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第六話 黒鶏

64、自分の道 ①

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 狩りから三日目になり、ようやくベッドからエストはでた。
しばらく消化のよいどろどろした粥ばかり食べていたので、きちんとした食事がありがたい。

 気を失ったその後の状況をエストは自分の護衛から聞いていた。
護衛があの現場についた時、あの場にはジルコン王子と大柄な黒騎士ジム、そして馬と共にラシャールがいて、解毒剤はジムが持っていて、応急処置がされる間、アデールの王子はずっと気を失ったエストを膝枕していたという。
 話をきけば聞くほど、エストの恥ずかしさが増していく。
 自分はいったいどれだけ多くの人に迷惑をかけ、力を借りたのか。
 
 食堂で、ジルコン王子が座るテーブルにつく。
 いつもの取り巻きたちも既に座っていて、エストが遅れて座っても、軽い目だけの挨拶で、会話が途切れることなく続いている。
 ふと、ジルコンは顔をエストに向けた。
「お前の鶏、オスだったんだな。長唄の才能があるとは知っていたのか?」
「恥ずかしながら知りませんでした。オスということも知らなかったぐらいですし、鶏のことも学び直しです」
「本当に早朝に起こされていい目覚ましになったよ。おかげで体調がすぐれない」
 ノルが言う。嫌味が混ざっている。
「今朝は起こされなかったが、鶏を帰したのか」
 ジルコンが言う。
「わたしの護衛に連れて帰ってもらいました。多大なご迷惑をおかけしたこともあり、少し鶏から少し離れこちらに専心しようかと思いまして」
「鶏だけ帰したんだな。その腕に巻いた包帯が外せるまで、鶏と一緒に貴国で養生すればいいんじゃないか?」
 バルドが言う。
「帰国する必要はないよ。調子が悪ければ部屋で休んでもらってもいい。まだまだこのスクールは続く。不測の怪我を負われたが、このままとどまっていてくれる方が、我々にとって実りがあるだろう」
 ジルコンがバストの言葉を訂正する。
「とはおっしゃられても、まともに狩りにも参加せず、怪我をして狩りを中断させて大騒ぎを起してしまったのですから、もう少し羞恥を見せていただかないと、我々もどうも」
 そう言ったのはノルである。
 ようやくエストは気が付いた。
 取り巻きたちは、エストを孤立させに入っている。
 エストはそれぞれが見舞いに来てくれた時に、お詫びをしていたのだが、改めて頭を下げて謝った。
「あまり、見苦しい姿を見せれば、D国の品位を下げてしまうことになりますよ。エスト殿は気を付けられた方がいいかもしれませんね」
 ラドーはおっとりという。
 エストに絡む話はそこまでだった。
 また、前の話に戻っている。
 ジルコンが席を立つと、他の者たちも立ち上がった。
 食事中、あまり発言しなかったフィンがスプーンを落として拾い上げようとエストの傍にかがんだ。

「だから、あれだけ気を付けろといったのに。あいつを追いかけて、あいつを庇って毒蛇に噛まれるなんて、なにとち狂っているんだよ。それにラシャールの馬に担がれて帰ったんだぜ。ジルコンもラシャールに頭を下げていた。草原の奴らに弱みをみせて。ノルとバルドはかんかんだ。お前を追い出そうとしている。いつまでお前は耐えられるんだろうか」
 フィンは立ち上がった。
「個人的にはエスト殿を応援している。せいぜい、頑張れ」
 とても応援しているようには聞こえなかった。


 誰もいなくなったテーブルに呆然と座っていると、前をラシャールが食器を片付けに歩いていく。
 エストは気を取り直し、立ち上がり追いかける。
 ラシャールにきちんとお礼を言っていなかったのだ。

「気にしないでください。わたしの馬の方が馬力がありますから。それに、他の方は、徒歩であの場でおられましたし運搬手段が他にありませんでしたから」
 そのことだった。
 ずっとエストが疑問に思っていたこと。
 なぜにラシャールがあの場にいたのか。彼らは別の方面から狩りをしていたはずだった。
「たまたまです。俺は、銀の輪をつけたあなたの鶏を追いかけていたんです。一直線に飛んでいくので、何か目指すところがあるのではと思いました。黒鶏が崖を飛んで渡ったので、いったんはあきらめようと思ったのですが、蛇に絡まれるあなたの姿をみて、助走をつけて飛ぶことにしました」
 エストはそれをきき、ぞっとする。
 確か対岸は、空が分断したように思えた。距離として五メートル以上あったように思えた。とても人馬が飛べる距離ではない。
 それにあの距離で、蛇が見えたとは恐ろしく目がいい。
 草原の男の身体能力は侮れない。

「命がけではないですか。それにあなたとあなたの馬の勇気と能力は素晴らしい」
 思わず感嘆の声を上げる。
「あまり我々の馬の能力を見せつけるつもりはなかったのですが。しかたありません」
 パジャンと戦になったとき、騎馬戦だけは避けるべきだと心に刻みつけたのだった。
 ラシャールの横には長身のアリシャンがいる。
「生け捕れてよかったな」
 気安くエストにいう。
 鶏はぐるぐるこけこけとかわいいな、と他の者たちからも気安く声がかかる。
「即席の籠をつくって持ち帰っているうちに、卵をぽろぽろ産むんだぜ?」

 パジャン側は随分楽しく50羽を捕まえたようだった。
 エストはその中でも鶏好き代表のような立場のようである。
 
 エストはラシャールたちを見送ると、最後のお礼を伝えるべき人を探す。
 アデールの王子は、いつもの席にふっくらした頬のベラと、パジャン側の影の薄い王子といた。
 まだ、食堂には人が残っている。
 ごくりとエストは生唾を飲んだ。
 アデールの王子は、エール側のジルコンの取り巻きからはじき出されていることは周知の事実で、エストも普段はその中心にいた。無視したりジルコンを遠ざけるように壁になったりしていたその一人だったからだ。
 だが、鶏をきっかけに、急激にエストはアデールの王子を知ることになった。
 同時に、恐らくアデールの王子もエストの事を。
 
「おはよう、アン」
 アデールの王子は顔を上げ、エストだとわかると眼を見開くが、にっこり笑った。
 頬にまだ横筋がたくさん残っている。
 エストの顔と同じだ。
 その他には怪我をしている様子もないのがほっとする。
「おはよう!エスト。もうすっかり大丈夫なの?空いている席にどうぞ」
 ベラも影の薄い王子も驚愕しているのがわかる。
 部屋に残っている者たちもきっと。
 進められるままにエストは彼らの席に座ったのである。


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