男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

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第五話 赤のショール

48、朝練 ③

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「僕は足技中心だけど良い?」
「なんだって構わない」
ジルコンは既にロゼリアの戦いぶりを見ているので、その足技の多彩さを知っている。
身体が細い者にとっては腕力で戦うよりも、足を使うのが妥当である。
ジルコンは前腕で防ぎつつ、攻撃の合間を狙い大きく踏み込み、がら空きの顔面を拳で狙う。
ロゼリアは後ろに下がる。
それを追うように踏み込みもう一度送られたパンチをロゼリアは必死にかがんで避けた。
鋭い風圧が前髪を揺らす。

「顔を狙うなんてひどくない?これでも顔は自慢なんだ」
「あはははっ、それは知らなかった」

ジルコンは真剣な勝負の合間に二人は笑う。
そう言うロゼリアは、ジルコンの懐に潜り込んだ形になっている。
肩から体当りして、ジルコンを大きく退かせた。

「やるな」
「まだまだこれからだよ」

再び互いに間合いをはかりあう。
背中を地面につければ勝負が決まる。

顔を狙ってくれるなと言われれば、ジルコンはロゼリアの顔を見てしまう。
自慢と本人がいうように、日に焼けているとはいえ薄く柔らかそうな肌のロゼリアは男にしているのが惜しいほど美しいと思う。
ジルコンの動きに集中する鋭い視線にゾクゾクする。

青灰色に淡いアメジストの雫が混ざるその目。
いつもまっすぐに前を向き、ジルコンなど眼中にないと思えるようなロゼリアの全意識と神経は、今この瞬間はジルコンだけに向けられているのだ。
その身体に拳を叩き込み、長く消えないあざの一つ二つを刻み付けたいという要求に、ジルコンはかられる。
美しいものをこの手で汚してしまいたいという欲望。

顔に?腹に?
ぎらりと光ったのはジルコンが魅入ってしまうその青灰色の目。

「ジル、集中してる?攻めが甘いよ?」
「そんなことはない」

ジルコンの拳が腹を狙う。
その拳は腹に当たるが、その衝撃を後ろに飛び退ることでロゼリアは受け流すが、すべてを受け流せたわけではない。
その苦痛に歪める顔さえも、己の記憶にとどめたくなる美しさであるとジルコンは思う。
そんなことをジルコンが思っているとも知らず、ロゼリアは歯を食いしばり立て直す。
そしてふたたび蹴りとこぶしの繰り出し合いが始まったのである。

ロゼリアのつま先はジルコンの顎先を狙い蹴り上げた。
柔軟性が非常に高いその足はすかされた。
勢い余りジルコンの頭の高さを超える。
ジルコンはすかさず足の下に潜り込んだ。
足首を掴みロゼリアの向こう側に容赦なく押し込む。
息を飲むのと同時にあがる小さな叫び。
ありえない反撃に恐慌をきたしながらも敗北を悟るその目が見開かれ、勝利を確信するジルコンの目と絡み合った。

後ろに倒れるその身体にジルコンはあらん限りの瞬発力で間を詰める。
この体勢から後ろに倒れれば頭を打って危険だった。
これはただの手合わせの訓練であり、相手を打ち負かすものではない。
ロゼリアは咄嗟に伸ばしたジルコンの腕に背中、そして頭を押さえられる。
地面との最初の衝撃は、その強い腕が引き受けてくれる。
だが、全く衝撃がないわけではない。
肺から空気が押し出された。視界が瞬間真っ暗になる。
息を吸う隙間も十分にないほど強く抱きしめるようにのしかかるジルコンの身体は重い。
数呼吸の間。
バランスを崩された原因であるロゼリアの右足は、上げられたままの形でジルコンの肩に押さえられている。
柔軟性が高くても180度は開脚させられている。
脚が震えた。
肩から逃れようとすると腕に滑る。
だが、勝負が決まってもジルコンの腕はロゼリアの脚を逃がさぬように抑え込んだ。
ロゼリアの震えがジルコンに伝わる。
互いの弾む息と、転倒の衝撃がおさまるまでの間そのままの形で二人は息を継ぐ。
衝撃がおさまってもジルコンの身体で身動きを封じられたままである。

「ジルの一本だよ。だから、、、苦しいから脚を下ろさせて?」

そう言うロゼリアは、二人の体勢の危うさに顔が真っ赤になる。
心臓の音は鎮まらない。震えだけでなく、心臓の昂ぶりまでジルコンに悟られてしまうではないか。
そのジルコンの胸もロゼリアに負けず劣らず弾んでいたのだが。

足首が捕まれ下ろされた。
重い身体が離れた。
ジルコンは胸を離してロゼリアの顔を見る。
怪我をしていないか心配になったのだ。
「大丈夫だよ。どこもなんともないと思う。柔軟をしていてよかったよ」
ジルコンが言葉しなくても、ロゼリアの返事が返る。
ジルコンはロゼリアを引き起こした。

「これを、ベラに教えようと思っているのか?」
ジルコンの身体から解放されてほっとしたのも束の間、ロゼリアはむっとする。
今度はあなたは弱いな!と指摘されたような気がしたのだった。
「女子の基本は足技だけど、やっぱり足技より、護身術的なものをやろうと今思い直したよ」
「どんなのだ?」
「こんなの」

ロゼリアはジルコンに自分の肩を後ろから掴ませた。
その側の腕を指先まで高くあげ、振り返りざまに小指側から、大きく回して振り下ろすと、ジルコンの腕に直撃する。
ジルコンは痛みに顔を歪めた。

「すごいな、これは」
「そうでしょう?簡単なのがいいね!
いろんなバージョンがあって、手首を捕まれた場合、胸ぐらを捕まれた場合、後ろから追いかけられた場合、、、」
「後ろから追いかけられたらどうするんだ?」





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