男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

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第六話 黒鶏

63、夜月を確保せよ⑦

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   アデールの王子がエストの顔をのぞきこんでいた。
  その顔は、クロの追跡で道なき森を走ったために、枝や草にひっかかれ、細かな傷が頬にできている。その目は、アメジストの雫がおとされた、薄暮の空。
  いつもきっちりと後ろで三つ編みにしている髪がほどけて頬にかかっていた。

 「エスト……」

 必死で何かを言っている。
 手を延ばして、乱れた金髪の束に触れようとした。思いがけなく腕が重い。動かない。
 アデールの王子の光を閉じ込めた金の髪は緩やかに結い上げて頬にかかるようにたらすべきだとエストは思う。
 白鶏の柔らかな胸の羽を繊細に糸によりあわせた糸で織り上げた、柔らかく白光するような真っ白いショールが似合う。
 いつからエストはアデールの王子を女のように思うようになったのだろう。
 そう思えば、どんなに男の恰好をしても女にしか見えないではないか。
 エストにはメスにしか見えなかった夜月のように。

「……どうして君は、夜月が、メスではなくてオスだとわかったんだ」
「エスト、話さないで!腕を、噛まれてる。毒がまわってしまう!」

 少し話すだけで息が切れる。
 エストは腕にキツイ酒を吹きかけられたかのようなひりつき焼けるような痛みを感じた。
 最初の一撃目で腕を噛まれたのだった。
 蛇の意識を自分にむけなれば、蛇はいずれアデールの王子に気が付いてしまうだろう。
 それを自分は防いだのだ。その結果がふがいない姿である。
 アデールの王子のクロに、そしてどこからか現れた夜月に助けられたのだ。
 アデールの王子は顔を腕に寄せた。
 腕の、焼けるような熱さのなかに、柔らかく冷たい唇が吸い付いたのがわかる。
 その唇の柔らかさのせいか、頭がくらくらくる。
 アデールの王子は顔を背け、吸い出したものを吐き出した。

「毒を全部吸い出す。痛いと思うけど我慢して」
 エストはアデールの王子を退けようとした。
 万が一飲み込めば、彼もまたマムシの毒にやられてしまう。
 毒にやられるのは自分だけでいい。
「エスト、そのまま眠るのよ。体内の活動を最小限にする。これ以上毒が回らないようにするために。それから誰かが薬を持っているはずだからそれを待つ。エスト、眼を閉じて……」

 アデールの王子の手が目を塞いだ。
 視界が暗くなる。手の温かさは、まるで朝一番に顔にあたる太陽の温かさだのようだと思う。
 その時、夜月が歌いだした。
 喉の奥で共鳴させ、確かな節回しで、七色に音色を変える、見事な歌声。
 鶏は夜明けを告げる。
 エストの気持ちに共感して、夜月は歌い上げた。
 美声を持つのはオスだった。
 あの薬樹公園で聞いたものと非常によく似ているが、夜月の歌声はもっと鮮やかでこぶしがきいていた。
 うぐいすが鳴き方を学ぶように、あの場で歌い方を学んだのだ。

「夜月をオスだと思ったのは、クロと違う目をしていたからだよ。挑みかけるような目だった。男性って大体が挑みかかるような人がおおいでしょう?見えない敵と戦っているというか。自分自身と戦っているともいえそう。エストだってそんな感じ。女性の闘志はもっと穏やかな感じなの。それにクロは、いつもエストのベランダを気にしていたし。夜月をとても気にしていたから、だからオスだと思った。目がうんぬんよりも、本能的な、こっちが本当」
 アデールの王子はくすりと笑う。
「夜月は、鶏冠も、耳朶も……」
 最後まで言えないが、アデールの王子は察した。
「夜月は確かに鶏冠や耳朶はそんなに目立たないけれど、興奮したらすっごく大きくなっていた。普段が小さいから、メスのように思えるかもしれない。でも、特徴には個体差があって、なかには曖昧なところにいる個体もある」
 アデールの王子の口調がやわらかい。
 意識が眠りへと誘われていく。

「なら、君も……」
 男の外見の通りではないのかもしれない。
 本能的なもので、惹かれてしまうのか。
 アデールの王子を、エストは妄想の中で女のように美しく飾り立ててしまう。
 そして、己に優しい笑みを浮かべた姿を見てしまうのだ。
 言葉にならない。
 エストは意識を手放し世界は暗転する。

 エストが次に目覚めたのは寮のベッドで二日後の朝。
 隣の部屋には、夜月とクロが一緒にいた。
 二人はとても仲が良かった。ぐうるぐうると鳴きかわす。
 特に朝は、夜明けに夜月が美声を轟かせるようになった。
 こぶしを聞かせて長唄を歌う夜月は得意げで、夜明けの空とクロに向かって何度も歌を捧げた。
 目覚めたエストに見舞いの言葉が終わると、返事を待たずに苦情をまくしたてられることになる。
 結局、夜月とクロのつがいは早々に護衛に預け、Ⅾ国へ帰還させることになったのだった。

 さて、狩りの勝負の結果である。
 狩りは森と平野チームがイノシシ10頭、鶏20羽。
 草原と岩場のチームはイノシシ10頭、鶏ゼロ。
 勝負は森と平野チームの勝利だった。
 イノシシと鶏は、捌かれ薫製にされ、次の祭りの饗宴に保存される。

 ただし、別の数からすると様相は変わる。
 生け捕った鶏の数、森と平野チームは長尾鶏5羽。チャボ10匹。
 草原と岩場のチームは、種類もこだわらず50羽。
 見つけた鶏をかたっぱしから捕まえたのだった。

 それらは育種場に寄贈されることになる。
 思いがけない彼らの鶏の帰還に、エールもパジャンも関係なく、夏スクールの王子たちは大いに感謝されたのであった。
 


 
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