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第五話 赤のショール
48、朝練 ④
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ロゼリアは懐から小銭を取り出した。
ほとんど使うことはないがチップ用に持っている。
「これを相手の顔に投げつけて、怯んだすきに走って逃げる!」
そんなことをしていると、ようやくぜえぜえと、ベラが走り終えて戻ってきた。
顔は真っ赤。ふらふらである。
ベラは根性で走り切ったのだった。
「ベラはまずは、逃げるための走れる体作りが必要だね!」
「毎回これですか、、、」
木陰にたおれこみ、ベラは言う。
「当分ね」
ロゼリアがそういうと、ジルコンも笑えるほど、ベラは姫らしからぬ悲愴な呻きをあげたのであった。
そのベラは走っている間、ジルコンがロゼリアと手合わせをするのに気が付いた。
エール国の王子が早朝に取り巻きを連れずに現れたのは驚きだった。
さらに、ロゼリアと大変親しそうに話す姿に驚く。
ロゼリアが朝練にくるから来たのだということはすぐにわかる。
自分のために来るとは思えないからだ。
普段の二人は親しく話している様子はあまりないから忘れがちではあるが、そもそもエールの王子とアデールの君は近しい間柄だったのだった。
それに加えて、さっきの手合わせの最後の二人は、見たらいけないもの見てしまった気がする。
苦しくてちゃんとは見ることはできなかったけれど、かなりきわどい危ない形だったのではないかとベラは思う。
ふたりの危ない形は、以前にもあったのではなかったか。
球投げ競技の最後の場面も生々しく思い出される。
上と下とが逆のパターンである。
二人はベラを忘れて会話を続けている。
「もう少し時間があるが、風呂で体を流して行くのか?」
ジルコンは一緒に利用すればいいと思っているようだが、ロゼリアは無理である。
それに朝の時間帯は、他の王子たちも利用する込み合う時間帯である。
「部屋で着替えるだけにする」
「明日も朝練するのか?」
ジルコンはベラを全く見ない。
エールの王子の関心事はアデールの君である。
「する」
ロゼリアの簡潔な答えに、ジルコンは汗を流した朝に似合う爽やかな笑顔を、ロゼリアに、ついでにベラに見せたのだった。
先に部屋に足早に戻るジルコンの後ろ姿を、ロゼリアの視線は長く追う。
そのロゼリアをベラは見る。
なんとお似合いの二人なんだろうとベラは思う。
ベラはアデールの君を本気で好きになりかけていることに気が付いていた。
好きになるということは、思いもかけないほど勇気と、身体の内側から沸き上がってくる頑張る意欲を与えてくれることを知った。
好きになることは、同時に相手のささいな視線も追ってしまう。
そして何を感じているのかも、察してしまえてしまう。
エールの王子とアデールの君は、互いにひかれあっているように思えた。
だが、二人は男同士で身分のある者同士である。
その先は多難であろうと思う。
そんな未来のない関係よりも、普通に考えれば女である自分のほうがアデールの君を幸せにできるのではないかと思う。
小国同士、つり合いが取れていると思う。
たとえそうだとしても。
少なくともジルコンのアデールの君に向かう気持は本物のように思えた。
こんな朝早くに誘われもしないのに来るのだから。
ベラはため息をついた。
己の恋心を自覚したとたんに身を引く覚悟をしなければならないのだ。
ほとんど使うことはないがチップ用に持っている。
「これを相手の顔に投げつけて、怯んだすきに走って逃げる!」
そんなことをしていると、ようやくぜえぜえと、ベラが走り終えて戻ってきた。
顔は真っ赤。ふらふらである。
ベラは根性で走り切ったのだった。
「ベラはまずは、逃げるための走れる体作りが必要だね!」
「毎回これですか、、、」
木陰にたおれこみ、ベラは言う。
「当分ね」
ロゼリアがそういうと、ジルコンも笑えるほど、ベラは姫らしからぬ悲愴な呻きをあげたのであった。
そのベラは走っている間、ジルコンがロゼリアと手合わせをするのに気が付いた。
エール国の王子が早朝に取り巻きを連れずに現れたのは驚きだった。
さらに、ロゼリアと大変親しそうに話す姿に驚く。
ロゼリアが朝練にくるから来たのだということはすぐにわかる。
自分のために来るとは思えないからだ。
普段の二人は親しく話している様子はあまりないから忘れがちではあるが、そもそもエールの王子とアデールの君は近しい間柄だったのだった。
それに加えて、さっきの手合わせの最後の二人は、見たらいけないもの見てしまった気がする。
苦しくてちゃんとは見ることはできなかったけれど、かなりきわどい危ない形だったのではないかとベラは思う。
ふたりの危ない形は、以前にもあったのではなかったか。
球投げ競技の最後の場面も生々しく思い出される。
上と下とが逆のパターンである。
二人はベラを忘れて会話を続けている。
「もう少し時間があるが、風呂で体を流して行くのか?」
ジルコンは一緒に利用すればいいと思っているようだが、ロゼリアは無理である。
それに朝の時間帯は、他の王子たちも利用する込み合う時間帯である。
「部屋で着替えるだけにする」
「明日も朝練するのか?」
ジルコンはベラを全く見ない。
エールの王子の関心事はアデールの君である。
「する」
ロゼリアの簡潔な答えに、ジルコンは汗を流した朝に似合う爽やかな笑顔を、ロゼリアに、ついでにベラに見せたのだった。
先に部屋に足早に戻るジルコンの後ろ姿を、ロゼリアの視線は長く追う。
そのロゼリアをベラは見る。
なんとお似合いの二人なんだろうとベラは思う。
ベラはアデールの君を本気で好きになりかけていることに気が付いていた。
好きになるということは、思いもかけないほど勇気と、身体の内側から沸き上がってくる頑張る意欲を与えてくれることを知った。
好きになることは、同時に相手のささいな視線も追ってしまう。
そして何を感じているのかも、察してしまえてしまう。
エールの王子とアデールの君は、互いにひかれあっているように思えた。
だが、二人は男同士で身分のある者同士である。
その先は多難であろうと思う。
そんな未来のない関係よりも、普通に考えれば女である自分のほうがアデールの君を幸せにできるのではないかと思う。
小国同士、つり合いが取れていると思う。
たとえそうだとしても。
少なくともジルコンのアデールの君に向かう気持は本物のように思えた。
こんな朝早くに誘われもしないのに来るのだから。
ベラはため息をついた。
己の恋心を自覚したとたんに身を引く覚悟をしなければならないのだ。
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