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第十話 ダンス勝負
102-1、提案
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「俺の鼻歌でいいかな」
そんな前置きでノルとロゼリアのワルツが始まった。
ロゼリアは、まず一歩足を出した。幅は半歩。
それ以上でもそれ以下でもいけないと講師は言っていた。
そしてそれを追いかけるように足を引き寄せる。
でこぼこしてはいけない。スムーズに。
それは、頭に本を乗せていて落とさないように意識するのと同じ。
方向は、左は居残りレッスン組がいる。
右が広く空いているので右がいい。
そして足を引いて、くるりと回る。
鼻歌ワルツがはじまってたったの五歩で、鼻歌が途切れ、ふふふと笑われてしまう。
だけどノルはダンスをとめるつもりはないようだ。
「そういうところなんだよね。やっぱりそうだ。すこし変えてもいいかな」
男性は通常、繋いでいない方の手は、パートナーの腕から脇にかけて軽く手を添えている形をとっている。
ノルは形を変化させた。
脇にそえていた方の手を、背中をなでるように下げてロゼリアの腰まで降ろす。
ロゼリアが驚いて踏ん張ろうとする間もなく、ノルはロゼリアの腰を引き寄せた。ロゼリアの腰骨を己の下腹に密着させた。
距離の近さにロゼリアはたじろいだ。体をのけぞらせた。
「驚かないで。あなたは何も考えないで、鼻歌メロディーに耳を澄ませていて欲しい。本当は音楽があれば最高なんだけど。あなたが歌ってもらえると嬉しい」
「ノルのように上手に鼻歌を歌えないわ」
「下手でもなんでも。どんなのでもいいよ」
ノルの手は腰を引き寄せるだけでなく、ロゼリアを少しばかり引き上げ体重を引き受けてくれている。
ロゼリアの下半身はその分軽い。動きやすいが、これではロゼリアの行きたい方向にいけないではないか。
さらに鼻歌を歌わなくてはならなくなり、足元への注意が完全におろそかになる。
触れ合うところからノルの筋肉の躍動を感じた。その息遣いも。
「これだと、まともに踊れないわっ」
「踊れているよ。ほら、鼻歌つづけて。その調子でメロディーに集中して」
ノルはフロア全体をつかって踊る。確かなものノルだけ。ノル以外のすべてが矢のように流れている。
ノルのワンステップはかなり大きい。ロゼリアが彼の足を踏んだり、足の間に足を入れてしまわないのが不思議だった。
体が軽い。気持ちが良かった。
ジルコンに感じた違和感は全くなかった。
ふっとノルの上体がロゼリアに迫る。
腰にまわされていた手がさらに強く引き寄せられた。
あっと思った時には視界が大きく廻る。
百花が描かれた格子天井、ジルコンが唖然と見る姿、帰りかけた楽団が立ち止まり顔を向けている姿、居残り組たちが全員、自分を見ている姿が流れていく。
何が起こったかその瞬間はわからなかった。
身体を起されて初めて、背中を反らせて360度、床すれすれにくるりと回転したことがわかる。
何の恐怖も感じなかったのが不思議である。
そもそも回転することも意識していなかった。
そして、何事もなかったかのように基本の穏かなステップに戻っている。
「ロゼリア姫!もっとテンポを速めてみよう!」
言われるままに、ロゼリアは鼻歌テンポを速めた。
ノルのステップに弾みが加わり早くなる。 同時にロゼリアも。
弾む呼吸と早鐘を打つ心臓の音さえもノルと同調していた。
ノルの顔から気取ったところがそぎ落ちてい、踊る楽しさ、この刹那の美しさをロゼリアで作り上げる喜びに輝いている。イリスと踊っていた時に感じた、妖精のような取り澄ました男はいない。
彼は心底踊ることが好きなんだと思う。
その喜びはロゼリアに流れ込んで同化していく。
気が付いたらワルツは終わっていた。
会場の中央で、ロゼリアはノルと面と向かって立つ。
肺も心臓も酸素を狂おしく求めていた。
鼻歌は荒い呼吸に変わっている。
鼻歌も最後まで歌えていたのかわからない。
踊り終えてもなお、メロディーはノルの身体の中に流れていたし、ロゼリアにはリズムが感じられていたのだけれど。
「ロゼリア姫、どうだった?」
「どうって、良かったわ!」
あはは、と歯をみせてノルが笑う。前髪全部後ろにかきあげなでつけた。
そんなに陽気なノルをロゼリアはみたことがない。
「それは光栄だな。それで、どうしてジルとうまく踊れないかわかった?」
「わかったかも」
「どうあなたが理解したのか知りたい」
「腰を引き寄せられて、足元を見ることができなくなったわ。見るだけでなくてステップのことも考えられなくなった。目線も上だったし、足の運びに気をとられるなということかしら」
ノルは手ごたえのない顔をする。
「技術的にはそうだね。こっちに行きたいとか、次に何しようとかは考えていた?」
「いいえ、全く考えていないかったわ。それなのにやったことのないことまで踊れていた」
ノルは笑う。
そんな前置きでノルとロゼリアのワルツが始まった。
ロゼリアは、まず一歩足を出した。幅は半歩。
それ以上でもそれ以下でもいけないと講師は言っていた。
そしてそれを追いかけるように足を引き寄せる。
でこぼこしてはいけない。スムーズに。
それは、頭に本を乗せていて落とさないように意識するのと同じ。
方向は、左は居残りレッスン組がいる。
右が広く空いているので右がいい。
そして足を引いて、くるりと回る。
鼻歌ワルツがはじまってたったの五歩で、鼻歌が途切れ、ふふふと笑われてしまう。
だけどノルはダンスをとめるつもりはないようだ。
「そういうところなんだよね。やっぱりそうだ。すこし変えてもいいかな」
男性は通常、繋いでいない方の手は、パートナーの腕から脇にかけて軽く手を添えている形をとっている。
ノルは形を変化させた。
脇にそえていた方の手を、背中をなでるように下げてロゼリアの腰まで降ろす。
ロゼリアが驚いて踏ん張ろうとする間もなく、ノルはロゼリアの腰を引き寄せた。ロゼリアの腰骨を己の下腹に密着させた。
距離の近さにロゼリアはたじろいだ。体をのけぞらせた。
「驚かないで。あなたは何も考えないで、鼻歌メロディーに耳を澄ませていて欲しい。本当は音楽があれば最高なんだけど。あなたが歌ってもらえると嬉しい」
「ノルのように上手に鼻歌を歌えないわ」
「下手でもなんでも。どんなのでもいいよ」
ノルの手は腰を引き寄せるだけでなく、ロゼリアを少しばかり引き上げ体重を引き受けてくれている。
ロゼリアの下半身はその分軽い。動きやすいが、これではロゼリアの行きたい方向にいけないではないか。
さらに鼻歌を歌わなくてはならなくなり、足元への注意が完全におろそかになる。
触れ合うところからノルの筋肉の躍動を感じた。その息遣いも。
「これだと、まともに踊れないわっ」
「踊れているよ。ほら、鼻歌つづけて。その調子でメロディーに集中して」
ノルはフロア全体をつかって踊る。確かなものノルだけ。ノル以外のすべてが矢のように流れている。
ノルのワンステップはかなり大きい。ロゼリアが彼の足を踏んだり、足の間に足を入れてしまわないのが不思議だった。
体が軽い。気持ちが良かった。
ジルコンに感じた違和感は全くなかった。
ふっとノルの上体がロゼリアに迫る。
腰にまわされていた手がさらに強く引き寄せられた。
あっと思った時には視界が大きく廻る。
百花が描かれた格子天井、ジルコンが唖然と見る姿、帰りかけた楽団が立ち止まり顔を向けている姿、居残り組たちが全員、自分を見ている姿が流れていく。
何が起こったかその瞬間はわからなかった。
身体を起されて初めて、背中を反らせて360度、床すれすれにくるりと回転したことがわかる。
何の恐怖も感じなかったのが不思議である。
そもそも回転することも意識していなかった。
そして、何事もなかったかのように基本の穏かなステップに戻っている。
「ロゼリア姫!もっとテンポを速めてみよう!」
言われるままに、ロゼリアは鼻歌テンポを速めた。
ノルのステップに弾みが加わり早くなる。 同時にロゼリアも。
弾む呼吸と早鐘を打つ心臓の音さえもノルと同調していた。
ノルの顔から気取ったところがそぎ落ちてい、踊る楽しさ、この刹那の美しさをロゼリアで作り上げる喜びに輝いている。イリスと踊っていた時に感じた、妖精のような取り澄ました男はいない。
彼は心底踊ることが好きなんだと思う。
その喜びはロゼリアに流れ込んで同化していく。
気が付いたらワルツは終わっていた。
会場の中央で、ロゼリアはノルと面と向かって立つ。
肺も心臓も酸素を狂おしく求めていた。
鼻歌は荒い呼吸に変わっている。
鼻歌も最後まで歌えていたのかわからない。
踊り終えてもなお、メロディーはノルの身体の中に流れていたし、ロゼリアにはリズムが感じられていたのだけれど。
「ロゼリア姫、どうだった?」
「どうって、良かったわ!」
あはは、と歯をみせてノルが笑う。前髪全部後ろにかきあげなでつけた。
そんなに陽気なノルをロゼリアはみたことがない。
「それは光栄だな。それで、どうしてジルとうまく踊れないかわかった?」
「わかったかも」
「どうあなたが理解したのか知りたい」
「腰を引き寄せられて、足元を見ることができなくなったわ。見るだけでなくてステップのことも考えられなくなった。目線も上だったし、足の運びに気をとられるなということかしら」
ノルは手ごたえのない顔をする。
「技術的にはそうだね。こっちに行きたいとか、次に何しようとかは考えていた?」
「いいえ、全く考えていないかったわ。それなのにやったことのないことまで踊れていた」
ノルは笑う。
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