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第十話 ダンス勝負

99-2、ダンスのペアは誰?①

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 女子はどうかとノルは女子たちを見た。
 パジャンの女子たち以外は、緊張の度合いは違えど迷いのない足さばきである。
 もっと複雑なステップでも大丈夫そうである。
 次は、それぞれがぶつからないで、会場をステップを踏みながら自由に動くというものへ移る。
 自由に動くとなると足さばきにばかり気を付けているとぶつかりかけてしまう。周囲の動きを予測しなければならない。
 目線が上がると、方向転換の時に足元が乱れがちになる。
 イリスのステップは優雅で迷いがない。
 その目が食い入るようにノルを見ていた。嫌な予感がして、視線が合いそうになってとっさに目をそらした。
 
 そらした先に、アデールの王子がいる。
 いや違う。
 今ではアデールの姫だ。
 ほんとうにそっくりで、初めて見たとき王子が姫の恰好をしているかと思ったぐらいである。
 アデールの姫は、王子以上にぶっ飛んでいることがすぐに判明する。
 頭に本を乗せるというあり得ない姫ぶり。
 エール王妃の妹である女官次長をどうどうと個人指導につけて、ジュリア姫の取り巻きたちをおおいに刺激していた。
 ジルコンの婚約者ならば、もっともてはやされてもいいぐらいなのだが、ジルコンはまるで知り合い程度のつれない態度なので、余計、女子たちをいたずらに刺激しているようだった。

 婚約者といえども、婚約無期限延期、そして婚約破棄になれば、わたしにもチャンスがあるかも。

 そういう夢をみてしまった女子は多い。
 先ほど、眼が合いそうになったイリス嬢などその典型だろう。

 アデールの姫がジルコンの妻にならないのであれば。
 アデールの王子を追い詰めることもなかっただろうと今になって思う。
 ノルは、あの世間知らずの田舎者が、強国エールの次期王の義兄として大きな顔をすることが許せなかったのだ。
 さらにいえば、ジルコンはあのアデールの王子の美しさに惹かれていた。
 美しさなら、ノルの方が格段上であるという矜持があった。
 音楽もダンスも美的センスも誰にも負けることはない。
 そういう美しいものに囲まれて王子として18年間育ってきた。
 それが美しさで負けたのだと自覚するのは許せなかったのだと思う。

 アデールの姫は、ステップは力強い。
 迷いがなく潔い。
 女子にしては歩幅が大きい気がする。
 あんなに大きくステップを踏めば、いずれ誰かにぶつかってしまう。
 ノルがそう思った時に、アデールの姫の緊張した顔がすぐそこにあった。

 頬が上気していて、内側から発光しているかのように美しい。
 わずかに乱れた金の髪がふんわりと顔の周りをゆらぐ。
 長いまつげに縁どられた瞳は、けぶる青灰色にアメジストの雫が一滴混ざる。
 その目から知性と好奇心を凝縮したものがあふれ出してきらきらと輝く、唯一無二のふた粒の宝石のようだった。
 唇はわずかに開き、今にも何かをノルに語りかけてきそうである。

 その一瞬、ノルは見とれてしまった。
 平常であれば、ノルのステップは自由自在。
 するりとかわせるぐらいの臨機応変さを持ち合わせている。
 だが、あっと思った時にはノルの肩とその顔がぶつかっていた。

「うわっ」

 女子らしくない声をあげ、姫はよろけた。
 ノルは咄嗟に手をのばして抱き止めようとした。
 だが、アデールの姫は踏ん張り耐える。

「ああ、ごめんなさいっ」
 軽快に謝って、ふたたび、ワルツの足さばきでノルから離れていく。
 床をなめるようななめらかな動きで優雅である。
 だが、やはり歩幅が大きい。
 自由自在というよりも、自由奔放といったところか。

「アデールの姫……」
 ノルは追いかけた。
 だが、アデールの姫もノルも他の人たちに邪魔をされたり、方向を変えたりするので追いつけない。

 いつの間にか自由ステップの練習が終わっていた。
 講師が、気になる人に指導をしている。
 他人が何をいわれるかも聞くのも、れっきとした学びである。

「先生、ペアになって練習もしたいのですけど」
 誰かが言った。
 ノルはアデールの姫の姿を探した。

 彼女は奔放すぎる。
 音楽でもダンスでも少し踊ればその内面があぶり出されてくる。
 彼女の相手は苦労しそうである。
 同じ顔なのに、彼女をみてもなんの嫌な気持ちも湧き起らない。
 婚約者であるジルコンが、噂されているように、彼女と破棄する前提なら、アデールの姫のダンスの相手は誰もいないかもしれなかった。
 そうであるのなら、上手な自分が指導するのが適任だと思った。
 アデールの姫の、溢れる奔放さを自分が馴らしつけペアダンスとして見れるところまで練習するのもいいかもしれない。
 苦労の過程も、楽しいものになるかもしれない。
 自分がいれば彼女はより洗練されて美しくなるだろう。
 ノルはそう思ったのである。



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