコンはロゼリアになってから知らない。
「おはようございます。いったい、どうしたんですか」
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