上 下
164 / 238
第九話 女の作法

96-2、刺繍のハンカチ③

しおりを挟む
 ロゼリアはたくさんの瓶から、冷えた体と心を温めてくれそうなココアを選ぶ。砂糖を大目に加えたココアにシナモンパウダーを適当に振りかけ、しっかり混ぜてからロレットに手渡した。
 ココアとシナモンの香りにすんすんと鼻を鳴らした。
 涙が止まったようである。

「ロゼリア、どう思いますか?」
「小間使いっていうのは言い過ぎだと思う。どうって聞かれれば、ロレットはすごく、すごく、わたしからみても頑張っていると思うよ。ロレットが一人でB国のイメージを変えようとみんなと仲良くしよう、気に入られようと努力しているのは尊敬に値する。複雑な立場のわたしに笑いかけてくれたのは、ロレットぐらいだったし」

 こくこくとロレットはうなづきながらココアをすする。
 鼻水が垂れているので塩味が加味されて、甘しょっぱいココアになっているのではないかと思う。ロレットの頬にようやく血の気がもどってくる。
 ララは鋭い目をロゼリアに向けている。
 この答えでは、足りていないのだ。
 ロゼリアは背筋を伸ばした。

「……だけれども?」
 ララは促した。
「だけれども、えっと、ロレットの努力は僕は認めているんだけど、だけどロレットが本当に評価して欲しいのは僕……、わたしじゃなくて、ジュリアたち。イリスはロレットの好意の努力を踏みにじりながら、さらに好意を要求している。ロレットの好意には時間と手間がかかってる。睡眠時間を削るほどに。それをわかっていてイリスが過分な好意を要求しているのならば、ロレットは優越感にひたる彼女に弄ばれているのと変わらない。もしかして睡眠不足でふらふらなのを、みんなで見てほくそえんでいるのかもしれない」
「そんな……」
 ロレットの顔色が変わり、再び泣きそうになった。
「だけど、彼女たちがそこまでしてしまうのはイリスたち側だけの問題ではなくて、努力をしているわたしを認めて!わたしの素晴らしい好意を受け取って頂戴!というロレットの行き過ぎた態度にも問題があったのだと思う。自分の好意を押し付け相応の感謝を無意識にでも要求したり、努力し頑張った分を、他人から評価されることを過度に求めると、自分自身を失ってしまう。他人の評価軸では自分は幸せにはなれない……」

 ロゼリアはそこまで言って、女は男に依存してはなりません、とララにいわれたことを思い出した。
 過度に依存してはならないのは男でも友人でも同じようなものかもしれない。

「わたしの努力や好意に対する評価を、イリスさまたちに過度に求めていたということなの?わたしは。ただ役に立つことが嬉しかっただけで……」

 くすりとララは笑う。 
 みかねてロゼリアは膝をつき、ココアのカップを両手でもつロレットの手に、己の手を重ねた。

「小間使いのように役にたつ女という評価を求めることが、あなたのB国姫としての在り方ですか?」
「いえ、違う。でも、どうしたら。気分を害されないように笑いかけ、刺繍をしてプレゼントして取り入り、気をまわしてあれこれ先回りしてやってあげること以外に、わたしにはやり方がわかりません……」
 うるうるとロレットの目が涙をたたえゆれる。
 答えを求めてロゼリアにすがりついた。

 そこへ、ララは柏手を打った。
 見計らったかのような鋭い音に、部屋の重い空気が一瞬にして飛んだ。

「はい。ロゼリアさま、ロレットさま。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、今の段階ではここまでで十分です。なぜなら、少し確認しなければならないことが残っていますから。ロレットさまは刺繍のハンカチをイリスさまに捨てられたと思っておられますが、本当にそうなのかご本人さまから確認されましたか?ロレットさまのプレゼントを本当に喜ばれているのかもしれません。外に落ちていたのは、何か手違いがあったのかもしれませんね。小間使い的な行動はあらためることは必要ですが」

 机に重ねられた10冊の本をララは流し目で見た。

「ここに隣の部屋のお嬢さまがたがお待ちかねの本がございます。ここに置いていてもロゼリアさまのトレーニング材料になるだけですので、隣の部屋に持っていくついでに、ハンカチのことをイリスさまに確かめられたらいかがですか?その後のことは、その時に考えましょう。さあ、ロレットさま。顔を洗い、髪を乾かして、きれいにいたしましょう……」

 ララは、ロゼリアとロレットに嫣然と笑いかけた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
『俺は命をかける価値のある、運命の女を探している』 赤毛のセルジオは、エール国の騎士になりたい。 募集があったのは、王子の婚約者になったという、がさつで夜這いで田舎ものという噂の、姫の護衛騎士だけ。 姫騎士とは、格好いいのか、ただのお飾りなのか。 姫騎士選抜試験には、女のようなキレイな顔をしたアデール国出身だというアンという若者もいて、セルジオは気になるのだが。 □「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」の番外編です。 □「姫の騎士」だけでも楽しめます。 表紙はPicrewの「愛しいあの子の横顔」でつくったよ! https://picrew.me/share?=2mqeTig1gO #Picrew #愛しいあの子の横顔  EuphälleButterfly さま。いつもありがとうございます!!!

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃
恋愛
辺境の小国から人質の王女が帝国へと送られる。マリオン・クレイプ、25歳。高身長で結婚相手が見つからず、あまりにもドレスが似合わないため常に男物を着ていた。だが帝国に着いて早々、世話役のモロゾフ伯爵が倒れてしまう。代理のモック男爵は帝国語ができないマリオンを王子だと勘違いして、皇宮の外れの小屋に置いていく。マリオンは生きるために仕方なく働き始める。やがてヴィクター皇子の目に止まったマリオンは皇太子宮のドアマンになる。皇子の頭痛を癒したことからマリオンは寵臣となるが、様々な苦難が降りかかる。基本泣いてばかりの弱々ヒロインがやっとのことで大好きなヴィクター殿下と結ばれる甘いお話。全27話。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

処理中です...