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第八話 ふたりの決断
81-1、舞台 ①
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ジルコンはピンとはった白い襟つきのシャツに、軽い素材の黒ジャケットを羽織り、扉に背を向けて待っていた。
扉が開くと向き直った。
ロゼリアを見て、心底ほっとしたように肩から力が抜けていくのが見て取れた。
「ようやく出てきてくれたんだな。十年も会わなかったような気がする」
緊張気味のロゼリアだったが、その言葉に思わず笑ってしまう。
「十年って大げさすぎ。何もかも放り投げたい時ってあるでしょう」
「俺にはないよ」
ジルコンの視線は、背後から姫姿のアンジュがでてきても、ロゼリアから離れない。顔に不調の影でも見えないかと探している。
「……本当に体調はもういいのか?」
ジルコンが詰め寄る分だけ、ロゼリアは無意識に体を引こうとして後ろがないことに気づき踏みとどまった。
今日で最後。
怯えた印象をジルコンに残したくはなかった。
「外に誘い出そうとしたのはジルのほうでしょう。ロゼリアと僕の婚約者のサララがジルコンに挨拶をしたがっている」
ようやくジルコンは後ろの二人に目をむけた。
ロゼリア姫とアンジュの婚約者の訪問を歓迎する外交上の口上を述べ、ロゼリアにはさらりと儀礼的な目礼を、サララは上から下まで目を走らせた。
「サララ殿、初めてお目にかかります。ジルコンと申します。わたしが責任をもってお預かりしておりますアンジュ殿の体調不良には大変ご心配をおかけいたしました。今日はサララ殿は来られないとのこと、誠に残念ではありますが、連日の悪路、移動続きでお疲れでもありましょう。ここにはご婦人にも入っていただける温泉が王城内にございます。ごゆるりとお過ごしください。後で誰かを寄越しますので気が向けば王城内のご見学でもどうぞなさってください」
「ご厚意ありがとうございます。そのようにいたしますわ」
サララはにこやかに手を振って、アデールの双子を連れるジルコンを見送った。
サララに向けたジルコンの視線は、友人の婚約者に対するものではない。
ジルコンが意識しているかしていないかはわからないが、女を値踏みしあらさがしをする、冷ややかな視線であった。
「これは、ロズさま、ジルコン王子は本気ですよ、ジルコン王子はアンジュ王子の婚約者であるわたしを観劇に誘いもしません。そして、ロズさまの部屋からわたしに立ち去れと。わたし、あんな厳しい目で今まで見られたことがありません……」
ぽつりとつぶやいたのだった。
※※※
劇場の近くまで、王城から馬車で行く。
馬車の中での話は、ジルコンがアデールの姫に向かっての儀礼的な会話に終始する。
姫姿のアンジュは言葉少なめであるし、ジルコンはすぐに会話のネタを尽きてしまったようである。
ロゼリアは視線を王都の街に向けていた。
劇場は、歓楽街と隣接する文化施設が林立する中にある。
市民も利用できる巨大な図書館、学校、大学、美術館、博物館、そして、巨大な劇場があった。
マーケットの中にある露店劇場と規模の違う、エールの現在の建築技術の粋を結集させた劇場である。
そこは流行に敏感な若者たちや観光客に人気のスポットである。
ジルコンは馬車を随分手前で留めた。
そしておもむろに黒ジャケットを脱ぎ、シャツ姿になる。
首に巻いているスカーフもゆるくだらしなく結び直した。
「ロゼリア姫、ここから歩いていいでしょうか。人混みを抜けて参りましょう」
「ここでですか?」
「お忍びですから、庶民と一緒の行動するのがいいでしょう?」
アンジュは面食らっている。
ロゼリアはジルコンが自分たちのカジュアル度に合わせたことを察した。
馬車から降りると、歩道は劇場や美術館に行き交う人たちで混雑していた。
この通りは特に若者たちが多かった。
さらに、ところせましと露店が軒を連ねることで歩道をせまくし、そのためにより混雑を増す。
アンジュは引き離されないようにジルコンの傍によっている。
ロゼリアはジルコンを見失わないように反対側の傍に寄る。
ロゼリアはジルコンと手をつなぎたくなる衝動と戦った。
行き交う人たちの景色が以前見たときと違っていることに気が付いた。
「ジル!女子たちの髪が、ぷっつりと肩までの長さしかないんけど、一体これはどうしたの!」
「肩までの髪って、最近の変化だったのですか?わたしも気になっておりました」
アンジュはジルコンを挟んでロゼリアにいう。
真ん中のジルコンは、すぐ前を歩く娘をみた。
「ああ、あれは、最近はじまった劇でヒロインが、男装して髪を切るというシーンがあって、それが流行になったようなんだ。それがこれから見る劇なんだが」
「女が髪を切るだって……」
アンジュが眉をひそめた。
「アデールでは考えられません。女だけでなく男も伝統的に髪を伸ばして三つ編みにするのが常識ですから。髪には霊力が宿り魅力を増す効果があり、男には生命エネルギーを髪に貯めるといわれていますので。最近では男の人で短く切るものもおりますが」
扉が開くと向き直った。
ロゼリアを見て、心底ほっとしたように肩から力が抜けていくのが見て取れた。
「ようやく出てきてくれたんだな。十年も会わなかったような気がする」
緊張気味のロゼリアだったが、その言葉に思わず笑ってしまう。
「十年って大げさすぎ。何もかも放り投げたい時ってあるでしょう」
「俺にはないよ」
ジルコンの視線は、背後から姫姿のアンジュがでてきても、ロゼリアから離れない。顔に不調の影でも見えないかと探している。
「……本当に体調はもういいのか?」
ジルコンが詰め寄る分だけ、ロゼリアは無意識に体を引こうとして後ろがないことに気づき踏みとどまった。
今日で最後。
怯えた印象をジルコンに残したくはなかった。
「外に誘い出そうとしたのはジルのほうでしょう。ロゼリアと僕の婚約者のサララがジルコンに挨拶をしたがっている」
ようやくジルコンは後ろの二人に目をむけた。
ロゼリア姫とアンジュの婚約者の訪問を歓迎する外交上の口上を述べ、ロゼリアにはさらりと儀礼的な目礼を、サララは上から下まで目を走らせた。
「サララ殿、初めてお目にかかります。ジルコンと申します。わたしが責任をもってお預かりしておりますアンジュ殿の体調不良には大変ご心配をおかけいたしました。今日はサララ殿は来られないとのこと、誠に残念ではありますが、連日の悪路、移動続きでお疲れでもありましょう。ここにはご婦人にも入っていただける温泉が王城内にございます。ごゆるりとお過ごしください。後で誰かを寄越しますので気が向けば王城内のご見学でもどうぞなさってください」
「ご厚意ありがとうございます。そのようにいたしますわ」
サララはにこやかに手を振って、アデールの双子を連れるジルコンを見送った。
サララに向けたジルコンの視線は、友人の婚約者に対するものではない。
ジルコンが意識しているかしていないかはわからないが、女を値踏みしあらさがしをする、冷ややかな視線であった。
「これは、ロズさま、ジルコン王子は本気ですよ、ジルコン王子はアンジュ王子の婚約者であるわたしを観劇に誘いもしません。そして、ロズさまの部屋からわたしに立ち去れと。わたし、あんな厳しい目で今まで見られたことがありません……」
ぽつりとつぶやいたのだった。
※※※
劇場の近くまで、王城から馬車で行く。
馬車の中での話は、ジルコンがアデールの姫に向かっての儀礼的な会話に終始する。
姫姿のアンジュは言葉少なめであるし、ジルコンはすぐに会話のネタを尽きてしまったようである。
ロゼリアは視線を王都の街に向けていた。
劇場は、歓楽街と隣接する文化施設が林立する中にある。
市民も利用できる巨大な図書館、学校、大学、美術館、博物館、そして、巨大な劇場があった。
マーケットの中にある露店劇場と規模の違う、エールの現在の建築技術の粋を結集させた劇場である。
そこは流行に敏感な若者たちや観光客に人気のスポットである。
ジルコンは馬車を随分手前で留めた。
そしておもむろに黒ジャケットを脱ぎ、シャツ姿になる。
首に巻いているスカーフもゆるくだらしなく結び直した。
「ロゼリア姫、ここから歩いていいでしょうか。人混みを抜けて参りましょう」
「ここでですか?」
「お忍びですから、庶民と一緒の行動するのがいいでしょう?」
アンジュは面食らっている。
ロゼリアはジルコンが自分たちのカジュアル度に合わせたことを察した。
馬車から降りると、歩道は劇場や美術館に行き交う人たちで混雑していた。
この通りは特に若者たちが多かった。
さらに、ところせましと露店が軒を連ねることで歩道をせまくし、そのためにより混雑を増す。
アンジュは引き離されないようにジルコンの傍によっている。
ロゼリアはジルコンを見失わないように反対側の傍に寄る。
ロゼリアはジルコンと手をつなぎたくなる衝動と戦った。
行き交う人たちの景色が以前見たときと違っていることに気が付いた。
「ジル!女子たちの髪が、ぷっつりと肩までの長さしかないんけど、一体これはどうしたの!」
「肩までの髪って、最近の変化だったのですか?わたしも気になっておりました」
アンジュはジルコンを挟んでロゼリアにいう。
真ん中のジルコンは、すぐ前を歩く娘をみた。
「ああ、あれは、最近はじまった劇でヒロインが、男装して髪を切るというシーンがあって、それが流行になったようなんだ。それがこれから見る劇なんだが」
「女が髪を切るだって……」
アンジュが眉をひそめた。
「アデールでは考えられません。女だけでなく男も伝統的に髪を伸ばして三つ編みにするのが常識ですから。髪には霊力が宿り魅力を増す効果があり、男には生命エネルギーを髪に貯めるといわれていますので。最近では男の人で短く切るものもおりますが」
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