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第六話 黒鶏

52、婚約祝い

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    週末は食事会兼交流会の夜である。
 席を設けずに交流を楽しむ場になっている。
 いつもの長テーブルではなく丸テーブルが用意され、席を立ったり座ったり、離れたり、自由である。
 この場は女子たちは張り切るようで、昼の授業以上の気合が入ったドレスで来る女子もいる。 
 ロゼリアはシリアの母に依頼して、アデールの赤で染めた糸で織った幅広のベルトを腰に締めている。
 赤いリボンも何巻きか作ってもらっている。
 いまのところ用途は未定である。
 とりあえずはプレゼントのラッピングに結んでもいいかなと思う程度のものである。

 実はこの日の交流会はプレゼント話で盛り上がっていた。
 ジュリアの取り巻きの一人が誕生日にスクールの誰かから真珠のブローチをプレゼントされたことからである。 
 彼女は、それをもらったときから片時も外すことがなく、当然誰からもらったの、ということになっていた。彼女は頂いたブローチを肌身は出さず身に付けていながら、送り主は秘密である。そんなところがスクールで始まっている恋の予感を感じさせた。

 この夏のスクールでは、実は多くのプレゼントが行き交っていた。
 誕生日のプレゼントはもちろんのこと、ちょっとしたお礼やお近づきの印に、自国の特産品を贈る。
 いただいた側は、返礼として自国の特産品を贈る。
 物を贈りあう習慣は、森と平原の国ではさかんに行われ、頂いた側はより早く、より豪華なものを送り返そうするものである。
 
 自国のものが尽きると、今度は自分がいいなと思うものを手に入れて贈るようになる。
 それ故に、次第に真珠やルビーや銀のアクセサリーを身につけ、羽の扇を手にする者が、生徒の中で増えてきていたのである。
 真珠のラドー、銀のフィン、ルビーのノル、羽のエスト、鋼のバルトと女子たちに呼ばれている。ただし、バルトは筋肉馬鹿ともいわれていたのだが。もちろん本人は知らない。 
 
 ロゼリアは淡々と食事を食べつくしてしまった。
 フルーツのデザートをつまんでいる。
 完全に離れているわけではなく、会話の輪の端の方いる。
 好きな人にプレゼントを贈るとしたら何がいいかというようなたわいもない話題に移っている。

「それは真珠のブローチではないですか。髪飾りに真珠を使われるのもよいですね。どんな髪色にも真珠は合います。お顔周りに真珠を添えると、肌をぐっと明るく見せて美しさを引き立ててくれますから」 
 ラドーは真珠が一押しである。
「実用的なものなら銀のティーセットなんか喜ばれますよ。毒がもし入っていれば変色しすぐにわかりますから」
 とフィン。
「護身用の懐刀がいいな。いざとなったら身を守れるし、宝石をちりばめればそれだけで価値のあるものになる」
 そういうのはバルド。
 
「そういえば、ジルコンは婚約者に何か贈ったりしているのかな」
 難しい顔をして思案している風のウォラスが訊いた。
 話をききながしていたジルコンは口に運んでいたトマトを取り落としかけた。
 さっと視線がロゼリアに向いた。

「もちろん、いま準備をしているところだ!真珠の髪飾りなんかもいいかなと思っている」
 すかさず、大粒の真珠で愛する気持ちを伝えられますよとラドーがいう。
 ジルコンが顔で表現できる限りの真顔でうなずいたので、ロゼリアは噴出しかけた。
 その様子では全くなにも考えていなかったのが丸わかりである。
 目が合う。アデールの王子の姿から双子の姫に似合うものを探ろうとしているのがわかる。
 くちパクで何もいらないよ、と伝えた。
 婚約なんだ、あなたの妹にたいしてそんなわけにはいかないだろ、とジルコンの目が訴える。

 そのままジルコンの目がロゼリアに長くとどまった。
 顔に、髪に、喉元に、胸に、指に、舐めるようにジルコンの視線は移動していく。
 ジルコンは、王子姿のロゼリアを通して、妹の姫を想像し、何が似合うかを重ねているのだと気が付く。
 まるでいったん裸にされて、一枚ずつ何かを重ねられていくような、いたたまれないような感覚。
 不意にロゼリアはどきどきと胸が打ち始めた。
 直接自分にではないと思いつつ、ジルコンが姫のロゼリアをイメージするその土台は、ここにいるロゼリア自身なのだ。結局裸にされているのは、ジルコンの脳内で女性に変換されたロゼリア、つまり本当のロゼリアということではないか。
 恥ずかしさに顔が赤くなる。
 ロゼリアはジルコンの絡みつくような視線から逃れるようにそわそわと身じろぎをする。 
 
    近くにパジャンの者たちもいた。
 彼らは普段対立を表にすることはない。
 そもそも友好関係を結ぶためにここにいるのだ。
「森と平原の者の男たちは好きな女性に物を贈ることしか考えていないようですね」
 そう言ったのはパジャン派の若者。
 彼らは装身具を身に着けていないわけではないが、エストたちと比べてずっと質素である。
 物欲に囚われた哀れなやつら、そういう含みが感じられた。
 エール派の面々の顔が引きしまった。

「本当に好きな女には俺は100万回のキスを捧げるよ」
 すかさず反応したのはウォラスである。
 女子たちはきゃあっと反応する。
「100万回キスしたら唇が擦り切れてなくなるぞ」
 バルトが発言し、女子たちはざわめいた。
 あんたとのキスは想像したくないわ!
 そんなどよめきである。
 あちこちで、わたしなら何を頂いたら一番嬉しいわ、差し上げたいわ、などと話が盛り上がっている。
 エール派もパジャン派も関係なく、混ざり合っていた。
 生まれ育った環境と文化で、欲しいものや与えたいものは違う。
 好奇心が心の垣根を取り除いていた。
 意識の違いが浮き彫りになったような、夕食後の交流会である。
 こういうのもいいな、とロゼリアは思った。
 ラシャールも、あなたならば愛しい娘がおられるならば何を贈りたいのですか?とジュリアに聞かれている。
 彼はロゼリアから遠く離れたところにいた。

「わたしは好きな女を愛馬に乗せてこの腕で抱き、満天の星空のもとどこまでも続く草原を駆けたい」
 ラシャールはロゼリアとの間に立つ何人も透かして、ロゼリアだけをみている。
「俺は、一年国元を離れて王子の役割を捨て、愛する人と過ごす」 
    いつもラシャールの隣にいるアリジャンがいう。
 その目は、背の高い娘に注がれている。一緒にこのスクールに来ている長身の娘である。

 エストは、ロゼリアが今日の昼間にジルコンの髪にたとえた青く艶めいた黒羽を、ジルコンの身体にまとわせるのならば、何がいいかと何気なくジルコンを見ながら想像する。
 外套用のコートのフードの顔周りの縁取りに柔らかいものをたくさん縫い付けるのもよさそうだった。
 では、ジルコンのお気に入りのアデールの田舎者なら?
 エストは視線をひとり少し離れたところでデザートをつまむ金髪を探す。
 彼は黒ではないと思う。
 白を基調としたものがいい。
 白鶏の繊細でふわふわな腹の綿毛を、細く紡いだ絹糸に挟み込んだものを、熟練の職人の手で薄くショールにしたものを羽織らせる。
 きっちりと編み込んだ髪は、ふんわりと結び直して頭高くに結い上げる。
 ラドーの良く見ればピンクにもイエローにも輝いてみえる淡水真珠を選りすぐり、それを長くチェーンにして、結い上げた金の髪に巻き付ける。
 服は、真白のシルクではなくて、どこかの国の野生の蚕を紡いだ、ほのかに金色に輝くシルクがいい。
 この会場にいる姫君たちよりも美しさで輝く存在になりそうだった。
   その横に寄り添うのは、黒い羽のマントのジルコン?
   それとも、エスト自身?

   妄想の危うさにエストは気がついた。
   ありえない方向に突き進んでいた。
   弱小田舎国のアデールの王子が自分の横に、エスト好みの装いをして立つことは一生ありえなかった。
   弱小国なのに、ジルコン王子のお気に入りであるというだけで、授業以外の些細な場面で弾き出されているのに、一緒になって弾き出している自分が、彼に手を差しのべ、しかも女の装いをさせるなんて、天地を返してもありえない状況である。

  エストはひと心地つこうと、入り乱れる人の輪から抜けた。熱気から逃れて頭をすっきりさせたかった。
  離れると状況が良くわかる。

  良く見れば、話をしながらも、視線が飛び交っていた。アリシジャンの視線の先には彼の好きな娘がいるように。
  ジルコンは、表だって話はしないが相変わらず田舎の王子を目で追っている。
  視線は正直なのだ。 
  
   エストは面白くなり、視線を追いかけ始めた。見えない好意の線が張り巡らされているように思えた。
   いつも飄々と女の間を渡り歩いているようなウォラスの視線の先にはジュリアがいる。次の遊びの相手にエールの姫を狙うのは身の程知らずだった。
   ラシャールも一定間隔であるところを見ていた。
   その先には、アデールの王子がいる。

  エールの王子とパジャンの王子がとるにたりない田舎の王子を取り合うことなんてありえるのだろうか?
 彼らが本気で取りあえば、もしかして親世代に引き続き、自分たちの世代でも修復できない亀裂が生じるかもしれない。
  そんなはずはありえないが、とすぐさまその妄想をエストは打ち消した。
 今日の自分の妄想はおかしな方向に進んでいる思う。
 
   エストが離れている間に、話題は闘鶏に移っている。

「この休みに闘鶏を見に行かないか?エール最大の闘鶏場があるんだぜ」
   バストが吠えていた。
   彼はもう少し優美さを加えなければならないと思うが、戦士の国の王子だから仕方がないのか。
  パジャンの若者たちも盛り上がっている。
  鶏の国のエストが断ることなど想像もつかないのだろう。
  気がつかれないようにエストはため息をついたのである。



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