163 / 238
第九話 女の作法
96-1、刺繍のハンカチ③
しおりを挟む
ロゼリアが自室へ友人を招き入れたのはロレットが最初となる。
ロレットが部屋に入るなり、堰き止めていたものが流れ出す。
しゃくりをあげるロレットを、まずは応接の椅子に座らせ、頭からタオルを被せてがしがしと拭く。ロレットはなされるがままである。
もう一枚タオルを肩にかけた。
「わたしっ。頑張っていたのにっ。みなさんが喜んでくれると思って、毎日徹夜までして、なのに、気に入らないからって、捨てられるようなそんな扱いって、ひどすぎます」
「まだ、捨てたとは決まったわけじゃないから。洗濯して風に飛ばされたとか、持ち歩いていて落としてしまったとかそういうこともあり得るのだから。落ち着いて……」
「宝物箱に入れて大事にすると、イリスさまはたいそう喜ばれておられました。普段使いに持ち歩いて落とすなんてことはありません!それがあそこにあったということは、使って、汚れたので適当に捨てて、ということではありませんか!わたしの大きな作品は額にいれられて飾られるほど貴重な扱いをされる時もあるのですよ!」
ロゼリアの慰めを恐ろしい形相でロレットは一蹴する。
「そ、そうなんだね……」
「わたしっ。こんなあれですから、みなさんに受け入れてもらうために努力してきたんです。話しかけてくれるのも、いろんなことを頼まれるのも、刺繍をねだられるのも本当に自分を認めてもらえたと思えてうれしかったのです。途中参加ですし。ロゼリアさまも途中参加だから、すっかり出来上がった女子の輪の中に入っていく辛さってわかりますよね?」
「そうだね、辛いね」
ロゼリアは鬼気迫る迫力に圧倒される。
正直言えば、ロゼリアは女子の中に和気あいあいと仲良く戯れている姿を望んだことがない。
だから、ロレットの辛さを本当のところ分かるとはいえないが、好意を無碍にされたのならショックを受けて当然かもと理解する。
「わたしっ。もともとリシュアさまの侍女だったんです……」
ロレットはしゃくりを上げながら胸に詰まった塊を吐き出すように話はじめた。
リシュアはB国の姫で気高く美しい。その母の妹の子がロレットで、ロレットの身分は低かったが、リシュアの友人として王城で過ごす。13になったときには、正式に侍女としてリシュアに仕えることになった。高慢でありながらも美人なリシュアはB国の宝だといわれていて、ロレットはそのリシュアの傍で豪華な饗宴、華やかなドレスに囲まれて過ごす。
リシュアはロレットをそばにおいた。
外見は地味で性格も大人しいロレットは、リシュアの美しさ華やかさを一層引き立てる役割があたえられたのである。
エール国フォルスが軍事力を元に森と平野の国々を手中に収めていく中、B国は最後までその勢力下にはいることに抵抗する。純度の高いルビーの産地として財力を持ち、兵を養うB国の国境の守りは硬く厚い。
森と平野で独立を保つのはB国のみとなっていた。
独立はB国の誇りであり、エール国は森と平野の最後の独立国B国を陥落させようと躍起になる。
だが、それが一変するのは昨年であった。
フォルスは内部から崩壊させる作戦へ変更する。
その一端となったのが、王族の血を引くロレットの母とその夫。
母は戦時状態がいつまでも続くことを憂いていた。
「父はエール国と手を結ぶべきだという貴族たちを代表する立場で、前王と対立しました。父は、エール国の援助をひそかに受けることになりました。前王を幽閉し王座を譲り受けました。リシュアは多くの助力により王族に留まれましたが、その時から、侍女であったわたしとの立場が逆転してしまったのです。プライドの高いリシュアにとっては大変つらかったことでしょう。リシュアがこの夏スクールに参加することを、父である現王が認めたのは、肩身の狭いB国を離れて気持ちに整理をつけて欲しいから。そして他国へ嫁ぐのに、どうせなら気に入った人を見つけて欲しいという思いがあったからでした。それが、あんな、エールの王子を殺そうとするなんて……」
ロレットは涙をのむ。
一方でロゼリアは生唾を飲み込んだ。
ロレットは王位をゆずり受けたというが、それは王位簒奪である。
さらにB国王は国民をなだめるためにリシュア姫を王族に残した。彼女の恨みの深さを知った上で、夏スクールに派遣すれば、エールの王子殺害など自暴自棄な凶行を行うだろうということを予想していたのに違いない。
そして、フォルス王か王子暗殺未遂でリシュア姫を処刑するという流れを描いていたのではないかと思ったのだ。
「だからわたしはっ。暗殺未遂のB国というイメージを払拭しにきたんですけど、やっていることは……」
「小間使いですね」
「小間使いって、断定的な言い方やめてください!せめて、まるで、小間使いって婉曲的にいってください。以前リシュアの小間使いだったことは確かですから!」
ロゼリアが言葉にできないことを端的に言ったのはララである。
ララの言葉を認めながらもロレットは逆切れしている。
ロレットが語っている途中に、ララが湯を持って入ってきていた。
棚から瓶を取り出しテーブルの上にこれ見よがしに置きはじめる。
ロゼリアは自分の部屋にココアと砂糖があることを初めて知ったのである。
棚にはいつの間にか、ハーブティーやココアやコーヒーなど、貴重なものが入れられているようであった。
ロゼリアに目線で、何かこれらで作って差し上げなさいと指示する。
ここまでしたのなら自分でやってくれればと思うのだが、ララにとってはこれはロゼリアがロレットを取り込むのにチャンスだと踏んだようである。
ロレットが部屋に入るなり、堰き止めていたものが流れ出す。
しゃくりをあげるロレットを、まずは応接の椅子に座らせ、頭からタオルを被せてがしがしと拭く。ロレットはなされるがままである。
もう一枚タオルを肩にかけた。
「わたしっ。頑張っていたのにっ。みなさんが喜んでくれると思って、毎日徹夜までして、なのに、気に入らないからって、捨てられるようなそんな扱いって、ひどすぎます」
「まだ、捨てたとは決まったわけじゃないから。洗濯して風に飛ばされたとか、持ち歩いていて落としてしまったとかそういうこともあり得るのだから。落ち着いて……」
「宝物箱に入れて大事にすると、イリスさまはたいそう喜ばれておられました。普段使いに持ち歩いて落とすなんてことはありません!それがあそこにあったということは、使って、汚れたので適当に捨てて、ということではありませんか!わたしの大きな作品は額にいれられて飾られるほど貴重な扱いをされる時もあるのですよ!」
ロゼリアの慰めを恐ろしい形相でロレットは一蹴する。
「そ、そうなんだね……」
「わたしっ。こんなあれですから、みなさんに受け入れてもらうために努力してきたんです。話しかけてくれるのも、いろんなことを頼まれるのも、刺繍をねだられるのも本当に自分を認めてもらえたと思えてうれしかったのです。途中参加ですし。ロゼリアさまも途中参加だから、すっかり出来上がった女子の輪の中に入っていく辛さってわかりますよね?」
「そうだね、辛いね」
ロゼリアは鬼気迫る迫力に圧倒される。
正直言えば、ロゼリアは女子の中に和気あいあいと仲良く戯れている姿を望んだことがない。
だから、ロレットの辛さを本当のところ分かるとはいえないが、好意を無碍にされたのならショックを受けて当然かもと理解する。
「わたしっ。もともとリシュアさまの侍女だったんです……」
ロレットはしゃくりを上げながら胸に詰まった塊を吐き出すように話はじめた。
リシュアはB国の姫で気高く美しい。その母の妹の子がロレットで、ロレットの身分は低かったが、リシュアの友人として王城で過ごす。13になったときには、正式に侍女としてリシュアに仕えることになった。高慢でありながらも美人なリシュアはB国の宝だといわれていて、ロレットはそのリシュアの傍で豪華な饗宴、華やかなドレスに囲まれて過ごす。
リシュアはロレットをそばにおいた。
外見は地味で性格も大人しいロレットは、リシュアの美しさ華やかさを一層引き立てる役割があたえられたのである。
エール国フォルスが軍事力を元に森と平野の国々を手中に収めていく中、B国は最後までその勢力下にはいることに抵抗する。純度の高いルビーの産地として財力を持ち、兵を養うB国の国境の守りは硬く厚い。
森と平野で独立を保つのはB国のみとなっていた。
独立はB国の誇りであり、エール国は森と平野の最後の独立国B国を陥落させようと躍起になる。
だが、それが一変するのは昨年であった。
フォルスは内部から崩壊させる作戦へ変更する。
その一端となったのが、王族の血を引くロレットの母とその夫。
母は戦時状態がいつまでも続くことを憂いていた。
「父はエール国と手を結ぶべきだという貴族たちを代表する立場で、前王と対立しました。父は、エール国の援助をひそかに受けることになりました。前王を幽閉し王座を譲り受けました。リシュアは多くの助力により王族に留まれましたが、その時から、侍女であったわたしとの立場が逆転してしまったのです。プライドの高いリシュアにとっては大変つらかったことでしょう。リシュアがこの夏スクールに参加することを、父である現王が認めたのは、肩身の狭いB国を離れて気持ちに整理をつけて欲しいから。そして他国へ嫁ぐのに、どうせなら気に入った人を見つけて欲しいという思いがあったからでした。それが、あんな、エールの王子を殺そうとするなんて……」
ロレットは涙をのむ。
一方でロゼリアは生唾を飲み込んだ。
ロレットは王位をゆずり受けたというが、それは王位簒奪である。
さらにB国王は国民をなだめるためにリシュア姫を王族に残した。彼女の恨みの深さを知った上で、夏スクールに派遣すれば、エールの王子殺害など自暴自棄な凶行を行うだろうということを予想していたのに違いない。
そして、フォルス王か王子暗殺未遂でリシュア姫を処刑するという流れを描いていたのではないかと思ったのだ。
「だからわたしはっ。暗殺未遂のB国というイメージを払拭しにきたんですけど、やっていることは……」
「小間使いですね」
「小間使いって、断定的な言い方やめてください!せめて、まるで、小間使いって婉曲的にいってください。以前リシュアの小間使いだったことは確かですから!」
ロゼリアが言葉にできないことを端的に言ったのはララである。
ララの言葉を認めながらもロレットは逆切れしている。
ロレットが語っている途中に、ララが湯を持って入ってきていた。
棚から瓶を取り出しテーブルの上にこれ見よがしに置きはじめる。
ロゼリアは自分の部屋にココアと砂糖があることを初めて知ったのである。
棚にはいつの間にか、ハーブティーやココアやコーヒーなど、貴重なものが入れられているようであった。
ロゼリアに目線で、何かこれらで作って差し上げなさいと指示する。
ここまでしたのなら自分でやってくれればと思うのだが、ララにとってはこれはロゼリアがロレットを取り込むのにチャンスだと踏んだようである。
0
お気に入りに追加
575
あなたにおすすめの小説
四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。
千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。
○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
完 あの、なんのことでしょうか。
水鳥楓椛
恋愛
私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。
よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。
それなのに………、
「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」
王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。
「あの………、なんのことでしょうか?」
あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。
「私、彼と婚約していたの?」
私の疑問に、従者は首を横に振った。
(うぅー、胃がいたい)
前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。
(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
悪役令嬢に仕立てあげられて婚約破棄の上に処刑までされて破滅しましたが、時間を巻き戻してやり直し、逆転します。
しろいるか
恋愛
王子との許婚で、幸せを約束されていたセシル。だが、没落した貴族の娘で、侍女として引き取ったシェリーの魔の手により悪役令嬢にさせられ、婚約破棄された上に処刑までされてしまう。悲しみと悔しさの中、セシルは自分自身の行いによって救ってきた魂の結晶、天使によって助け出され、時間を巻き戻してもらう。
次々に襲い掛かるシェリーの策略を切り抜け、セシルは自分の幸せを掴んでいく。そして憎しみに囚われたシェリーは……。
破滅させられた不幸な少女のやり直し短編ストーリー。人を呪わば穴二つ。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる