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第九話 女の作法
94-1、刺繍のハンカチ①
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翌日の朝、洗顔用のタライを持ってきたララはサクサクと服を用意し、ロゼリアの準備を手伝った。
髪も昨日と同じふんわりとした三つ編みに仕上げる。
昨夜はマッサージしてもらいながら寝落ちしたこともあって、ロゼリアはいつにも増してすっきりした目覚めであった。
どたばたと足音をさせてしまうというのは、意識がそちらに向いていない証拠で、一度体の中心に芯を通し、体に細かな筋肉の使い方を覚えこませてしまえば、普段は意識しなくても滑るようになめらかに動けるようになるものだそうである。
ロゼリアの雑な挙措を矯正するためのララの秘策は、頭に本を乗せて落とさないというとてもシンプルなものである。
それように、とロゼリアに持ってきた第一関節の半分ほどの薄さの本を手に持たせると、ララは椅子に座るロゼリアの前にしゃがみ込んだ。
「殿方はきゅっとしまった足首と適度にやわらかな肉のついたふくらはぎが好きな方も多いのですよ」
好きな肉はウサギのモモ肉ですとでもいうようにララは言う。
「男の人に別に気に入られるためだけにそういう足になりたいとは思わないんだけど。男に媚びるようで嫌だ」
ロゼリアが言うと、あなたはそれだからお子様よね、というような笑みがララに浮かぶ。
「これは男の人の気を引くためではなくて、あなたの美しい足をうっとりと眺める男をみて、優越感を得るためのものです。ぼ、きゅん、ぼんのスタイルは胸、ウエスト、お尻、だけと思われていますが、もも、膝、ふくらはぎ、そして足首もメリハリがつくとよいですし、自信になります。たいていの女性は誤解しているところですが、美しさとは、お顔の皮一枚のことをいうのではありません」
「自信……」
昨夜の話ではないが、ロゼリアに足りていない要素の一つである。
「そうです。メリハリボディに優雅さを身につけて、少しずつ自信を涵養していきましょう!」
そして、差し出されたのがララ特製のサンダル状の靴であった。
甲を革で押さえ、さらに丈夫なりぼん状の紐を足首で結んで固定するタイプのものである。
「ララ、これはサンダルなの?サイズがあっているようには思えないんだけど。これは、小さすぎる!」
サイズは通常の靴の半分。土踏まずの半ばまでしか足を覆っていない。
覆われていないかかとが宙に浮いている。
「これでは踏ん張れないよ」
「ララ特製サンダルは、かかとを浮かせた不安定な状態で足指でしっかり大地を踏んで支えます。ずっとつま先立ちになることで、今までの筋肉と全く違う筋肉を使うことになります。足首はみるみるひきしまりますよ。前からみればカモシカのような美脚になれます。立てますか?歩けますか?」
ロゼリアは何とか立ちあがった。
かかとが心もとない。歩いてみると、よろよろする。
全く歩けないというわけではないが、非常に疲れる。
「……ふくらはぎがつりそう。気を抜けば後ろに尻餅をついて転がりそう」
「今日から終日、当分の間そのサンダルです。筋肉痛以外の痛みがあれば、即中止しますので言ってください。後ろに転がるような不格好なことはやらないように耐えてくださいね」
「今日から当分……」
「そしてさきほどのそれを頭に乗せますね。姿勢を意識し、滑るような動作を身につけるために。これもできるだけ落とさないで行動しましょう。ほら、背筋を伸ばしてください」
ララはロゼリアの姿勢を確かめ、顎の方向を微調整してから、頭のてっぺんに薄い本を乗せた。
「これでは、まったく歩けそうにないんだけど」
「大丈夫です。まだ始まったばかりですから」
ロゼリアの戸惑いを完全に無視して、ララは嫣然と笑ったのである。
頭に本をのせ、かかとのないサンダルでロゼリアはとろとろ歩いた。
目指す優雅な所作とは絶壁の隔たりがあるが、ロゼリアはララの言うことには従うことにした。頭に本を乗せていることが、授業の内容や進行に影響を与えるとも思えなかったし、そもそも、優雅さに対してロゼリアは自分なりのトレーニング方法を持ち合わせていなかったから。
ロゼリアの姿は失笑を買い、笑われることになったのだが。
「あははははっ、何よそれは」
ベラはロゼリアを見るなり豪快に笑う。くすくす笑われるより、豪快に笑われるほうが数段もましである。
「ロゼは本当にそれで一日過ごすつもりなの?」
「もちろんそのつもり」
「優雅さが身につくって本当かしら」
教室では顔をしかめて露骨に距離を置く女子たちも多かった。
ベラは全く気にした様子はなく、先ほどまで授業で使っていた歴史の本をロゼリアにならって頭に乗せている。
結局、アンだった時と同じような席に、周囲を見回せば同じようなメンバーが座っている。
アンでもロゼリアでも、ロゼリアの立ち位置が同じなのが面白いところである。
アンの時にジルコンの取り巻きたちに目の敵にされたように、ジュリアを中心とする女子の、大きなグループには入れてもらえていない。
それはそれで気楽であるといえるのだが。
「朝練は続いているの?」
「アンがいなくなって立ち消えちゃったっていうところ。ジルコンさまも来なくなったし」
「そうなの」
「僕は走っているよ。ベラも走るぐらいならできるだろ。続けようよ」
「わたしは朝練を卒業して、今度はこれをするわ」
髪も昨日と同じふんわりとした三つ編みに仕上げる。
昨夜はマッサージしてもらいながら寝落ちしたこともあって、ロゼリアはいつにも増してすっきりした目覚めであった。
どたばたと足音をさせてしまうというのは、意識がそちらに向いていない証拠で、一度体の中心に芯を通し、体に細かな筋肉の使い方を覚えこませてしまえば、普段は意識しなくても滑るようになめらかに動けるようになるものだそうである。
ロゼリアの雑な挙措を矯正するためのララの秘策は、頭に本を乗せて落とさないというとてもシンプルなものである。
それように、とロゼリアに持ってきた第一関節の半分ほどの薄さの本を手に持たせると、ララは椅子に座るロゼリアの前にしゃがみ込んだ。
「殿方はきゅっとしまった足首と適度にやわらかな肉のついたふくらはぎが好きな方も多いのですよ」
好きな肉はウサギのモモ肉ですとでもいうようにララは言う。
「男の人に別に気に入られるためだけにそういう足になりたいとは思わないんだけど。男に媚びるようで嫌だ」
ロゼリアが言うと、あなたはそれだからお子様よね、というような笑みがララに浮かぶ。
「これは男の人の気を引くためではなくて、あなたの美しい足をうっとりと眺める男をみて、優越感を得るためのものです。ぼ、きゅん、ぼんのスタイルは胸、ウエスト、お尻、だけと思われていますが、もも、膝、ふくらはぎ、そして足首もメリハリがつくとよいですし、自信になります。たいていの女性は誤解しているところですが、美しさとは、お顔の皮一枚のことをいうのではありません」
「自信……」
昨夜の話ではないが、ロゼリアに足りていない要素の一つである。
「そうです。メリハリボディに優雅さを身につけて、少しずつ自信を涵養していきましょう!」
そして、差し出されたのがララ特製のサンダル状の靴であった。
甲を革で押さえ、さらに丈夫なりぼん状の紐を足首で結んで固定するタイプのものである。
「ララ、これはサンダルなの?サイズがあっているようには思えないんだけど。これは、小さすぎる!」
サイズは通常の靴の半分。土踏まずの半ばまでしか足を覆っていない。
覆われていないかかとが宙に浮いている。
「これでは踏ん張れないよ」
「ララ特製サンダルは、かかとを浮かせた不安定な状態で足指でしっかり大地を踏んで支えます。ずっとつま先立ちになることで、今までの筋肉と全く違う筋肉を使うことになります。足首はみるみるひきしまりますよ。前からみればカモシカのような美脚になれます。立てますか?歩けますか?」
ロゼリアは何とか立ちあがった。
かかとが心もとない。歩いてみると、よろよろする。
全く歩けないというわけではないが、非常に疲れる。
「……ふくらはぎがつりそう。気を抜けば後ろに尻餅をついて転がりそう」
「今日から終日、当分の間そのサンダルです。筋肉痛以外の痛みがあれば、即中止しますので言ってください。後ろに転がるような不格好なことはやらないように耐えてくださいね」
「今日から当分……」
「そしてさきほどのそれを頭に乗せますね。姿勢を意識し、滑るような動作を身につけるために。これもできるだけ落とさないで行動しましょう。ほら、背筋を伸ばしてください」
ララはロゼリアの姿勢を確かめ、顎の方向を微調整してから、頭のてっぺんに薄い本を乗せた。
「これでは、まったく歩けそうにないんだけど」
「大丈夫です。まだ始まったばかりですから」
ロゼリアの戸惑いを完全に無視して、ララは嫣然と笑ったのである。
頭に本をのせ、かかとのないサンダルでロゼリアはとろとろ歩いた。
目指す優雅な所作とは絶壁の隔たりがあるが、ロゼリアはララの言うことには従うことにした。頭に本を乗せていることが、授業の内容や進行に影響を与えるとも思えなかったし、そもそも、優雅さに対してロゼリアは自分なりのトレーニング方法を持ち合わせていなかったから。
ロゼリアの姿は失笑を買い、笑われることになったのだが。
「あははははっ、何よそれは」
ベラはロゼリアを見るなり豪快に笑う。くすくす笑われるより、豪快に笑われるほうが数段もましである。
「ロゼは本当にそれで一日過ごすつもりなの?」
「もちろんそのつもり」
「優雅さが身につくって本当かしら」
教室では顔をしかめて露骨に距離を置く女子たちも多かった。
ベラは全く気にした様子はなく、先ほどまで授業で使っていた歴史の本をロゼリアにならって頭に乗せている。
結局、アンだった時と同じような席に、周囲を見回せば同じようなメンバーが座っている。
アンでもロゼリアでも、ロゼリアの立ち位置が同じなのが面白いところである。
アンの時にジルコンの取り巻きたちに目の敵にされたように、ジュリアを中心とする女子の、大きなグループには入れてもらえていない。
それはそれで気楽であるといえるのだが。
「朝練は続いているの?」
「アンがいなくなって立ち消えちゃったっていうところ。ジルコンさまも来なくなったし」
「そうなの」
「僕は走っているよ。ベラも走るぐらいならできるだろ。続けようよ」
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